チャプター25 三人の恋
緩やかなクラシック音楽が流れる喫茶店に一人の少女が入ってきた。彼女は席に座るとミルクティーを注文し静かに考え事をしながらミルクティーが自分のところに来るのを待っていた。彼女は一人の友人とこの喫茶店で待ち合わせをしていた。ミルクティーはまもなくやってきたが待ち人はまだ時間がかかりそうだった。ミルクティーを一口飲むと彼女の思考は速度を速めた。
(はぁ…あのときのシロさん…かっこよかったなぁ…私のこと守ってくれた…それにこれからも…ダメだ、ダメだ人任せなんて…)
そう考えながら彼女の時間は過ぎていく。自分の抱いた感情が何か確認するかのように彼女は数日前の戦闘を思い出す。
(私を守るかぁ…嬉しかったな…あれ?もしかして…シロさん…私のこと…それは、ないないない、でも…そうだったら…いいな…って、これじゃあ私がシロさんを好きみたいじゃない!!…でも、この気持ちは…)
零花は考えことに夢中で時間が経つのを忘れていた。すっかり冷えてしまったミルクティーをまた一口飲むと店に一人の少女が入ってきた。その少女は眼鏡をかけ、本を数冊買っているようで、書店のロゴが刻まれたビニールを手に持っていた。辺りを見回すと零花のもとへやってきた。
「レイちゃん…ごめん待たせて…」
静かに囁かれた言葉は考えをめぐらせる零花には届かなかったが、眼鏡をかけた少女は零花の正面の席へ座ると水を持ってきた店員にコーヒーを注文し自分が買ってきた本を開き始めていた。零花は自分の感情をまとめ上げることが出来ず、再びミルクティーを飲もうとしたとき正面に座る彼女の存在に気がついた。それに驚いて彼女は声を上げた。
「こっ…このちゃん!!いつの間に…」
今度はその声に驚いた篠崎は小動物のような声を上げていた。
「ふぇっ!!」
「そんなにびっくりしないでよ…」
「ご、ごめんね…」
零花と篠崎は知り合いであった。知り合いというよりも親友と言ったほうが適切かもしれない。彼女達は死神になった時期が近かったことと、年齢が近いという理由で知り合っていた。通常生活において彼女達はオドオドするため、周辺からは姉妹のようだといわれたこともあった。零花は篠崎に今日の目的を聞きだそうとしていた。
「どうしたの?このちゃんが相談なんて珍しいね?」
「それが…最近、胸が異常にどきどきする時と急に静かになっちゃう時があって…」
「心筋梗塞?」
「そんなわけ…ない…と思う…」
「じゃあ、どんな時が良くあるの?」
「そ…それは…図書館に人がきたときに…」
「ただびっくりしただけじゃないの?」
そう笑いながら零花はミルクティーを飲み干すと新しくミルクティーを注文していた。
「ち、ちがうの…その人が帰った後、急に…寂しいって気持ちとか…もっと一緒にいたいって思ったりとか…自分の気持ちがわからなくなっちゃうの…」
そういいながら篠崎はすでに届いていたコーヒーを両手で持ちストローを咥え、コーヒーを口の中へと入れていた。零花は自分の友人が悩んでいる気持ちが何なのか知っていた。自分が先ほどまで考えていた内容と同じだからこそその気持ちは理解できていた。けれど零花は友人であるからこそ、そして零花が出した”答え”を篠崎が知らないからこそ篠崎をからかっていた。
「このちゃん…それ病気だよ…」
「え…やっぱり心筋梗塞なの?死んじゃうの?」
「…違うよ、恋の病だよ」
「こ、恋?」
篠崎はその言葉自体は知っていた。しかし自分が抱いている感情が恋というものであることに気がついていなかった。そんな篠崎に零花は当然の質問をしていた。
「で、誰が来るとどきどきして、いなくなっちゃうと寂しくなっちゃうの?」
さっきまで抱いていた感情もあったせいだろうか零花はひどく自分の体が暑くなっていたためその質問をした後にミルクティーでその暑さを消そうと口に含んでいた。そんな零花に篠崎は素直に答えていた。
「一之宮…君」
よもやその単語が出てくるとは思っていなかった零花は口に含んでいたミルクティーを思わず噴出して、再び確認した。
「え…?誰…だって?」
「一之宮…白君…だよ…?」
「えぇぇぇええ~~」
その声は喫茶店中に響き渡っていた。しかしそんなことを気にすることも出来ないほど彼女は動揺していた。
「あ、あの日本人とは思えないほど白くてきれいな髪の毛の?」
「うん…」
「たまに人を小ばかにしたような?」
「う、うん…」
「ボケなのかツッコミなのかわからないあの?」
「ど、どちらかといえば…ツッコミじゃないかな…」
零花は目を閉じて少し考え込む。
(えっと…シロさんのことがこのちゃんは好きで…私もシロさんのことが好き……かもしれない。そして私とこのちゃんは親友同士…ってことは…)
零花は目を見開き結論に至る。
(三角関係じゃん!!どろっどろの三角関係!!)
