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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅱ 死神の庭
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チャプター10 輪廻の崩壊

 大門に背負われながら、シロは一つの英文を思い出していた。


”Death is the great leveler" 死は偉大な平等主義者である。


その言葉が頭の中で駆け巡る。

死を渇望していた生前のシロは死について興味を持っていた。そのとき偶然見つけたのがこの言葉である。シロは木下京谷の一件でつくづく自分に呆れていた。死神としてここにある自分の存在はそれを享受する立場ではないのである。それを享受するためにはシロはまず与えなければならなかった。自分自身が平等主義者にならなければならないのだ。

そんなことにすら気づかなかった。シロは恥じていた、”死”の本質を理解していなかったからこそあの子の命を救おうとしてしまった自分の行為を、正義のヒーローぶった心を。


薄れ行く意識の中で強く決意した心に呼応して握られた右手には、まだ木下京谷の存在をシロは感じていた。


三人が死神の本拠地に帰還し宿舎に到着したのは午後11時をまわろうとしたときであった。大門はシロをベッドにほおり込むと東京ブロックに在籍している全死神に対して連絡をまわしていた。連絡を行った後は大門も自室に帰り休息をとることにした。


 シロが目を覚ますと日がすでに高く上っていた。ベッドから体を起し、見つめる先には自分の右手があった。シロの決意は揺るがない。彼はすべての命を刈り取る存在になることを、死を平等に与える存在になることを、目線の先にある強く握り締めた右手に誓った。ベッドからでたシロは身支度を済ませある場所に向かっていた。石門をくぐり、実体を持たずに現世に降り立つ。まだ戦闘を十分にこなせないシロは現世に存在する実体のない霊に襲われる危険を(かえり)みず、ある場所に向かっていた。降り立った場所は渋谷駅周辺であった。シロの目的地とはそこまで離れていないことにひとまず安堵した。


場所が離れていても電車に乗ること自体は可能であった。そもそも実体を持っていない今の状態であれば無賃乗車であっても誰にも気づかれる心配はなく目的地へ到着することはできたが、シロはどんなに離れたところにあっても歩いていくと決めていた。誰にも気づかれず町を歩いていく。二時間ほどでシロは目的地に到着していた。シロの目の前には昨日の目標となった木下京谷が入院している関東総合病院があった。


昨日と同じように入り口から入り、階段を上り木下京谷の病室を目指す。まもなく到着した病室は昨日とはまったく違う清楚な雰囲気があり、そこには木下京谷がいた。上半身のみを起し、窓の外の景色を見ていた。シロが木下京谷の病室で静かに彼を見つめる、何をするわけでもなくただ静かに。時間が経つのも忘れ、あたりは夕暮れに包まれていた。すると病室に学校帰りと思われる男の子が入ってきた。その子は今日の学校での出来事や勉強でわかりにくかったところを教え、最後に”早く学校に来いよ”とだけ言うと病室を出て行った。それに木下京谷は”もうすぐいけるから一緒に遊ぼうな”というと再び視線を窓の外に向けた。


続いて病室に入ってきたのは彼の両親であろうか、30代の男女はイスに座り話し込む。買ってきた果物の皮を剥くと木下京谷へ差し出した。ある程度、話すと二人の男女はその場を立ち、家路へ向かう。その二人に木下京谷はついていく。その二人を見送るためであるのか、それとも退院して病室から早く出たいという願望を表していたのか、それは彼にしかわからない。

一階まで降り、二人を見送ると木下京谷は振り返り、自分の病室へ戻ろうとおもむろに階段を上っていく。その足がもう数歩で四階に達しようとしたとき、彼は足を滑らせた。彼の体は階段一段一段にぶつかり、赤く腫れ上がる。階段を転げ落ちた後には後頭部を壁に強打した。その音を聞いて看護師や医師たちがぞろぞろと集まってくるが彼はもうこの世にはいなかった。


シロは最後の一瞬まで瞬きもせず、彼、木下京谷を見続けた。

自分の両手を血が出るほど強く握り締め、下唇を血が出るほどの力でかみ締め、目を背けることをしないように、自分が行った行為の結末をただ見ていた。


ざわざわとあたりが騒がしくなると、シロは一粒の滴を落としその場から消えていた。

その滴は夕日の光を浴び、血の様に赤く染まっていた。


帰還したシロを待っていたのは東京ブロックに存在してる大勢の死神たちであった。そこには大門や零花、桐彦、望月などの姿もあり、テーブルには豪勢な食事が用意されていた。大勢の死神たちの目的はシロが死神として存在し始めたことを祝うものであった。シロはそんな気分ではなかったが、自分の誓ったことと祝う内容が異なるわけでもなかったので、その場では楽しい表情を作り出し対応することにした。その席に天津はいなかった。


 天津は一人で天界にある自室に篭りながら資料に目を通していた。

その資料には輪廻率(りんねりつ)の最近の推移についてまとめ上げられていた。先日、シロが破壊した存在の結晶は数に限界がある。数に限界があるといっても、その数は天文学的数字だ。生きているものであれば存在の結晶は必ず持っていて、どんなに小さな命であってもその体には存在の結晶は宿っている。つまりは命の誕生には存在の結晶の空席が必要となる。

資料に書いてある輪廻率(りんねりつ)というのは命の誕生の数を分子に、そして失われた命の数を分母におかれ計算された値になる。本来はその値は”1”以上になることはなく、大きく下回ることもない。

しかし、天津が持つ資料には0.823という数値が刻まれていた。その数値は存在の結晶が誰かに所有され、新しい命が誕生していないことを意味していた。

その数値をみた天津はいよいよ危ないところまで来てしまっていることを悟り、深いため息をつく。


さまざまな思惑がうごめく中、天津にはすぐさま手をうつことが求められていた。

それがどんなに危険を伴っていても、どんなに憎まれようとも、彼には大きすぎる神という義務があるため天津は前に進むしかなかった。


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