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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅴ 青年と過去
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チャプター29 朱色の満月

 昼下がりの教室は最新のゲームやファッションの話で盛り上がる学生達がいた。昼休みが終わるまでにはもういくつか話題の増えそうなにぎやかな雰囲気の中一人の男子学生は目を背けるかのように窓を眺めていた。誰かが話しかけることもなく、昼休みは終わりをチャイムで告げていた。

授業が始まっても窓辺から目を離さない男子学生に注意する先生もいなかった。


全ての授業を終えた後、彼はすぐさま席を立ち、その場を後にしていた。何かを避けるかのように彼は人ごみの少ない路地を選んで家路を急いでいた。いつもなら誰もいないその道に数人の人ごみができていた。男子学生は目を合わせないようにその人ごみを避けたかったが、回り道を選択できなかった。しかたなくその人ごみの後ろを通り過ぎようとしたときに男子学生が見たのはよくあるカツアゲ現場であった。カツアゲの対象となった気の弱そうな人間を助けるなんてことは毛頭、考えていなかった。助けたところでどうにかなるわけでもないのだ、金がもらえるわけでもない。出世することができるわけでもない。満たされるのは自分の正義感と偽善の心だけであるため助ける理由がない。


そんなとき不運なことに男子学生はカツアゲグループの人間にぶつかってしまっていた。不運といっても路地の狭さから来る物理的なものだった。そのことにわざと怒るかのようにカツアゲグループの人間は対象を男子学生へと変更していた。


「いってぇな!!てめぇ、ぶつかっといて謝ることもしねーのかよ!!」

「面倒くさい…こんな路地に男が数人集まってもちゃもちゃホモってんのが悪いだろ」

「あぁ?!!なんだと?!」


胸倉を掴まれながらも彼は目を逸らし続けていた。そんな男子学生を生贄に捧げるかのように最初のカツアゲ対象は走り去っていった。対象を一人失ったグループは本格的に男子学生をカツアゲの対象とし始めていた。男子学生のバックを漁りながら金目のものを探し始めた一人のリーダー格の男は財布らしきものを見つけると自分の財布のように中を探し始めていた。そして仲間をいさめるかのように男子学生に話しかけていた。


「君、青葉(あおば)(とおる)くんって言うんだ…友達になろうよ。携帯番号教えてくんない?」


搾取されるためだけの連絡先を教えてもしょうがないので透は諦めながら掴まれた胸倉の腕を振り払った。


「もう面倒だな…死んだことある?…」

「なに言ってんだ?お前」

「だから死んだことあるかって聞いてんだよ…」

「あるわけねーだろ!!黙ってお前は金を俺らに渡し続ければいいんだよ!!」


カツアゲを行うべく男達は透に対して実力行使で迫っていた振り上げられた拳は透の顔へと向かってくるる。向かってきた拳を左手で受け止めると殴り返すわけでもなく左手を強く握るだけであった。殴った男は握った拳が圧縮されていく感覚に耐えられずその場に座り込む。しかし透は余っていた右手で男のうなだれる頭を持ち上げると彼の目を覗き込むようにしていた。覗き込んだ透の瞳はきれいな朱色を呈していた。朱色の目で覗き込まれた男は何かに怯えるかのように急に体を振るわせ始めていた。


「やめろぉぉ、俺を殺すなぁぁ!!」


叫ばれた言葉は透を止める術には弱かった。透は変わらず男の目を見続けていたが、そんな透もまた体が震え始めていた。へたりこんだ男が動くことができないほど恐怖に支配されたところで透は右手を離していた。

動かなくなった男を心配した仲間達が彼のもとに駆け寄ると男は生きてはいたが自分では立つことができないほどに筋肉は弛緩していた。


「てめぇ…なにしやがった?」

「一度、死んでもらった」


朱色の目は男の仲間達の目をそれぞれ睨みつけていく、それと同時に男達の体は恐怖で震え始めた。体が震えてはじめていたのは透もであった。自身の震えを押し殺し、徹は男達をにらみつけ続けていた。男達は自分達の抱いた恐怖に耐えられずその場から一斉に走り出していた。その場に残ったのは最初に睨みつけられた男と透だけだった。


