~絶望の終わり、そして始まり~
はじめまして、無色十色です。
小説を書くのは初めてなのでいたらない所や、下手な所があると思いますが、なにとぞ、ご容赦ください。
失敗を恐れず頑張っていきますので時間がある時にでも読んで頂ければ幸いです。
…ああ、死にたい…なんで俺は生きていなければならないのだろう…
いつから死を渇望してきたのだろう。生きることをないがしろにしながら、馬鹿にしながら、だらだらと今までなぜ生きてきたのだろう…
神がいるなら聞きたい…自分の存在の意味は何か…
そう考えながら彼はここに確かに存在している。
街道には我先にと春の訪れを届けようと、淡いピンクの蕾を膨らませる桜の木々が平行に並んでいる。そんな道を鬱屈した気持ちを抱え、歩いていく青年が一人だけいた。
彼は生後24年、男、身長、体重は平凡な人間で、名前は一之宮 白。彼は生きることに希望を持てず、人生に絶望し惰性で生きてきた。絶望に汚染されてはいるが恋愛経験もあったのだった。
シロは親には捨てられ孤児院で育ち、生きてきた。彼には親に捨てられたという記憶はなく、気がつけば孤児院で暮らしていた。孤児院に拾われたとき名前はついていなかったのだろう。それは唯一、シロが持つ身体的特徴が自分の名前の由来だったからだ。シロは銀髪を有していたただそれだけの理由。その髪は否応なく彼を目立たせ、いじめられる原因を作り出していた。
彼は孤児院を出たあとに、義務教育を経て、奨学金を借り、高校、大学を経て就職した。基本的には明るい性格で、誰とでも仲良くできる自信があった。それは対面上そうするのが楽だったため、それ以上の意味はなかった。一人になると今までの人生を思い返し、心は絶望にかられて死にたいとしか思わない人間である。卑屈なまでに屈折した心の歪みは自分ですら嫌になる程で、それを知っているからこそ彼はため息を吐き出した。
「はぁ…こんな人生に意味なんかない…死ねば終わるけど痛いのは嫌だし…死ぬのは怖いし…」
まるで新しい時代を迎えるかのように、桜の開花を待ちわびるソワソワとする世の中で彼は自分の生きる意味を考えながら、帰路についていた。横から差し込む夕日は痛みをシロにあたえながら、一日の終わりまでの時間を刻む。
彼の心の中にあるのは昔も今もこれからも絶望だった。昇っては沈んでいく太陽を横目で睨みつけながら今日の終わりと明日の始まりに苛立っていた。
俺は何にも期待していない。
人生に、世界に、そして自分に。いままで生きてきて楽しかったことなどあったのだろうか、嬉しかったことなどあっただろうか。他人には拒絶され、自分を支えてくれる人はいない。自分は何のために今ここに生きてしまっているのだろうか。
俺の心は絶望にしか染まらない、そして、世界は変化しない。才能あるものはすべてを手にいれ何も持たないものは何一つ手に入れることが難しい世界。
世界が不平等なのも受け入れているつもりだ。そして自分自身を変えられないことも知っている。
何も変わらない世界、平凡な毎日、絶望の続く毎日、そんな日々が永遠に続いていくのだろう。いうなれば足枷、牢獄、人生はそういうものだと思う。
脳内を巡り続けるネガティブな思考結果はいつまでも彼の体を締め付けた。絶望に身震いを覚えながら下を向き、黙々と歩き続ける。その思考結果はまるで彼の足に重石をくくりつけるように彼の足は何かを引きずるように歩幅を縮めていた。距離が長くなるにつれて徐々に増していく足の痛みと身震いで再び彼は恐怖していた。
しかし、シロにとっての牢獄、足枷は突如として終わりをつげた。
優しい風が桜の花びらを躍らせる暖かい日だった。どこからともなく飛んできた花びらがシロのもとを訪れる。時刻は午前9時、仕事は休みだった。久しぶりに散歩を楽しんでいた。珍しくシロの精神状況は絶望にかられていなかった、かといって人生に希望を抱けるようになったわけではない。
シロが道路を歩いていると一人の少女と母親が楽しそうに遊んでいる光景が目に映る。そんな光景を羨ましくも妬ましい気持ちにかられながら、眺めている自分がいることに気がついた。記憶のある頃から母親と父親はいなかった。人生初の絶望はそのことだったなと思い出していた。はじめの絶望を皮切りに思い出される数々の絶望は彼の心を切り裂いていた。