目を閉じた状態からいきなり全開状態まで持っていかれた目は再び閉じられた。そんな零花を心配した篠崎は彼女に声をかけていた。
「だ…大丈夫…?レイちゃん?」
その言葉は零花に届いていたが返答はしなかった。
(まてまてまて、まず落ち着け…私…どろっどろっていってもお互いを殺しあうような昼ドラ展開があるわけじゃないんだから…)
彼女はあることに気がついたかのように目を見開いた。
(はっ!!…ジャッジメント機能がある…殺しあう展開もありえてしまう…どうする?…どうする、私!!?)
挙動不審すぎる零花をみて、あることに気付いた篠崎は臆面もなく零花に尋ねていた。
「レイちゃんも…恋してるの?」
「な、な、何をいってるの?こっ…恋なんてしてないよ!!」
そういうと零花は表情を隠すかのように外の景色を眺めていた。
「うそ…だよね…レイちゃん嘘つくとき…目逸らす癖があるから…」
「うぅ…」
零花は諦めるほかなかった。覚悟を決めたが重要なことは隠しながら呟く。
「し…してる…かも…」
「…誰としてるの?」
「うぅ…い、言えない…」
「私だけに言わせて…自分は言わないのはずるいよ…」
「言えないものは言えないもん!!」
完全に八方塞の零花は駄々をこねる幼女のようになっていた。そんな二人のやり取りが続く喫茶店に二人の男性が入ってくる。
騒がしい店内の様子を感じ、喫茶店内を二人は見回していた。騒ぎの中心にいる二人の少女を見ると、自分達の知り合いであることがわかり二人へ駆け寄っていた。
「レイねーちゃん、なにしてんの?こんなとこで」
一人は桐彦であった。
篠崎はもう一人の男性へ会話を試みていた。
「いっ…一之宮君、どうしてここに?」
「あぁ前に桐彦と遊ぶ約束してたから一通り町の散策してたんだよ。休憩がてら喫茶店に入ったら篠崎さんとレイがいたからびっくりしたよ」
「そうなんだ…」
「篠崎さんはなにやってたの」
篠崎はシロが零花のことを略称で呼んでいることに気付き、形容しがたい気持ちに支配されていた。怒りにも似た感情は今までの零花とのやり取りを説明しようとしていた。
「レイちゃんが…私が…恋してるって…」
「ちょっと、待って!!ストップ!!ストップ!!」
そんな篠崎を静止しようとしたのはもちろん零花であった。零花は自分が置かれている状況が非常危ういものであることを感じていた。
(まずいよぉ…シロさんご本人登場だよ…このままだと私がシロさんのこと好き…かもしれないことばれる…)
そしてその先の展開も零花は想像し始めていた。
(もし…ここでばれたら、このちゃんは私に敵意を向けてくる…そしたら端末を使って、私にジャッジメント機能を使ってくる…きっとこのちゃん”さぁお前の罪を数えろ”とか、”ショータイムだ”とか言って私を殺しに来る…まずいよ…)
そこで零花は桐彦を使いこの場からの脱出を試みた。
「あ!!ごめん、このちゃん。私、桐彦とこの後、仕事あるんだった」
「?レイねーちゃん、俺は今日は仕事な…ごふっ」
「ほんとにごめんね、また今度」
そういうと零花は腹部を殴り悶絶させた桐彦の襟を持ち、彼を引きずりながら喫茶店を出て行ってしまった。
残された二人は唖然とするしかなく、沈黙が続いていた。そんな沈黙も気まずいためシロは店員へコーヒーを注文し篠崎に話しかけていた。
「篠崎さんは桐彦と会うのは初めて?」
「違うよ…前に何度かあったことがある」
「そうなんだ、今日は新しい本を買いに来たの?」
