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機甲少女  作者: 式部ゆかり
第一章
5/6

5

「大尉!?」

 機甲外装越しに聞こえてくる声は、飛鳥桜のものだった。

 健三は視線をもう一方の影――群青色の機甲少女に移した。

 敵側の機甲少女。群青色の機体は軍部で知らない者はいない。

 東北所属の裏切り者。

(しかし、何故ここに……)

 何故、機甲少女が二機もここにいるのかは分からない。ただ、双方とも満身創痍であることは分かる。装甲が剥げ、所々肌は露出し、裂傷から血が滲んでいた。

「大尉、下がっていて!」

 言うや否や、〈長門〉と〈伊勢〉が互いに接近し、ぶつかる。刃毀れした太刀が火花を散らし、両者が鍔迫り合う。コンクリートの床が砕け、破片が壁に弾け飛んだ。

 健三はただ、その規格外れ同士の戦闘を蹲って眺めているしかできなかった。手にしたUZIはもはや頼りないものだった。

 ゆっくりと壁を伝って立ち上がる。地震のように上下に揺れる地面に立ち、健三は先ほどの男を捜す。上から言われた目的のものは、奴に取られてしまった。何としてでも取り返さなければならない。

(……奴はどこに消えた)

 光学迷彩でステルス化したのは間違いないだろう。だが、そこからどこへ消えたのかが問題だ。機甲少女がいるような場所にいれば、戦闘に巻き込まれて死ぬこともある。あの男もあのディスクを求めていたということは、ここをさっさと後にしているはずだ。もう用は済んだ、おまけに機甲少女なんかがいる場所だ。

(いや、待て)

 敵側の機甲少女。

 軍の機密を持ち出そうとした男。

 おそらく、二人は革命軍だ。

「……まだ、ここに、いる……?」

 機甲外装に及ばないとしても――あの男の装備は〈鉄人形(フルメタル・ジャケット)〉だ。損傷した機甲少女を葬るには十分な火力がある。しかも、ここにはその機甲少女に対抗しうる戦闘力を持つ、もうひとつの機甲少女が存在する。

 少なくとも、この新潟での戦闘を制圧できるのなら。相手の最大の戦力である機甲少女をここで葬るだろう。ここは高い確率で葬ることができる数少ない機会だ。

 あの男は、まだこの空間のどこかにいる。

(どこだ、どこにいる?)

 健三は周りを探索する。いないのならいないで杞憂に終わる。それならそれでいい。だが、この状況においていないと考えるのはあまりにも危険すぎた。

 自分が身を隠すのなら、どこか。機甲少女の隙を狙える場所――見晴らしがよく、常にその動向を追える場所。

 おそらく、周りの壁をなしている、箱の上だ。

 箱の上を見上げる――空間の一部が、僅かに陽炎のように揺らいでいる場所がある。光の屈折率が違うのだ。理由は、そこにステルス化した〈鉄人形(フルメタル・ジャケット)〉がいるから。

