チャプター14 悪魔の存在
磯の香りが立ち込める場所に三人は降り立った。品川区にある文房具メーカーは海の近くに建設されていたためそんな香りがしてもおかしくはない。今回の目標となる遠藤智美はそこで働いていた。
大門が説明を始めながら勤務地に向け歩き出していた。
「今回は天津がサボったみたいだからな、目標の発見を急がなきゃならん」
そういうと深くため息をついた。
シロは以前とは違い、ある程度異形たちの姿が見えるようにはなっていた。しかし死力開放をすると、死力開放していない状態で自分が見ている異形たちの数は氷山の一角ともいえるほど少なかった。少し残念な気持ちに駆られながらも海沿いを歩いていく。
海岸を見ると黒い人型をしたものがたくさん並んでいたり、目を移せば空中をふわふわと浮かびながらこちらの様子を見ていたりするものもいた。このものたちは一体いつからこうしているのだろうかと考えながらも深くかかわる必要性もないため足早に目的地に向け歩いていた。その間は誰も会話をせず、静かに時間が過ぎていく。40分ほど歩くと文房具メーカーにたどり着いた。その事業所ではおそらく相当な人数が働いているであろうと思われるほど広く、対象を探すのには骨を折りそうであった。
「ここからは手分けして探すことになる」
大門の言葉に反応したのはシロであった。
「働いている部署ぐらいは調べてあるんじゃないですか?」
そんなシロに首を横に振る大門であった。
「天津がサボるときは徹底的にサボるからな…まだ勤務地が書いてあっただけマシだ」
その言葉を聞いて驚いたのは零花だった。
「そんなことあったんですか?!じゃあ目標をどうやって見つけたんですか?」
「文字通り駆けずり回った…確か…探すのに2ヶ月ぐらいかかったはずだ。さすがに文句言ったら次の任務から市町村だけは書いてくれるようになったな」
そう笑う大門の横であまりの驚きで口が開いたままの零花がいた。
シロはシロで、おいおい…東京都、駈けずり回ったのかよ…いい人、いや、いい死神過ぎるぞ、大門さん、などと思いながら現状を受け入れた。
そんなことを言われてしまえばシロは天津に対する文句もいえず、ただ探すしかなかった。
そこで三人は分散し、目標の捜索を行った。
シロが事業所の敷地内を探していると目標である遠藤智美を見つけた。案外早く見つかったことに安堵し、他の二人へ連絡をしようと端末を取り出した。まもなく二人も合流し、彼女が働くさまを見ていた。
そんなさまをみてシロは彼女に違和感を覚えていた。かなりの数の男性に言い寄られているのであった。4~5人であればモテているの一言で説明は終わるのだが、彼女が別の部署に行くたびに声を男性たちから言い寄られているのであった。その回数は彼女の就業時間が終わるまでに50回を軽く超えていた。そのことは大門も気づいており、少しまずいことになるのではないかと危惧していた。
その言葉は現実となってしまう。
彼女が仕事を終え、自宅に帰ると一日を終わらせるために習慣化された作業に入っていた。洗濯物を取り込み、夕飯を食べ、入浴し、そして部屋の電気を消し、彼女は就寝した。その様子を見ていた三人の死神は頃合を見計らい部屋に入る。そこには寝息を立てながらベッドに入っている遠藤智美がいた。彼女が死神に気づけるはずもなくただ死を待つように寝ているようであった。シロはおそらく彼女に手が届きそうな寸前で光が発生されると思っていた。しかし発光は思ったよりも早く起こった。シロが彼女に近づこうと一歩目を踏み出すと彼女は発光し始めた。その光は発光したかと思えば光は急速に大きくなる。その光の中から銀の鎧を身に着けた男が現れていた。その男は頭上に王冠をのせ、隣に鰐を連れていた。男と鰐の体全体が光から出終わると光は男の中に取り込まれた。普通の女性社員の部屋に鰐がいる光景は今後見ることはないだろうとシロは思いながら、これから行うことを宣言するため一歩前にでて、名乗りをあげた。
「はじめまして、俺は一之宮 白といいます。死神をやっています。今日はそこに寝ている遠藤智美さんの命を刈り取りにきました」
そう名乗り終わると状況を判断したらしく、銀の鎧の男は自分の自己紹介を始めていた。
「そーか、死神か…俺はサレオスって呼ばれてる。これ雰囲気的に戦う流れ?」
サレオスと名乗る男は気さくに話しに応じていた。その名前を聞いたときたじろいだのは大門であった。
「サレオス…確か…お前は悪魔じゃなかったか?19番目の」
自分を知っていることに驚いたサレオスはまたも気軽に話しかける。
「えっ、俺のこと知ってんの?すげーな、オッサン」
話についていけないシロと零花は説明を求めていた。それを察した大門はサレオスの”オッサン”という言葉に少しイライラしながら説明する。
「『ソロモンの小さな鍵』って知っているか?紀元前のイスラエルの王にソロモンって奴がいてそいつは神から知恵をもらった。その知恵の中に悪魔の使役方法もあって、それを記したものが『ソロモンの小さな鍵』なんだ。」
二人は完全に頭上に混乱マークを点滅させている。そんな二人をおいていくかのように説明を続ける。
「『ソロモンの小さな鍵』は全五部からなり、その中の一部”ゴエティア”のなかには悪魔の種類と性質が記されている。”ゴエティア”の中の19番目にサレオスの名前があるんだ」
「せいかーい!!何でそんな詳しいのさ、けっこうマイナーだよ、俺」
大門とサレオスの会話は零花とシロを完全に置き去りにしていた。シロは自分の仕事をこなすために会話に無理やり入る。
「じゃあ、遠藤智美があんなにもモテていたのはお前のせい?」
「それもせいかーい。俺は人間の男女の間に愛を芽生えさせるんだ。すばらしい能力だろう?」
そういうと彼はフィンガースナップ、つまりは指を鳴らした。すると零花は急にシロの左手を両手で持つとシロの正面へ立った。そして零花は下を向いていたが決意を決めたかのように頬に熱を帯びさせながらシロの目を見つめながら囁いていた。
「シロぉ…私…シロのこと…す、好…」
そう言いかけた瞬間サレオスは再び指を鳴らした。その瞬間、零花は自分が何をしたのか、何をしようとしたのか思い出したかのように顔を真っ赤にしてすぐさまシロの手を離した。零花が言いかけた言葉はシロにも容易にわかったため、その言葉を言った零花を想像したシロも顔を真っ赤にした。
「ハハッ、まんざらでもなさそうだねぇ…一之宮白」
そんな風に二人をからかうサレオスが純粋な笑顔で笑っていた。
シロはうしろで殺気を放つ一人の少女がいることに気づいた。あまりにも気さくなサレオスは敵と思いにくかったのだろう、シロは心の中で、サレオス…お前、零花に殺されんぞ…と本気で心配してしまった。そんなことに惑わされるわけにはいかないとシロは死神の仕事に取り掛かる。
「サレオス、からかうことが目的なら遠藤智美のもとを離れろ。俺はそいつを殺すためにここにいる」
そんなシロの覚悟の前にサレオスも真剣になる。
「いやそれは許さないよ。ぼくがこの人にくっついているのは偶然だ、だけどぼくは無意味な殺しは許せないんだよ…」
そういうと彼は自分が悪魔であることを象徴するかのような黒い光を放ち始めていた。それを見たシロは少し恐怖を感じていた。しかし自分がここに来た目的を改めて思い出し、シロは自分自身に与えられた過去の絶望を体の外へ最大限に放出しサレオスをにらみつけた。




