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交戦中の大通りでは集中豪雨のように銃弾が飛び交い、一歩飛び込めば命の保障はない。
だからこそ、桜はその渦中に己が身を投じる。
迅速な判断と瞬発力で、蝗のような横殴りの銃弾の雨中を突っ切っていく。機甲少女たる彼女の戦闘力は、やはり他の者と比べれば頭十個分飛び抜けていた。
見た目の重量感では想像もつかない機敏さで、機甲少女の白い影が戦場を踊る。
戦車の物陰に隠れて射撃する敵兵を、後ろから回りこんで手にした太刀で斬り伏せる。斬り伏せる、という生易しいものではない。恐ろしい切れ味のそれは、触れるものを真っ二つにしていく。触れられた兵士の体は例外なく二分され、臓物と鮮血を噴き上げてアスファルトを汚していった。
人も、自立制御の戦闘人形も、すべて無に還元していく。
前に踏み込んで、敵兵を斬る。桜は踏み込んだその足をばねにして、大きく跳躍した。アスファルトが〈長門〉の足跡の形に窪んだ。そのままの勢いで、中空で踊る影は、砲弾を吐き出し続ける戦車を目標に定めると、重力に乗せて太刀を思い切り上から叩き付ける。
バキン、という音がして、鋼鉄でできた戦車のフレームが拉げる。キャタピラが悲鳴を上げ、バラバラに分解される。しかし桜は更に腕に力を入れ続けた。
太刀を振り上げると、刃に食い込んだ戦車が軌道に沿って持ち上がった。
そのまま太刀を振ると、戦車が中空に放り出される。投擲された戦車は地面に落ち、勢い余って三回転した後に別の戦車に衝突した。
既に桜は二台の戦車に向けて走り始めていた。刀身が唸る。刃がチェーンソーのように振動しているのだ。桜は肉薄した先の戦車を、二台ごと斬った。粘土を切るように、鋼鉄の戦車がいとも簡単に真っ二つにされ、爆発してガラクタと化した。
「――ッ!?」
次なる標的を探していると、桜の目に異様なものが映った。ここからの距離が遠いので小さく見えたが、その微妙な違和に、桜は視界を拡大した。
ここから二百メートルほど先――
巨大な群青色の影が、自分と同じように大太刀を振り回している姿が見えた。
(あれは……機甲少女!?)
自分の他に、もう一人機甲少女が戦場にいる。あの姿出で立ち、見間違えるはずがない。
そしてその機甲少女は、その圧倒的な力で国防軍の兵を蹂躙していた。
(群青色の機体、〈伊勢〉……あれは、東北配属の……)
対象の機甲少女のデータが出てくる。オペレータの写真と、その詳細。
――まるで、死人のように白く、表情のない顔だった。
短い髪に、白い肌。整った顔立ち。深い静けさを纏った――拒絶、そんな言葉を連想させる少女だった。
そして、大きく赤い判を打たれた――『a rebel』。
桜は考えるより先に駆け始めていた。一気に加速すると、地面を蹴り、中空へ繰り出す。滞空時間約三秒、桜はそのまま重力加速を借りた太刀を敵の機甲少女に振り下ろした。
「!」
元仙台駐屯基地聯隊所属、第四機甲〈伊勢〉。
現反体制派の機甲少女――名を、和泉姫香。
彼女は、桜が自分の方へ来たことに今ようやく気付いた。
ガードを入れようにもこの距離ではもはや無理――姫香は弾帯を巻き付けた体を思い切り捻り、肩の装甲を犠牲にして斬撃をかわす。
「ッ!」
しかし桜は途切れることなく連続で攻撃を繰り出す。姫香は辛うじてその太刀を受け止めた。
姫香に苦渋の表情が浮かぶ。
激しい鍔迫り合いが始まり、両者とも足を踏ん張ってその場を動かない。互いの太刀から凄まじい力場が生じ、鬩ぎ合う部位に火花が舞い散る。足元のアスファルトから、数条の稲妻のようなひび割れが走った。
力の押し合いに終わりが来る。ギィンッ、と両者が弾き飛ばされて後ろへ飛んだ。そのまま舞うように着地すると、二人は再び態勢を立て直して大太刀を構えた。
大通りに、二人の機甲少女の影が静かに対峙する。
(何故こんな時に限って……あと少しという時に……)
姫香は奥歯を噛み締めた。自分らの計画があと一歩のところまで来て、こんなところで足止めを食らうとは思っていなかった。敵に機甲少女がいると踏んでいなかった。
(……白い機体、〈長門〉か)
だが、相手が自分と同じである機甲少女ということは、この際もはやどうでもいい。
ただ自分を殺そうとしてくる相手を斬るのみだった。
「……」
上段に構えた大太刀で、相手を斬り殺すイメージをする姫香。
中段に構えた大太刀で、相手を斬り殺すイメージをする桜。
一触即発とは、まさに今のような状況であった。
どちらかが動けば、必ずその相手も動くことだろう。緊迫した空気が場に張り詰める。
そして、先に動いたのは桜だった。
太刀を頭上に振り上げる。
「――ッ」
姫香は、ここぞとばかりに桜の胴を二分せんと右から太刀を振り下ろした。上段に構えていた分、斬撃は姫香の方が速い。一瞬のうちに勝負あった、と姫香は確信した。
が、その動作を読んでいたかのように、桜の振り上げられた太刀は姫香の攻撃を受け止めた。姫香は攻撃を受けられたことに驚き、そして隙が生じてしまった。
(そこ――ッ!)
