チャプター30 希望の杖
青葉透は学校生活になんとか従事していた。”なんとか”というのは学校に通っているという学校生活において最低ラインを意味している。それは透が身近な人の死によって自分の未来がひどく残酷にみえてしまい、期待ができなくなってしまったからであろう。未来に期待は持てなくても現在の時間は進み続けてしまうため、彼は否応なく年を重ねていくしかなかった。
彼の悲劇の始まりは小学校低学年のころに突発的に起こった両親の死だった。友達の家から帰ると兄がどこかへ電話する姿と揺れ動く一人の女性の影だけが彼の脳裏に焼きついていた。また、その夜のうちに叔父と兄ともに病院へ向う記憶も彼にはあった。
次に中学生のときに訪れた交通事故による兄の死が彼の体へ変化をもたらしていた。彼は周囲の人間の死ぬ姿が見えてしまう。そしてそれと同時に他人へ死ぬ姿を見せてしまっていた。はじめにこの不吉な目に気付いたのは同級生であった。透の同級生は透の目が充血しているように見え、その目を覗き込んでしまっていた。瞬間、両者に流れる死の感覚は同級生を再起不能にまで陥れた。次にその騒ぎを聞きつけた担任を再起不能にし、彼にまつわる噂が学校中に流れ始めたのであった。二人を再起不能にしながらも透自身は再起不能にならなかったためであろう。
彼の目には何かを見せる。それは死にも値する何かだと、噂はあっという間に透の学校生活を奪っていた。同級生達がその噂を確かめようとも再起不能にされた二人の状況を思い出すと確認すること自体を不可能にさせていた。
彼は自分の目が人々の終わりの未来を見てしまうこと、見せてしまうことを理解していたためあえて奪われた学校生活を取り戻そうとは思わなかった。しかし、瞳が赤く呈するとき彼は自身のコントロールを失ってしまい、拒否していても終わりの未来を見て、見せてしまってしまう。そのたび、透はため息を吐き出していた。
彼自身は自分の目が赤く光ることを実際に見たことはなかった。それは自分の死を見てしまうかもしれないという恐怖からくるものであり、以来、鏡を見ることもできないため身支度もままらない状態で日々の生活をしていた。
彼にとって赤い目は迷惑のなにものでもなかった。透は思っていた、人々の死だけを見続けることに何の意味があるのだろう。終わる未来が見えたところで、終わる未来を見せたところで何も変わりはしない。それどころか後に残る未来への絶望だけが彼の心の中に留まり続ける。それゆえに彼は過去の世界に期待し続けていた。
もし、あの時両親が死んでいなかったら…
もし、あの時兄が死んでいなかったら…
彼はいつまでも過去に期待し続けていた。未来に期待できないなら、変わらないといわれている過去が変わることだけを望んでいた。
シロのが訪れる数時間前に事故が起こった。それは以前からまれたカツアゲグループによるものだった。そのグループはたった一人の男子学生にやられたことに腹を立て透を街中へ誘い込み暴力によってグループの威信を保とうとしていたのだろう。誘い出された透はやはり関わらないほうが良かったと思いながら仕方なくグループについていく。途中で抜け出せばいいと思いながら彼らはグループに囲まれながら歩いていた。そして突然始まったリンチに適当に対応していた。殴られながらも彼はそろそろ適当に逃げ出そうとしたがそれを阻止するために一人の男が透の腕を後ろに回し、拘束具を彼の腕にはめていた。少しばかり焦る透をグループは面白そうにいたぶり続けていた。
夏の夕立が彼らの体を襲う。その雨は少しずつ回りの温度を下げていた。雨は勢いを強め、地面に落ちた液体たちはアスファルトの窪みへ移動していた。透の前にも水溜りは作られた。
水溜りは振り続ける雨によって波紋を立て続けている。波紋の隙間に映りこんだ自分の顔を透は瞬間的に捕らえる。そこに映った自分の顔がひどく腫れていることにはじめて気がつき彼は自分の悲惨な状況にあきれ果てていた。そして彼はまた過去に期待する。
もし、あの時関わらなければ…
そんなことを思っていると夕立はやみ、波紋は揺らぎを水面へ与えることをやめ始めていた。瞬間、彼は見てしまった。水面に浮かび上がる二つの赤い満月を。それをみた瞬間に訪れる死の感覚は尋常ではなかったが彼は映像の中に希望を見出していた。見えたのは自分を殺そうとする白い髪を持つ人間、そして隣に立つ兄の姿だった。彼は初めて自分の目に感謝していた。与えられた希望とともに妙に力が沸き立つ感覚に酔いしれながら、彼は拘束具を壊し立ち上がる。
自分をいたぶり続けた人間達に自分の力を振りかざしていた。振りかざされた力はグループ全員を死の感覚へ落としていた。自分の希望はもうすぐそこまで来ていることは感覚的にわかっていた。それに向って透は歩き出した。男子学生は赤い瞳を有したまま町を闊歩する。いやでも目立つ赤い瞳は周囲の人間を死の感覚へ誘う、同時に透にも死の感覚を与えていたが彼は与えられた希望を杖に歩き続けていた。




