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1.始の接触

 自宅の庭に設えた茶室の中に座す影が一つ。

 和服に身を包んで、釜から湯を茶器に注いでいた男の手が止まった。

(ふむ)

 茶筅を取り、茶器を手に抹茶を溶いていく。

 コトンッ!

 鹿脅しが落ちた。

 立てた抹茶を三口半に分けて流し込み、静かに膝の上へと両手を下ろす。

「さて。なんの理か?」

 誰も居ない茶室で一人呟く。

「天の理と申し上げればよろしいか」

 視線を横に流すと、いつの間にか笑みを浮かべた白い布袴(ほうこ)の男が座っていた。その面差しはまだ大人に成り切っておらず、男にも女にも見えた。

「さっそくで申し訳ないが、ここへ参った理由をお聞かせ願えるかな?」

「勿論にございます。出で行けと言われても、聞いて頂かなくてはなりませんから」

 手にしていた茶器を畳に置いて再び茶を立てると、白い男へと差し出しす。

 男は器を手にすると、慣れた手つきで一度、二度と回し茶を飲み干す。

「結構なお手前で」

 茶器を片手で置き、揃えた領の手を膝の上に置いた男が語り始めた。

 

 武士なるものがまだ存在せず、貴族社会が政を行なう朝廷が中心となっていた平安時代に起きた事から始まる。

 平安時代中期。

 貞観4年(862年)、18歳で文章生(もんじょうせい)となった菅原道真は、家の格に応じた職に就いていたが、宇多天皇の信任を受けて要職に就くと藤原氏を牽制する位置へと収まる。

 寛平9年(897年)、宇多天皇は醍醐天皇に譲位する際、道真をこれまで同様に重用せよと醍醐天皇に要請し、官奏執奏の特権を許るされた道真は昇進を進めるが、中央集権を主張し続けたために、朝廷への権力の集中を嫌う藤原氏等の有力貴族の反発を招く。それは、家格に応じた生活維持を求める中下級貴族にも不安を生じさせる。

 昌泰2年(899年)、右大臣に昇進、右大将を兼任した道真に、漢学者三善清行(みよし きよつら)が引退を勧めて来るが、道真はこれを拒否。延喜元年(901年)、従二位に叙せられた道真は、斉世親王を皇位に就ける事に成功する。が、醍醐天皇から簒奪を謀ったと誣告され、その罪で大宰権帥に左遷されてしまった。

 宇多上皇が、道真と醍醐天皇との仲裁に入ろうと尽力したが、醍醐天皇は謁見を断り、道真の長男高視ら4人の子息を流刑に処した。


 親族間抗争に勝利した平将門はその勢力を拡大させ、やがて受領と地方富豪層の間の調停へと積極介入した。この事が原因で国衙(こくが)(律令制において国司が地方政治を遂行した役所が置かれていた区画)と戦になり、朝廷に対する叛乱と見なされた平家勢はみなされる。関東を制し、新皇と謳った将門は、関東に独立勢力圏を立てようと奔走したが、平貞盛、藤原秀郷らの追討軍に攻められ、新皇僭称後に滅ぶ。承平5年(935年)から天慶3年(940年)の事である。


 幾多の権力争いで生まれた人の業が、結界外より鬼妖なる者を引き寄せるに至る。

 鬼妖は人の悪業を力とし人の血肉を貪り食う。死者にして活きるモノの総称とされる。彼らは更なる力を得ようと、怨の念で没した二公の躯を手に入れんが為、この世に関わりを持ち始めた。

 しかし、陰陽師安倍晴明らの手により、菅原公の躯と魂が封印され、空也(くうや)上人によって平公の躯と魂が京に封印され、鬼妖はこの世界へ来る足掛かりを断たれてしまった。