桜は間髪を要れずに身を低くする。
左足を軸にして腰を回し、そのまま倒れるような勢いで右足を振り上げる。跳ね上がった右足の強烈な回転蹴りが姫香の頭部に炸裂した。
ここまで、桜のイメージ通り。姫香は後方に弾き飛ばされた。
「ぁぐ――ッ!」
地面を数回転する。体をしたたかに打ち付け、肺から空気が全部漏れ出した。コックピットがDangerの文字で埋め尽くされる。
だが、焦る暇もなく、姫香の身体は迫り来る桜の攻撃を受け止める準備に入っていた。
「ッ!」
太刀をかなぐり捨て、二本の腕を使って横に跳ぶ。次の刹那、姫香のいた場所に太刀が突き立てられた。さっきまで心臓のあった位置を、的確に。
突き立てた本人である桜は、ゆっくりと太刀を地面から引き抜く。相手が一筋縄でいく相手ではないことを理解する。またそれは、姫香にとっても同じことであった。
姫香はここまで戦ってようやく相手を知る。ゆらりと立ち上がる相手を見据えて、桜は小さく息を吐いた。
姫香は振動カッターを引き抜くと、無線をオンにした。
「カクドー。聞こえるか」
ザザッ、と砂嵐交じりに、銃弾の飛び交う音、そして男の声が聞こえてきた。
『呼んだかい、姫さん……っと、待て、こちとら取り込み中だ。お喋りしている暇はない』
ドゴン、と爆発音がいくつか聞こえる。しかし姫香は構わず続けた。
「もう時間がない。敵の機甲少女と戦闘になった。作戦Aは現時点で破棄、Bに移行。私が道を切り開く、強行突破しろ」
『……本気か?』
「伝えることは伝えた。以上」
姫香は無線を切ると、桜に向き直って振動カッターの鞘に手をかけた。大きさは実物のチェーンソーほど、だがその刃は三枚の鋼鉄で構成されている。大太刀より攻撃力は低いものの、小回りが利くので扱いやすい武器だ。
(カクドーが来るまで……やってみせる)
桜の足元にある自分の大太刀を見る。そうやすやすと奪い返させてはくれないだろう。
姫香は、元より火力では相手に敵わないことを理解していた。となると、〈伊勢〉が〈長門〉より秀でている部分というのは、機動性だった。
カッターの刃が威嚇するように唸り、その鞘が粉々に砕け散った。
次の刹那、弾丸のような勢いで姫香が飛び出した。
「!」
速い、と桜が思った時には、姫香は彼女の眼前にいた。振動するカッターが、自分の心臓を目掛けて突き出された。腕のガードは間に合わない。桜は咄嗟に地面に転がる太刀の柄を踏みつけた。
踏みつけた柄の端を支点に太刀が跳ね上がり、その刀身が姫香のカッターの軌道をぶれさせた。刃先は桜の脇腹を僅かにかすめて、何もない虚空を切り裂いた。
体勢が崩れ、姫香がよろめいたように見えた。そしてその隙を逃さず、桜の太刀が姫香の胴体を二つに断とうとした。
だが、鋭い動きで姫香は桜の背後に回りこんでいた。
(――何!?)