過ぎ去った危機に安心した透は暫く呆けていた。落ちた自身の財布を拾い上げるとかばんに詰め込み独り言を言いながら立てない男の傍へと近寄る。


「何度、見ても気持ち悪い…人の死に様なんて、もう…見たくないのに…」


座り込んで動かない男の襟を掴むと引きずりながら大通りへ透は向かっていった。いつの間にか朱色の瞳は黒く戻っていたが彼の震えはいつ止まるかもわからないほどに震えていた。


 シロの日常は訓練から始まっていた。訓練と言っても彼の場合イメージ作業になれるということだけであった。そこには零花の姿もなくたった一人で訓練に励んでいるシロだけがいた。どこか落ち着かない彼は一息つくためにイメージ作業をやめていた。今回の任務に同行者はいなかった。だからこそシロは全ての悩み、迷いは持ち越せなかった。対象の名前はメールに書かれていた、『青葉(あおば)(とおる)』その名前は少なからずシロに動揺を与えていた。身近にいる人間の親族と思われる苗字にシロは自分にこれは仕事であることを言い聞かせていた。そしてあわよくばその人間の命を絶つことがないこと、つまりは悪魔が憑いていないことだけを願い、彼は訓練を切り上げ、身支度を整え始めていた。


詳しい話は何も知らされていなかった。

だからこそシロは恐怖していた。もしも、対象の人間が桐彦の血のつながりを持つ人間であれば恨みをもたれてもおかしくはなかった。そんな状況を恐れない人間はいないであろう。それを行わなければならない現状を逃げ出したい気持ちもあったが、相手が悪魔となれば対抗できる死神はシロ以外にいないことをシロ自身も理解させられていたためどうにもならなかった。


自室に戻ったシロはクローゼットを開け、黒いスーツを取り出した。それに深呼吸をしながら袖を通し、その上からローブを羽織った。全ての準備が整ったことを確認したシロは自室を後にし石門へ向かっていった。

このことをシロは桐彦に伝えることはできずにいた。言えるはずもなかった今から血縁者を殺すかもしれないことを伝えれば戦いになるだろう。しかしそれは必然的に桐彦の死に直結しかねない問題であった。秘密裏に全てを終わらせるしかないと決心し石門の前へと立つ。一歩踏み出してしまえば人の命を貪る死神にならざる終えない。その対象が知人の血縁者かもしれない人間であろうとそれは変わらない。変えることができないルールを受け入れ石門をくぐる。


「さてと…」


シロはひとまず対象のもとへ向っていた。ひどく足取りが重い、それは彼自身が一番わかっていた。できることなら対象を見つけることができないことや、悪魔でないことを期待していた。


夜は黒かった。

時刻はまだ21時。周りに人工的に作られた光はあるけれど、そんな光は暗闇に飲み込まれているようであった。そしてひどく寒い気がしていた。周りに漂う泥臭いアスファルトが乾くにおい。少しばかり濡れている地面は夏の雨が降ったことを感覚的に教えていた。

そんな町並みを住宅街へ向けて歩くシロは異変に気がついた。


人々が何かから逃げ惑うように騒いでいた。人たちはシロが向う青葉(あおば)(とおる)の居場所から向ってくる。異様な光景はまるで大災害から身を遠ざけようとする烏合の衆を見ているようであった。人々の歩みは地鳴りのように響き渡り、シロは心中穏やかではなくなっていた。


「なんだ…これ…」


ざわめく人ごみの元へと向うシロの目の前にいたのは朱色の目を有した青葉(あおば)(とおる)本人であった。シロの期待は簡単に打ち破られた。対象の姿をみたシロは以前にも感じた不自然さを感じ、どうにもならない現実をかみ締めていた。赤目を有した透はやっとシロを見つけたかのように語りかけていた。


