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2.陰陽師と志士

 鬼や怨念、あやかしなど、白い幼子が語った言葉は小説によく書かれる妖怪物とたいして代わりなかった。それがここ居る誰もが抱いた感想なのは、何を言うでもなく座る顔を見回せば判る事だった。

「それで、俺達に何をしろと言うんだ?」

 沈黙に耐えかねた亮介が、不機嫌顔で恭輔を見上げる。

「話しはまだ終っておらん。最後まで聞けばおのずと判る」

「その話し手は、真っ白い顔で奥へ消えたじゃないか」

 顔を合わせもせず、襖の向こうを気にしている恭輔に殴りかりそうな様子で、亮介がイライラした感情を放ちながら片足を立てた。

「俺達に何をさせたいのか、まずそれを説明しろ。続きはそれから聞いてやる」

「我慢、忍耐。これほど君に似合わぬ言葉はないな」

 ふふん、と嘲弄する恭輔に、その言葉通り我慢しきれないのが亮介の短所である。

「いいか。今は平成の世、身分もへったくれもない。だから俺はあんたに遠慮なんかしない」

「誰もへつらえとは言っていまい。私の態度が気に入らなくとも」

 細められた眼に、亮介はごくりと喉を鳴らした。

「性分だから仕方あるまい」

「だあぁぁぁ! その喋り方もなんとかしろ!」

「あーだこーだと五月蝿い奴だ」

「集まれと、ご丁寧に皆の所を回ってたんだ。全部知っての事なんだろうが!」

「知らん」

「へ?」

 あっさりと返答され、亮介だけでなく惣太郎と達也も同時に顔を動かした。

「知らんて・・・おい、あれが知らんって言う奴の態度か!?」

「君に私の態度を責められる謂れなどない。今も言ったが、これが私の性分でな」

 心の底から本当にそう思っている恭輔は、不愉快だとばかりに眉間を寄せ亮介を睨みつけた。

「性格は変わってませんね」

 涼しげな笑みを浮かべ、一人立ったまま一同を見下ろす姿にある日の面影を重ねる。

「君もな」

 向けられた微笑に、志の完遂を遂げられず、人生半ばで生を終えなければならなかった悲哀は感じられない。目に映るのは、命を懸けて生き抜いた人の生を再び送れる、という喜びに満ちた様相を呈した男の顔だ。

 三人のやり取りに関心を示せない者が一人、恭輔の左に座している夏月に神経を集中させていた。

(この人、誰?)

 気を探っても心当たりとなる人物が思い浮かばない。ここに集まった者の中で、独りだけ異質な感覚が、葵を苛立たせている。

「どした?」

 落ち着きのない気を横で放たれては、駿も目の前の話しに集中が出来ない。

「あのさ」

 小声で話しをしようとした葵に、亮介が人さし指を突き出した。

「大体、あいつらと一緒というのが気に食わん!」

「それはこっちの台詞だ、くそカギ」

「ガキだぁぁ!?」

「やるか!?」

 駿が片足を立てたものだから、亮介も受けて立つとばかりに腰を上げる。

「やめなよ、駿」

「てめぇは黙ってろ!」

「挑発に乗る方もガキじゃん」

「なんだとぉ!?」

「それより、葛木さん。さっきからずっと気になってるんですけど、その人、誰ですか?」

 怒りの矛先が向けられても一向に気にせず、苛立つ相手が誰なのかと葵は問いかけた。

「私?」

 葵の視線を受け、今度は自分を指差している夏月に皆の注目が集まる。

「そう言えば、君だけわからない(・・・・・)な」

 惣太郎が感じている気は、一人を除いてどれも懐かしい響きを鳴らしている。だが、恭輔の側でじっと沈黙を続けて座る女性から感じる気には懐かしさを感じない。それを葵も感じているのだ。

「集められたのが同じ刻を生きた者であるとは限らぬ。彼女は・・・そう、我らよりもまだずっと以前にこの世に在った者だ」

「腑に落ちない」

 なにがだと、駿が葵の顔を横から覗きこんだ。

「ここに居るのはどう見ても、元治から慶応の動乱に生きた者。それも時の人、と今では呼ばれる人間ばかり。その中でたった一人、違うというのはおかしくないですか? そもそも、なぜ幕末を知る者だけなんです? 戦国武将でもいい訳でしょ? ううん。侍じゃなくてもいいはずです」

「それを私に問われても困る。たが、一つの仮説ならば立てる事ができる」

「仮説?」

「神々の世から平成に至る今日まで、歴史の中で世界が最も変転した時代が、幕末と呼ばれる刻だ。強き者が知略を巡らせ武力に頼った天下統一は、いわば領主の欲が生み出しものに過ぎん。日本の為と成した戦ではない戦国の世とは異なり、志士と呼ばれる多くの革命者を生み出したあの時代は、手法は問わずとして、外敵からこの国を守る為の戦が根底にある。外敵から国を守る点に付いては、幕府もそうであった。今再び、この国は脅威にさらされようとしている。つまり、国を守る、という点だけに集約すれば、戦国武将よりも幕末を生きた我らの方が理に適うのではないか、そう考えた」