「結界外とはなにか?」

「この世の外。闇が存在する所と申し上げれば解り易いでしょうか」

「妙な事を申される。闇などこの世にいくらでも在るではないか」

「否。それは照らす物あればの影にすか過ぎません。我の言う闇ではない。闇には太陽など昇らず、月も輝かない。光りの根源が無いと雖も、影はあるのです」

「貴方の様な力の無い私には想像すらできない。で、その闇に棲む鬼妖とか言う輩が、何ゆえこの世を欲しがる?」

「人が居るからに御座いましょう。そこには業が御座いますから。時を違える彼ら鬼妖達は、自分の棲まう闇の世界以外知らなかったのです。だが、余りにも多くの業が集ったこの世界を知ることになった。彼らは、快楽や傲慢、妬み、怨みなどの感情を糧とする。ならば、業が無くならぬ人の世に興味を抱くのは必然でしょう。彼らにしてみれば、狩り場を探さずとも、目の前に幾らでもあるこの世は格好の標的なのです」

「理に適った説明ではあるな」

「私は後の世に生きる者の為、この世と彼らの世の繋がりを断たねばなりませんでした」

 鬼妖達が再びこの世に現れるぬよう、陰陽師達は死してなお強い思念を放つ肢体掘り起こし、頭、両手、両足、胴体に分け、これを封印しに各地へ散ったのである。


 水無月(みなづき)の朔。フランスに菅原公の両腕を。

 葉月の朔。アメリカに平公の両腕を。

 神無月(かんなづき)の朔。インド北部アーグラに菅原公の両足を。

 霜月の朔。イギリスに平公の両足を。

 師走の朔。日本の武蔵国と平安京に両者の首と胴をそれぞれ一つずつ埋葬されて。


 そして鬼妖は死者の封印により、力を得る事が叶わなくなり、結界外へと戻らねばならなくなった。

 長い年月の間、人は戦いを繰り返し、憎しみや悲しみと言った負の力を溜め続けた。それは結界外の鬼妖達にとって、結界を崩す力となる。

 積み重ねられた人の悪業が現世と闇の間の均衡を崩し、再び鬼妖をこの世に呼び寄せるに至り、死者の封印を解いて己が時代を得るため動き出したと、白い男は力なく呟いた。

「解らんな」

 男は俯き加減になっていた頭を擡げた。

「なぜ私にその説明が成されねばならん。貴方との関係だけでなく、鬼妖なるモノとの怨恨も無いにも等しいではないか」

「関係が無くとも、天命にございますれば必然であると申し上げるのみ」

「ふん! この世で我が魂に下された命宿と言う訳か?」

「仰せの通り」

「では、私の他にも解る( ・ ・ )者が居ると?」

「はい。時はもう余り残されていないでしょう。貴方は先駆けとなる方です。どうか、天命の降りた者達を集めて頂きたい」

「良かろう。桔梗紋を持つ貴方の頼み、引き受けさせて頂こう」

 その言葉に白き男は静かに頭を下げた。

「私は此れより地下へ下らねばなりません。その為に私は生を止め、力を蓄えて来ました。天命の下りし者達がこの地に集うこの時の為に」

(生を止める?)

 どう見ても死者の様には見えない。

「生きている様に見えるが」

「はい、生きております。ただ、齢は100年を超えております」

「16か17歳の少年にしか見えないがな」

「そうですね、生を止めたのがその頃だからでしょう」

「生を止めると言うのは、体の成長を止めると同義か? 陰陽師は皆、そのような事ができるのか?」

「さあ。他の者はどうか判りません」

 にっこりと笑った少年はまだあどけない青年だ。

「6月16日の満月、私は力を使う為に地に(くだ)ります。12月10日の満月の夜迄に、皆を集めて頂きたい」

「日にちまで指定ときたか」

「申し訳御座いません。その夜しか地に降れぬのです」

「なぜ6月16日と12月10日なのだ?」

「今年は二度月が蝕される年。その両夜が蝕となるのです。故に結界が揺らぎ易い」

 つまり、各地の封印を崩そうとしている鬼妖たちが動き易い年と言う事だ。

「今日はここまでに。あまり長く体を離れていると、戻れなくなりますゆえ」

「会う身が木乃伊(みいら)でないと願っておこう」

 目を閉じて開いたその先には、もう誰の姿もなかった。

「やれやれ。また厄介ごとを片付けねばならぬ羽目になるとはな」

 茶器を手に取り吐息を一つ漏らした男は、冷めた茶を一気に飲み干した。 

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