「うん!!まだ読んでないんだけど、一之宮君も読む?」
「見せてもらってもいい?」
喫茶店に残された二人は本を読んだり、会話をしたりとしていた。買い物も済ませていたため特に喫茶店から動く必要もなく、ただ流れる時間を過ごしていた。
あたりも暗くなってきたため二人は本拠地へ帰還した。
シロがそこから宿舎まで送るよというと少女は一度、首を縦に振りシロの後をついていく。
シロの後を追いかける篠崎は思っていた。
(これが…恋…なのかな?でも、一之宮君がレイちゃんのことレイって呼んだとき…なんか違ってた…これも恋?…わかんない…わかんないけど…私のことも…名前で呼んでほしい…)
そう思った彼女は前を歩くシロの袖を掴んでいた。もう宿舎に着く寸前だった。袖を掴まれたシロは後ろを振り返り篠崎に話しかけていた。
「どうしたの?篠崎さん」
「わ…の…な……か?」
「ごめん、聞こえなかった。もう一回、お願い」
「私のこと…名前……で…呼んでくれませんか?」
「え…」
その時、シロの心がざわめいていた。
零花は本拠地に戻っていた。そして自分の部屋で思い返していた。
(あの時は…ああするしかなかった…でも、あの後、シロさんとこのちゃんは二人っきりで何してたんだろ…買い物したり、いろんなとこ行ったりしたのかな…私もシロさんと…だけど、このちゃんのことは…どうしよう…)
今日の出来事は彼女の心に禍根を残した。自分と友人が同じ人を好きになるということは彼女らはいつか、どちらかが選ばれる。そしてもう一方は選ばれないということを零花は理解していた。
その事実を理解していながらも彼女は心の底に隠していた。部屋の窓のカーテンが開いていることに気付いた零花は窓の近くへいき、カーテンを閉めようとしていた時に、ふとそこから見える外の景色を眺めていた。そこには見覚えのある白い髪の青年と、眼鏡をかけた少女が立っていた。その光景を見ていた零花は自分の心臓が物理的に小さく締め付けられるような感覚に襲われ、彼女が自分の心の底に隠したはずの事実は再び零花を苦しめていた。その事実を再び隠すかのように零花はカーテンを閉めた。
シロは今の現状をどこかで経験していることに気がつき思い出していた。
(これは…まずいなぁ…まったく前と同じだ。前と同じだとすれば…流されちゃうと、すぐさま恋愛感情まで…抱いちゃいそうだな…俺がだけど。はぁ…困ったな…)
そうしているうちにも篠崎の手が強く握られていることシロは知っていた。そしてその手が震えていることも知っていた。
目の前に恥ずかしそうにたたずむ少女をみてシロは戸惑う。その間にも少女の手がどんどん強く握られていく。
(呼ぶぐらいなら…)
そう思ったときにシロはやさしく少女に語りかけていた。
「んと…このえさん…でいいかな?」
「さん…は要らない…」
「こ、このえ」
「は…はい…」
名前を呼ばれた少女は満足そうにゆっくりとシロの袖から手を離していた。しかし、彼女は耳まで赤くし下をうつむくだけであった。
「このえ、今日はもう遅いし、宿舎にもついたから俺はもう行くね」
「う、うん…今日は…ありがとう」
そういうと少女は宿舎のほうへ走り去っていった。宿舎の入り口で一度止まるとシロのほうへ振り向き手を振っていた。胸元で振られた手はすぐさま往復をやめ、少女は宿舎の中へと消えた。
シロは一つため息を吐き出すと、過去の出来事を思い出しながら自分の宿舎に向け歩き出していた。