背中に一条の熱が走った。あの体勢から背後に回りこむなどということは、〈長門〉では考えられなかった。そのまま右に回り込まれ、対応しようとすれば今度は左に回りこまれ、桜は姫香に翻弄される。
ようやく太刀で姫香を捕らえた時には体には既にいくつかの裂傷が刻まれていた。左からの斬撃を受け止め、ようやく姫香を引き剥がす。
桜は姫香が近距離戦闘になる前に倒す方法を模索していた。相手の肉薄を許せば殺されるのはこっちである。何パターンものシチュエーションを頭の中で思い描き、それぞれの対処方法を一瞬で計算する。
対する姫香は時間だけ稼げればそれでよかった。だが、できればここで桜を仕留めておきたい。しかし、警戒されているので、さっきのような奇襲まがいな近付き方はできないだろう。
(ああ、もう面倒くさい)
〈伊勢〉のカッターを持たない左腕が変形する。見る見るうちに流線型の外装がフォルムを変えていき、左腕だった腕の先は六門の砲身が装備される。
「なっ――」
桜は目を疑う。
「――くたばれッ!」
姫香は無駄のない動作で体に巻きついた弾帯を装填し、躊躇いなくガトリングガンを相手に射込んだ。
砲門が火を噴き、空間が震え、一分間に三千発――一秒にして五十発の弾が桜に殺到した。
銃身が回転し、薬莢がばら撒かれる。アスファルトが砕け、地下の水道管が破裂して白い霧が上がった。尚もガトリングガンは弾を吐き出し続けている。
「……こんなもん、か?」
ようやく発砲を止め、赤く灼熱する砲身の先を下ろし、姫香はぽつりとそう呟いた。
三十ミリ弾をありったけぶち込んだ。背中の弾倉の半分は使った。
周辺の建物は木っ端微塵で、まして人間など肉片すら残らないだろう。機甲外装とはいえ、これだけ鉛玉を食らったらその耐久性も意味を成さないはずである。
(まあ、生きていたとしても損害は大きいだろう)
しかし、そう思う刹那。
「――ッ!?」
姫香が弾かれたように上を振り仰ぐ。
桜の振りかぶった大太刀が、姫香を叩き割ろうと渾身の力で振り下ろされていた。
被弾した右肩と左足の装甲が弾け飛び、決して損傷は軽くはない。散った破片が生身に突き刺さって流血もしている。だが、今が姫香を殺す好機だった。
翳した大太刀が姫香の頭部外装に触れる、その一瞬――
桜は背中から抉り取られるような強い衝撃を受け、吹き飛ばされた。
アスファルトを舐めるように転がり、ようやく勢いがなくなる。顔を上げると同時、彼女の脇を〈鉄人形〉を纏った何者かが走り抜けていった。
「――カクドーッ!」
「道を開けよ、姫さん!」
パワードスーツを纏った男――反体制派の斉藤覚道である。
「行け!」
「行かせるか!」
倒れこんだ姿勢のまま、背中からカービン銃を引き抜き、桜は発砲した。だが闇雲に撃ったものが当たるはずもない。斉藤の背中は小さくなっていく一方だった。
「くそッ……待て!」
その言葉で止まる由もなく、斉藤は先へ行ってしまう。
「……お前の相手は、私だよ」
「邪魔だ! そこをどけ!」
桜は立ち上がりながら叫んだ。
「どかねえよ。けど、せいぜい足止め役くらいは買わないとな」
通せんぼするように、道の中心に立ちはだかる姫香。道は横に広く、機甲少女が一騎で通行止めをするにはあまりにも広すぎるように見えた。
だが、桜にしてみれば、目の前には高い壁が聳え立っているように思えた。機甲少女一騎だけでこの威圧。ここを通るのは難しい。
しかし、それは姫香にとっても同じことだった。桜をここで食い止めることは一筋縄ではいかないのだ。今までやり合ってきた中で、最高レベルの――少なくとも、斉藤より強いのは理解していた。
「……通りたければ力ずくで、ってこと?」
機甲少女相手にこんなカービン銃は役に立たない。桜はカービン銃を収納し、脇に落ちた大太刀を拾い、構えなおした。
(だが、この先に何があると――)
分からない。だが、敵は先に行ってしまった。
そして、目の前では機甲少女が立ち塞がっていた。