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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅱ 死神の庭
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チャプター9 世界の理

 一秒を示す針が一回転すれば60秒、それを30回繰り返せば30分。この(ことわり)は世界のルールの一つであることは誰しも知っている。しかし不思議なことにその(ことわり)は誰にでも平等な時間感覚を与えてくれるとは限らない。ある人には数秒のように感じられることもあり、またある人には永遠のような時間を与えることがある。


現在時刻は午後10時。

病室に一人残り、30分という時間を与えられた死神はどのような時間の感覚でいるかは当の本人にしかわからない。刹那のような時間の中で、もしくは永遠のような時間の中で彼は一つの結論を出さなければならないことは、どのような時間を過ごそうとも変わりはしない。

シロは完全に見失っていた。自分がどうすればよいのか、どうしたいのかを。右手にある存在の結晶を砕いてしまえば自分は望んだ”死”へ近づくことは確かである。しかし、生をないがしろにして生きてきた人間が他者の希望に満ち溢れる人生を壊してまで”死”を求めることが正しいとシロは思えなかった。逆に右手にある存在の結晶を病室のベッドに横になっている木下京谷に戻してしまえば自らの望む”死”は永遠にやってこない。どんなに考えても結論が出なかった。


シロの心を表すかのように月には厚い雲がかかり、病室は暗く重い空気が流れていた。呆然と立ち尽くしたシロがいる病室のドアが開いた。シロは30分という時間が経ってしまった、決断しなければいけないと思っていた。


病室に入ってきたのは零花ではなかった。立ち姿からして男であることは呆然としていたシロにもわかった。しかし、その影は大門にしては細身であったため様子を見に来た医師か何かだろうとシロは思っていた。さっきまで月にかかっていた厚い雲は突如として風に流され、月の光は遮るものがなくなったために病室を照らし始めていた。それはベッドに横になっている木下京谷という12歳の子供も暗く沈んだ顔をしているシロも、先ほど入ってきた男も照らし始めていた。


病室内を照らし始めたその光は病室内に入ってきた男の顔を明らかにするには十分な明かりであった。そこに立っていたのは天津神地であった。シロは驚いてはいたが自分の抱えている究極の二択の答えを出すことに精一杯で驚きの表情を作ることが出来ずにいた。天津は静かにシロに話しかけていた。


「泣いているのかい?それとも悔やんでいるのかい?」


その天津の問の文頭になる言葉はシロには容易に想像できた、してしまった。『死神として働くことに』だ。シロは強がって見せるほかなかった。


「泣いてなんかいない、それに悔やんでもいない」

「なら、君はその結晶を壊してしまえばいい。違うかい?」

「わからない…一つ聞かせてくれ。なんであの子だったんだ」

「理由なんてない。強いて言えば偶然見かけたが理由だ」


シロは怒りをあらわにするしかなかった。自分が究極の二択に結論を出せずにいるのに、その事の発端は見かけただけなんて納得がいかなかった。


「ふざけるな!!なんでだよ!!あの子は生きることに希望を持っていただろう、病気も治るものだったんだろ…なら何で殺す必要がある?なんであんな生きたいと願っていた病弱な子を…」


そう言いかけた所で天津は叫んだ。その声は二人がいる病室内だけとどまる叫び声ではなかった。病院中に響き渡る声で叫んだ。


「なら!!!!病弱じゃなかったらお前は殺せたのか?!!病弱じゃない元気な子供から抜き出した存在の結晶なら抜き出した瞬間に壊すことができたのか?!!」


シロは沈黙するしかなかった。時が止まったかのような錯覚に陥った。その沈黙を、その錯覚を引き裂くように天津は叫ぶ。


「答えろ!!!!一之宮シロ!!!!」


シロは答えられなかった。

天津は非情な現実をシロに突きつけることをやめなかった。


「金持ちだったら!!貧乏だったら!!悪党だったら!!善人だったら!!お前は殺せたのか?!!答えろ!!」


もうすでにシロは答えを出すことを諦めていた。いや、自分は本当の意味で何もわかっていなかったことを自覚させられてしまっていた。


「お前みたいに正義のヒーローぶった奴が一番手に余るんだ。いいか、死神は正義のヒーローなんかじゃない!!自分が選び進んだ道が、結果として正しくなるなんてことはないんだ!!」


飛び交うお互いの叫びは現実世界には届かない。届かないからこそシロは叫んでいた。


「じゃあ、どうしろって言うんだよ。お前は!!」


天津はシロの問いに何も躊躇することなく返答した。


「…殺せ、わけ隔てなく、差別なく。それが死神が死神たる所以(ゆえん)だ」


その言葉はシロの体を支えていた正義のヒーローぶった心をへし折るには十分だった。シロは力尽きたかのようにその場にへたり込む。手には木下京谷の存在の結晶が握られてた。体にはまったくといっていいほど力が入らなかった。しかし、強く彼は決意した。その決意は右手にも現れていた。彼は強く、強く、強く決意した。


天津が病室をいつの間にかいなくなってからどれくらい時間が経ったのだろうか。

大門と零花はゆっくりとドアを開け、中の様子を確かめつつ病室に入ってきた。


病室でただ一人うなだれているシロに駆け寄り安否を確認する。シロの右手には、もはや原型などない、砂だけが残っていた。

それが大門の腕時計の1秒を示す針がちょうど30回転した時の出来事であった。

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