こんな風に育てられたら、親がいたら、人生に絶望しなかったかもしれないな…そんなことを思いながら、シロはその場を離れかけた。その親子から視線を自分の進路方向へ向ける。その先にあったのは一台の車だった。その車は蛇行を繰り返し、徐々に速度を早めこちらに向かって来ていた。
本来であれば母親は少女の手を引き、自分たちの体を道路の端に持っていくだろう。しかし親子は遊ぶことに夢中で気がついていなかった。少女は突如、何かに惹かれるかのように道路に近づいて、母親に向けて手を振り、愛らしい笑顔をしていた。道路に佇む少女を見たとき、少女の母親は我が子の危機に気がついた、少女を必死に呼ぶが少女は分かっていなかった。
刹那、シロは走り出していた。走り出しながらもその行動にいたった理由を彼は頭の中で考えるが、明確な回答を得ることはできないまま次の行動へ。
少女まで目と鼻の先、約10m。眼球の中心で捕らえた少女に必死に腕を伸ばす。徐々に時間は濃度を薄めてシロを取り囲んだ。
一日のように引き延ばされた時間を闊歩する。自身の手が少女へたどり着いたことを手のひらの感触から確かめると渾身の力を込めて歩道へ押し込んだ。
少女の重みを感じたと同時に重みが手を離れた瞬間、シロは微笑んだ。
やっとこの日がきた。俺の牢獄が壊れる時、つまり俺の人生が終わる時が…
少女が助かったことに喜びは感じない。しかし、こんな終わり方なら…とシロは心のそこから叫んだ。
神よ!!感謝する!!こんな終わり方をわざわざ用意してくれてありがとう…
ゆっくりと流れていた時間は思いだしたかのように動き出す。車がシロの体に伝えた衝撃は骨という骨を粉砕し、細胞という細胞を破裂させた。道路へと体は投げ出され自分の体から流れ出る赤い液体が地面を染め上げる。意識が遠のく中でシロは自分の人生を思い返す。
あぁ、つまらない人生だった…
よかったことなんてあったのだろうか…思い出せないな…まぁ、いいさ。
こんな人生も今日で終わり…何もなくなる。自分の存在も、生きた軌跡も、人生の絶望も…何もかも…
アスファルトに広がる一之宮白の大量の血が悲惨な現状を作り出しながらも、横たわる青年は安らかな表情のまま、ゆっくりと目を閉じた。
俺は…どうなったのだろう…どれぐらいの時間が経ったのだろうか
感覚だけが漂う世界の中でシロは一人思いをはせていた。目を瞑ったままで体の表面を覆う感覚に身をゆだねた。その感覚が途絶えたところで自分の目をゆっくりと開けると見知らぬ部屋にいた。
薄暗く数本のろうそくがついていた。中央にオフィスによくある机が一つ、後ろには扉が二つ、左には赤い扉、右には青い扉があった。
「俺は…死んだ…んだよな…」
シロは驚きながら考えこんでいたら背後から声が聞こえた。
「これより、採用試験を行う」
聞こえてきた声は低い音で心臓に響き渡り、シロの鼓動が不快なリズムを刻み出す。シロは声をだし、ドキマギしながら机の方を振り向いていた。
「え?」
先程までは誰もいなかった机の方向を見ると、白いスーツに身を包み腕を組んで仁王立ちする人間が机の上に立ち、ふんぞり返る光景が目に飛び込んでくる。
肩まで伸ばした金色の髪の毛、身長は180cmぐらいだろうか、かなり高い。正義か悪かと問われれば、どちらかと言えば正義に分類される人間だろう。ロウソクが数本しか付いていない部屋の明るさでは、表情まではわからない。こいつは人間ではない、そんな気がしていた。一般的に人間は机に立たないからそう感じただけかもしれないが、シロは感じていた。
机の上の男はシロが抱いた疑問に答え始めていた。
「そうさ、君は死んだよ。紛れもなく、疑いようもなく。さらに言えば君が生きていた世界の君の実体…一之宮シロは灰になったよ」
机の上から聞こえてきた声は先程聞こえてきた低い声とは違い、透き通っていた。
男は机の上からふわっとジャンプし、椅子に腰かけ話を続けた。神に祈るように組まれた手からこちらに向けられた視線はまるで何かを値踏みするようでシロはただ気味悪さだけを感じながら彼の言葉に耳を傾ける。
「本来であれば、死んだ人間の魂は浄化され、また生を与えられる、言うなれば輪廻だ。与えられる生は人間とは限らないがね」
シロにとって"本来であれば…"その言葉は一つの結論を想像させる。本来という言葉に当てはまるのであれば説明する必要がない。絶望の一言につきる結論に…下をうつむくことを許さないように口調をさらに強めていた。
「しかし、君は正規ルートによる魂の浄化は望めないのだよ。わかるかい?今の神様はね、生をないがしろにするやつが大嫌いなんだ。簡単に言えば罰なんだ」
