5.総鬼-黒沙-
じりじりと照りつける太陽の下に、黒い影が一つ在った。
「忌々しい太陽め」
フードの下から覗く瞳は漆黒を湛えている。
「紅蓮の阿呆」
暑さに強いのは闇を支配する自分より、炎を支配する紅蓮の方だ。
それなのに。
「なぜ私がこんな処に!!」
砂漠を吹き抜ける風も暖かいのを通り越して熱い。
「暑い暑い暑い!」
深淵から出て間もない躰では、暑さを避ける術を使う余裕もなかった。
頭上と地面から纏わりつく熱気に悪態をつきながら、視線を砂漠の先を見やる。
「人間か」
遠くに黒い点が見える。それも複数。
「丁度いい」
ニヤリと笑った黒沙は、歩みをそちらへと向けた。
「炎天下にそんな軽装備で、しかも水も持たずに砂漠を渡ろうだなんて無茶ですよ」
手渡された水筒から、生暖かい水を喉の奥に流し込む。
(ふん。鬼妖でも喉が渇くのか)
黒沙は目だけを動かした。
インド人らしい初老の男が二人に西洋人の若い男が一人。
「ふぅ」
喉の渇きを潤した黒沙は、三人が連れているラクダ三頭に目を移した。
「旅行には見えないが」
「ああ、私たちはこちらの方を遺跡にお連れする途中なんですよ」
「遺跡?」
「この間大きな砂嵐があったのをご存じありませんか」
西洋人の男が笑顔で聞いてきた。
「いや、知らん」
「その嵐のおかげで、砂の下から遺跡が出てきたんです。その遺跡を調査するにあたって下見に来たってわけです」
砂漠に突如現れた遺跡。
黒沙はもしやと思った。
「その遺跡は何なんだ?」
「・・・わからないので調査に」
西洋人は困った表情を浮かべ頭の後ろを掻く。
「たった一人でか」
「大勢でやって来て、蓋を開けたらゴミしかありませんでしたって事になったら困るんです。その、資金繰りの方が」
金がないと調べものもままならないとは、人間は不便な生き物だ。
「その遺跡はどの辺りだ」
「太陽を追えば着くと」
そう言って後ろの男たちに振り返る。
「いまいましい太陽をね」
「いまいましくても我々に、大地に恩恵を与えてくれます」
「残念だな、お前たちはもうその恩恵を受けられない」
「えっ・・・えっ!?」
西洋人はゆっくりと顔を下げる。
「なっ・・・」
腹部に突き刺さっている黒沙の腕。
「私に会ったことを後悔するんだな」
腕を引き抜き、驚愕の面持で腰を抜かしている男たちに血の付いたその腕を差し出した。
「縛」
言葉が終わるのと同時に腰の部分が圧縮され、内に詰まっていた内臓や血肉が頭へ足へと押し出され、そして弾けた。
「不便だし、脆いな人間は」
天上をふり仰ぐ。
「ほんと、忌々しい太陽だ」
遺跡。
「大勢で来なくて良かったじゃないか」
前方に在るのは石の突起物。その数は見えるだけで5、6個。
「あの下に埋もれてるのか」
黒沙の背中に二枚の黒い羽根が現れた。
翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。
「くそっ」
2メートルほど浮き上がったところで黒沙は諦めた。まだ自由に飛べるだけの力がない。
仕方なく歩きだした黒沙の足を止めたものがあった。
「結界見っけ」
人間ならば近づくことができる結界は、鬼妖にとっては分厚い壁である。
「一匹、残しておくんだったな」
石の形状を調べさせてから殺すんだった。
「力を戻さないとどうにもならんな」
紅蓮や犲狼の様子も気にかかったが、同じ時に深淵から出て来た二人もまだ十分な力を取り戻していない。結界の破壊に取りかかるなら十分な力を取り戻してからなのは同じはずだ。
「標」
黒沙は結界の外に印を残し、沈みゆく太陽が作り出す砂山の影へと身を沈めた。