「戦国の世にも、穎悟を以って国を守ろうとした武将がいる」

「戦国は乱世、幕末は動乱の時代だ。類が違う」

 違うと言われても、亮介にははっきりこう違うと言い返す事が出来ない。

 安土桃山時代、慶長5年に美濃国不破郡関ヶ原(現在の岐阜県不破郡)で起きた"関が原の戦い”で、敗退した西軍の総大将に就いていた毛利輝元に対し、東軍総大将である徳川家康は「本領安堵」の約束を反故し、百三十万石から三十六万石余りに減封した。

 幕府に対する遺恨は、この時より江戸時代末期に至るまで長州人の心の奥底に強く根付く事になり、やがて「倒幕」という形で抑圧された感情が爆発した。

 朔月亮介の魂は、現在の山口県が長州(長門国)であったこの頃に、雷光石火の如く倒幕へと自国を赴かせた高杉晋作と言う志士のものである。

「だが今回の相手は、人の使う武器火器では太刀打ちできぬ。剣の技を磨き、刀に志を託し、欲を捨て、志を一つとした者が選ばれたのだ」

「その人は・・・」

 顔を顰め考えに耽っていた葵、達也、惣太郎が同時にそう声を発した。

「あなたの言うところの志士ではなく、人の使わない力を持つ者。そう言うことですか?」

「いかにも」

 あっさりと肯定した恭輔は、ニコリと夏月に微笑んだ。

「彼女は陰陽師だ」

「へ?」

 また亮介が面食らった顔で、気の抜けた声を上げた。

「陰陽師? あの吉凶を占うあれか?」

「強ち間違いではない。が、世に伝わる陰陽師とは異なる存在だ」

「ええっと、式神ってのを使うんですよね」

 興味津々と京子が身を乗り出してくる。

「吉凶の占いも然りだが、彼女は九字を使い、魔を祓い、式神を召還し、魔封じを行なう」

「へぇ」

 今度は感嘆の声色だ。

「彼女が、安倍晴明殿か?」

「いや。晴明殿の末裔、藤村右京と言う」

 そこに居る誰もが、聞いた事のない名前に首を傾げる。

 陰陽師、と言って出る名前は、安倍晴明その人だ。その他に名高い者を思い出すごとができぬほど、晴明の偉業は平成となっても多くの書物で語られている。

「小さな村に住んでましたし、吉凶占いや祈祷がおもな生業でしたので、書物に残るほどではありません」

「しかし、それ相応の実力をお持ちに成っておられるのでは?」

 退屈だと言わんばかりに、先ほどから欠伸をかいている真人を押しのけ、達也が膝を前へと出してきた。

「これといった事は特に・・・」

「待ちたまえ。まだ天命が下っただけだ。ああ、二人を除いてだが」

 その視線が真人から葵へと移る。

「まだ刻は十分に満ちてはおらぬ。月が満ちていくのと同じく、いずれ事の由は判ってくる。まずは、晴明殿の話しを最後まで聞きたまえ」

「するとなにか? さっきのちっこい奴が安倍晴明なのか!?」

「ちっこいとは何事だ。あの方はあえて成長を止めているに過ぎん。身体の成長のせいではない」

「それ、嫌味だろ!」

「嫌味ですか!?」

 馬鹿、という小さな声が惣太郎と泰助の口から漏れる。

「おまえ達の背が低かったとは言っておらんだろう」

「うっ・・・」

「おまえのせいだ!」

「ちょっと! なんで私のせいなんですか!」

「いい加減にしたまえ」

 うんざりだとため息をついて、苦笑を浮かべる夏月の横へと腰を下した恭輔は、後ろに感じる気配を探る。

(どれほどの刻を使い、己の力を使い続けているのか)

 生身・・の体力は少年のそれと同じく無いに等しいだろう。無理を推して力を使い続けるには、身体にかかる負担は尋常なものではないはずだ。

(天がそれを見越し、この者に命を下したとしか考えつかぬな)

 実の所、恭輔にも陰陽師の魂を宿している者が一人だけという理由がわからない。自ら立てた仮説が正しいという根拠もない。

「何をさせたいか、か」

「鬼妖の存在を考えるなら、その退治を俺達にさせたいと言うところだろう」

「しかないのう」

「鬼退治か」

 まだそうだと決まったわけではないのに、亮介の顔は嬉々としている。

「桃太郎になるってことかぁ。面白いね」

 正座で痺れた足を摩りながら、京子は首を傾げて泰助に同意を求める。

「っ!」

「どしたの、泰助」

「なんでもない! くそっ。なんでお前が」

 泰助は後の言葉を飲み込んで顔を背けた。

「まだ言うか」

 耳をひっばられ、もう少しで京子の膝の上に倒れそうになった泰助は、片手を畳に着くと怒った眼差しで京子を睨んだ。

「すべてが判るのには、まだ時間がかかりそうやき」

「土佐弁になってるぞ」

「面どくさいから、もうどっちでもええ」

 胡坐をかいた膝の上で頬杖をつく真人は、ほんとうにめんどくさそうだった。

「その鬼退治に、私達と陰陽師さんが必要なんだ」

「鬼妖については晴明殿が後ほど語ってくれよう。日は長く話しもまた長くなろう。腹ごしらえをしておくか」

 そう皆を見回し、腹ごしらえと聞いて喜んだ真人に呆れながら、恭輔は食事の用意をさせると部屋を出て行った。

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