まぬけな悪魔の物語
初短編です。
よろしくお願いします。
とある時、とある場所に人の魂を食らう悪魔がいた。
それも、ただの魂では無く、欲の無い純粋な魂だけを悪魔は食らっていた。
しかし、数多に存在する人間の中で無欲な者はほとんどおらず、今まで悪魔が食らってきた無欲な魂の全ては生まれたばかりの赤子のものだった。
悪魔は飢えており、乾いており、欲していた。
悪魔のいる場所ではここ二年の間、赤子が生まれず、魂を食らうことができなかったからだ。
悪魔は困った。
このままではどうしようもない。
悩みに悩んだ悪魔は赤子が生まれるのを待つ事を止め、赤子以外の無欲な人間を探す旅に出た。
最初に辿り着いた家は裕福な商人の家だった。
ここなら、食べ物にも困っていないだろうし、金もたくさん持っているだろう。
商人もこれ以上、望むものはあるまい。
悪魔はにんまりと笑みを浮かべながら、商人のいる部屋へ向かい、そしてため息をついた。
駄目だ。
部屋の中にいた商人の魂の中は欲が溢れださんばかりだった。
もっと、食べ物を、もっと豪華な衣装を、もっとお金を――
これ以上何を望む事がある。
悪魔はそう呟くと、再び、魂を得るための旅に出た。
次に辿り着いたのは何の変哲もない家だった。
悪魔が家に入ると、家の中には大量の分厚い本や何かの数式が書かれた紙切れがうず高く積まれていた。
おそらく、学者の家だろう。
悪魔は再び、にんまりと笑みを浮かべた。
学者という者は唯一知識だけを求める者と聞く。
無欲とは言えないが、まあ一つくらいの欲なら我慢してやろう。
いいかげん腹が減って死にそうだ。
悪魔は二階にいる学者のもとへと向かい、そしてため息をついた。
駄目だ。
二階にいた学者の魂も商人と同じくらいたくさんの欲を持っていた。
知識欲はもちろん、皆に認められたいと言う栄誉欲や権力欲――
やはり無欲な者など赤子しかいないのかもしれない。
悪魔はそう呟くと、再び、魂を得るための旅に出た。
最後に辿り着いたのは古ぼけた小屋のような家だった。
悪魔が家に入ると、そこには病気の子供とそれを看病する母親がいた。
悪魔は母親の魂を覗き……飛び上がらんばかりに喜んだ。
無欲ではないが、母親の魂は欲を一つだけしか持っていなかった。
子供の病気を治したい。たった一つの母親の欲だった。
悪魔は空腹と興奮のあまり眩暈を起こしながらも、母親の魂を食らおうと口を開け、ふと気付いた。
子供の病気を治せばこの母親の魂は無欲になるのではないのだろうか。
一つぐらいの欲なら我慢はできるが、どうせなら美味い方がいい。
そう思った悪魔はぶつぶつと言葉を呟く。
すると、苦しそうに喘いでいた子供の息は規則正しい寝息に変わり、火傷しそうなほど熱い子供の体温は嘘のように引いていった。
母親はそれに気付くと、「神様、ありがとうございます」と神に礼を言い、そして子供が起きないよう静かに小さな嗚咽を漏らした。
いえいえ。どういたしまして。まあ、悪魔ですけど。
悪魔は聞こえないと分かりつつ、にこやかにそう言うと、母親の魂を食おうと再び口を大きく開き……そしてそのまま凍りついた。
なんでだ!
さっきまで子供の病気を治したい。ただそれだけの欲しか持っていなかった母親の魂は
いつの間にか、裕福な商人や学者の魂と同じくらいたくさんの欲をもっていた。
元気になった子どもと一緒にお菓子を作りたい、子供と一緒に色んな人や物に出会い、経験していきたい――
母親の欲はどんどん増えていき、ついには商人や学者の魂よりずっと多くの欲を持つ魂になってしまった。
しまった。あの時に食っておけばよかった。
悪魔は後悔したがあとの祭りだった。
こんなに欲まみれの魂なんてとてもじゃないが、食う事はできない。
悪魔はすごすごと家を出ると、空腹を堪えながら再び魂を得るための旅に出た。
読んでいただき感謝です。