想像した結論に似た回答を得たシロは自分が置かれている現状を詳しく知るために白いスーツの男へ尋ねようと、息を吸い込む。
それは彼にとっては最後の希望が消えないように願う行為、金髪の男が送り込む視線に自らの視線をゆっくりと合わせていく。彼らの視線が交わると同時にシロはゆっくりと言葉を吐き出した。
「罰?つまり俺はこの存在を消すことができない?死ねないのか?」
男の笑顔はお手本のように作り出された笑顔であり、様々な感情を隠していることは明白だった。
「罰を受けきってしまえば君は消えるよ。借神とも呼ばれている。問題はその罰の受け方だよ。一之宮くん」
シロにとっては金髪の男が発する言葉を一つ一つ認識していくたびに目の前にあった希望が遠のいていく気がしていた。沈みかけた感情を白いスーツの男が邪魔するかのように話を続ける。非情な現実を突きつけようとただ目の前で両手を組みこちらを睨みつける男がそこにはいた。
「方法は二つ。一つは君の罰を時間をかけ、苦しみ、後悔、懺悔して罰を受ける。いうなれば地獄だ。もう一つは神の手伝いとして働いて罰を帳消しにする方法、これは死神として働くということ。」
冗談であってほしい。それがシロの願い。
やっと牢獄が終わりを迎えたというのに死んでまで牢獄にいれられるなんて…今度は仮初めの命で生き永らえる。
人生に絶望していたシロは怒ったことがほとんどない。怒る前に諦めてしまうのが常だったがこのときばかりは憤った。気がつけば声を荒げ叫んでいた。
「ふざけんなっ!!!!神様はどんなことでもしていいのかよ!!最初に生まれた場所、環境、状態、才能で人生に絶望して素直に死ぬことすら許さないなんてそんなありかよ!!死んでまで働け?罰を償え?そんなもん、くそ食らえだ」
冷静ではいられなかった、シロにとっては"死"が最後の希望だったからだ。
激昂するシロに男はこう切り出した。
「一之宮シロくん、神が絶対だよ。正しいことをするのが神じゃない、神がすることが正しいんだ。それに今の言葉、私に対する意見として受けとっておくよ。」
シロは一瞬にして血の気がひいていくのがわかった。
「ちょっと待て…私に対する?まさかお前がかみ…」
そう言いかけた所で白いスーツの男はシロに対して自己紹介を始めた。
「そう言えば自己紹介がまだだったね、私は57代天界総司令官…まあ俗称で言った方が早いか、神様の天津神地だよ。よろしくね」
気味の悪い笑顔で神と名乗った男と動揺を隠しきれていないシロが目を合わせる。とめどない冷や汗だけがシロの体を流れていた。
「さあ、どうする?地獄に行くかい?なら、赤い扉へ。それとも死神として働くなら青い扉の前へ。ちなみに君の罰は地獄に行くとして考えるとだいたい900年位で償いきれるよ。働くなら完全歩合制だから頑張れば早く召されるけど?ま、結論を聞くまでもないとは思うけどね」
天津は事実のみを伝えシロに結論を迫っていた。
シロにはどちらも地獄でしかないが選択肢は一つにされてしまった。できる限り早く消えることができる道を。
「はぁ………わかったよ。働くよ。働きゃいいんだろ。」
シロは落胆した。いや落胆という言葉では足りないほど暗く、うつむき、歩く。自分の後ろにある青い扉の前へと立つ。扉を開けようとしたが開かない。
「おい、天津、さっさと開けろよ。働くにも働けねーじゃねーか。」
「一之宮くん、一応神様なんだから"さん"ぐらいはつけなよ。そうだ!!さっきの
俺に対する暴言とあわせて、地獄年数換算で、きりよく1000年にしよう。」
笑いながらそう言った。
「ふざけんな、勝手に増やしてんじゃねぇ!!!! あれっ?」
掴みかかろうとした時、足下がおぼつかない感覚に襲われた。
落ちた。
扉はフェイクだった。気付いた時には遅く、自由落下に身を任せることしかできなくなってしまった。
落ちていく中でシロは叫んだ。
「神に感謝なんてしなきゃよかったぁぁあああ~~…」
シロが落ちた部屋に一人の男が入ってくる。天津とは正反対の容姿、黒髪は短く、黒いスーツをきて静かに天津に話しかけた。
「こちらの手続きは全て終わったよ、問題なく」
天津はそうかと短く返答し、黒い男は去っていった。一人残った天津はふと思い出す。今まで落としてきた元人間のことを、悲しみの表情を浮かべながら、神は自分自身の絶望を隠し、静かにその部屋をあとにした。