 目を凝らす。光が屈折してできた輪郭が、ライフルを構えている〈鉄人形(フルメタル・ジャケット)〉に見える。

 その姿に気付くと同時、向こうで〈伊勢〉が〈長門〉に組み付いた。

「!?」

 意表を突かれた桜は、肉薄されて抱きつかれるような形になる。

 腕に力を入れるが、相手の全力で体を固定され、身動きが取れない。

「――やれッ、カクドーッ!!」

 姫香が叫んだ。

 箱の上でライフルを構えた男――斉藤覚道が、その引き金を引き絞る。

 狙い目は決めていた。あの装甲が剥げた背中。場所と銃の威力を鑑みるに、確実に致命傷を与えることができる。

 狙った場所はぶれない。この一撃で〈長門〉という脅威を葬ることができる。

 だが、発砲するその寸秒、衝撃で銃口が僅かに弾かれた。

 そして指が掛かっていた引き金は引かれ、ライフル弾は機甲少女の足元に突き刺さった。

「……軍人さん、やるじゃねえの」

 銃口の先に掠り傷のような痕ができている。斉藤が目をやった先には、UZIを発砲した健三が立ち尽くしていた。

「大尉ッ!」

 俺を殺さなければ、機甲少女は殺すことはできない、と言うように彼はそこに立つ。

 もはや姿を隠す必要はない。斉藤は光学迷彩を解いた。くすんだ鈍色の〈鉄人形(フルメタル・ジャケット)〉の巨体がその姿を現し、上から健三を俯瞰する。

 そのライフルが健三に向けられる。だが健三はそこに立ったままだ。

「大尉! 逃げて、殺される!」

 桜は自分を拘束する機甲少女を振りほどこうともがく。

「このッ――」

 躍起になって懇親の力を込めて〈伊勢〉を引き剥がす。

 桜は腕を振り上げ、姫香を弾き飛ばした。その反動をそのまま利用し、下から強烈な上段蹴りが繰り出され、姫香の顎に突き刺さる。

「――ぁぐッ」

 機甲外装を纏った機甲少女の蹴りを顔に受ければ、頭部外装のない常人ならその顔は原型を留めないだろう――だが頭部外装越しであってでも、その力は圧倒的だった。

 弾丸のような勢いで〈伊勢〉が後ろに弾き飛ばされ、壁に背中から叩き付けられた。そのまま起き上がることもない。〈伊勢〉は完全に沈黙した。

 だが、それで事は終わらない。

「大尉、逃げてッ!!」

 窮地に立たされた健三を助けなければならない。

 桜が叫び、地面を蹴る。

 間に合わない。

 桜がそう思った刹那、斉藤のライフルが、健三を貫いた。



「水上大尉ッ! しっかりして、目を開けて!」

 薄暗い空間で、桜のヘッドライトに青白く映し出された健三は身動き一つしなかった。彼の血液は止めどなく溢れ続け、コンクリートの地面に広がっていった。

「こんな傷すぐに治るから!」

 桜は湿布を取り出すと、患部にあてがった。だが、腹部に穴が開いたのだ。内臓はやられ、おそらく動脈も切れているだろう。今更こんなことをしても、手遅れであることは桜もどこかで感じていた。

 ピーッ、と高い音が鳴った。同時、彼女の視界の端に、赤い光がともった。

『生体反応が、ありません』

 桜には、それがあまりにも無情で、絶望的な声に聞こえた。ゆっくりとした女の声が、幾度となく繰り返される。場違いなまでに能天気な声。健三はもう目を開けることはなかった。

「……せめて、安らかに眠って下さい」

 桜は立ち上がると、隅でタバコを吹かしている斉藤に向き直った。斉藤は失神している姫香の強化外装ごと彼女を抱えるようにして座っていた。

「別れは済んだか? 嬢ちゃん」

「……」

「おいおい、そんな目で睨むなよ。ここは戦場だ、誰が殺されたっておかしくはない。それにな、早まるのはよくないぜ。そいつはあんたを庇って死んでいったんだ。ああして身を挺してやらなきゃ、死んでたのはあんただ。そいつの分まで命は大切にしな」

「私は機甲少女だよ。〈鉄人形(フルメタル・ジャケット)〉なんかのお前と戦っても十中八九負けはしない」

 へらへらしている中年に向けて、桜は怒りの眼差しを突き刺した。この男の放った銃弾に貫かれ、健三は死んだのだ。今更ながら、ようやく怒りが湧き起こってきていた。

「怖いねえ。確かにただのパワードスーツの俺が、先端技術を詰め込んだその機甲外装のあんたに勝てる道理はない。だが嬢ちゃん、お前さん、決定的に不足しているものがある」

「……?」

「経験だ」

 斉藤がそう言うや否や、ボンッ、と彼の足元あたりから煙が噴出した。瞬く間に煙幕に巻かれ、桜の視界がゼロになる。

「だから、こうして俺なんかに逃げられる」

「――どこにいる、出て来い!」

 銃を手に取り、威嚇射撃をする。だが適当に放った銃弾が当たるはずもない。

 どこからか声が聞こえてくる。

「俺はやろうと思えば、今お前さんを殺すこともできる。死角に紛れてな。だが、お前さんを救ったその軍人さんに免じて、今は何もしないことにしよう」

「出て来い!」

 大太刀を振り回し、桜は腹の底から叫んだ。煙幕が散り、あたりがようやく見えるようになってきたところで、斉藤と姫香の姿はどこにもなかった。

 煙幕から逃れ、出口に向かいながらレーダーを走らせる。しかし、あたりに生体反応はなかった。つまりは、逃げられた、ということだ。

「……ッ」

 不甲斐なさと悔しさで、奥歯がぎしぎしと軋む。

 桜は健三の遺体に目を向ける。彼の手は、腰の軍刀に添えられていた。



 斉藤が地表に出る。火薬臭い粉塵を孕んだ霞んだ冬の空気が冷たく吹いていた。

「……おい、カクドー。下ろせ」

「お、姫さん、お目覚めかい? ずいぶんと気持ちよさそうに寝ていたみたいだが」

「寝てない」

「どうだか。ぐったりしちゃって」

「疲れていた。お前にここまで運んでもらうためだ」

 姫香は不機嫌そうに淡々と言った。強がりかと思ったのか、斉藤はにやりと笑った。

「そういや、ずいぶんと大口を叩いていたけど、お前あの機甲少女に勝てんの?」

「……」

 正直に言うとあれは半分くらいはったりである。威勢を張ったはいいものの、あの場で正面で激突したとして、果たして勝てるかというと怪しいところである。

「何だよ、聞いてたのかよ。かっこ悪い」

 斉藤は担ぎ上げるように持っていた姫香を地面に下ろしながら、恥ずかしそうに後ろ髪を掻いた。

「ま、次はちゃんと仕留めればいい」

「今回は火力不足。私は機甲少女の中で一番弱い。明らかに私が不利なのに〈長門〉なんかに正面からやって勝てるはずがないだろ」

 姫香が脹れながら言う。普段感情を表に出さないだけ、このあたりは年頃の少女らしくて、斉藤は微笑ましく思う。

「向こうの性能が勝ってても私が勝てるのは、あの愚図な朱里くらいだ」

「……そーかい」

 あの子本気出したら絶対強いよ、と斉藤は言葉を飲み込んだ。

「まあいい。撤退命令を出すぞ。目的は果たした」

「もういいのか?」

「ああ。この場所にもう用はない」

 目的のものは入手することができた。

 こうして、運命の歯車はまたひとつ進む。


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