「はぁ…やっぱり君が僕を殺しにきたんだね…」


自分の存在に気がつく一人の男子学生をシロは恐れていた。かける言葉も失った死神は少しばかり後ずさりをする。赤目の人間は狂気に満ち溢れた表情をシロに向けていた。


「ねぇ…君だけじゃないでしょ?兄ちゃんもいるはずだよね…?どこ?」


その言葉に驚いたのはシロだった。任務のことを気付かれるようなことはした覚えがなかった。むしろ思い描いた死神が目の前の人間と血縁者であることも決まったわけではない。しかしシロは桐彦と目の前の人間が血縁関係にあることを信じるしかなかった。透は一歩一歩確実にシロに近づき、亡き兄を追い求める亡者のようにふらふらと歩みを進める。


「僕は…未来に意味がないと思うんだ…けれど兄ちゃんがいれば…だからはやく会わせてよぉぉー!!」


彼の苛立ちの刃はシロに向けられた。相手は実体を持つ人間であることは周囲の人間達が証明していた。向けられた狂気をシロはこの場では受け止められず一度その場から離れようとしていた。それは不要な混乱を招いてしまうことが原因、つまりは実体を持つ武器化の使用ができない状況であったためである。

月の伴わない夜は闇を確実に深くしていた。それに紛れ込み人気のない場所へと向う銀髪だけが揺らめき光る。


「なんだよ…実体持ってないから見えるはずないのに…悪魔憑きだと見えないものも見えるってことか?」


彼は人気がない場所を選んでいた。自分の力を解放し対象を迎え撃つ準備を行っていた。すると聞きなれた声を彼は聞いていた。


「シロさん?何してるんすか?こんなとこで?」


その声はさっきまで想像していた人物の声であった。


「桐彦!!なんでこんなところに!!」

「いやぁ、人生について少しばかり過去を振り返りたくなっちゃって…」


シロが選択した人気のない場所は中学校であった。それは青葉兄弟が通っていたであろう中学校に他ならない。関わってほしくない人間の存在に自己の焦りをシロは隠せなかった。そんなシロの表情を見た桐彦は何か勘違いをしたかのようにからかっていた。


「ははぁ~ん、シロさん今ピンチなんすね?しょうがないなぁ…手伝ってあげるっすよ!!」


そういうと赤色の死力を開放すると戦闘態勢を整え始めた桐彦は自らの武器を作り始めてしまっていた。それに静止をかけようとシロは怒鳴り散らす。


「ばかやろう!!お前は、はやく逃げろ!!」

「何言ってんすか、困ったときはお互いさまっすよ」

「そうじゃない!!今戦ってるのは…」


答えを言う前に答えが現れていた。その瞬間シロは体にダメージを受け、吹き飛ばされたが、そのダメージよりも吹き飛ばされた自身の体よりも桐彦のことが心配であった。


「兄ちゃん…いたぁ…」


赤色の目を持つ透は兄に会えた喜びで、その瞳を見開いていた。不気味なまでに見開いたその目は暗闇に浮かぶ満月のようにまるく死神を見つめていた。そんな弟をみた桐彦の動揺は顔に現れていた。


「と…透…」


吹き飛ばされた体を起したシロに飛んできたのは桐彦の叫びであった。


「シロさん!!どういうことっすか!!?」


そんな叫びにいいわけも効かないことを悟ったシロは簡単に事情を説明していた。


「俺は天津から悪魔殺し専門で依頼されることになった…今回、悪魔憑きの対象が青葉透…だった…」

「なんで…なんで言ってくれなかったんすか!!」


どうにもならない罪悪感だけがシロの体を包み込む。生前の血縁者に会った桐彦はその場に立ち尽くすほかなく、シロもまた桐彦へ言うべき言葉も見あたらなかった。赤目の悪魔を身に宿した一人の男子学生は邪魔な存在を排除しようと動き出していた。


「兄ちゃんがいるなら…俺は生きなきゃいけない…だから銀髪の人には死んでもらうね…」


暗闇の中に浮かぶ赤い満月がシロだけを照らし出し始めていた。


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