7.ジョット殿下は私と婚約でもするつもりか!?
私は帰宅すると、居室の小さな暖炉の上に『幸運を運ぶ花雌牛』を飾った。
キラキラと輝くガラス細工を見ながら、その場でクルリと回ってみる。ドレスのスカートがふわりと広がり、フリルがひらひらと揺れた。
――この私が、まるで恋物語に出てくるお姫様にでもなったようではないか。
私は、顔がニヤけてくるのを止められなかった。
ジョット殿下は恋物語の通りに、私の手を取り、『幸運を運ぶ花雌牛』を握らせてくれた。私がしっかりと幸運を捕まえられるようにしてくれたのだ。あの『美麗なる白鳥王子』殿下が……。
私は誰が見ているわけでもないのに、顔が熱くなってきて、両手で顔を覆った。
胸がひどくドキドキする。ああ、これが、恋物語に出てくる『あの方を想うと胸が苦しくなる』という状態か。
なんということだ……。
あまりにも不敬なのではないか?
こんな私に好かれても、ジョット殿下にとってはご迷惑だろう。
――しっかりするんだ、ボナ! 身の程を弁えるのだ!
私が一人で悶えていると、居室の扉がノックされた。
「お嬢様、ジョット殿下よりお手紙が届いております」
侍女が声をかけてくれた。
……ジョット殿下による波状攻撃か?
いや、なんでジョット殿下が私に波状攻撃など仕掛けてくるのだ。本当にしっかりしろ、私。
「入ってくれ」
と言ってから、私は「入ってちょうだい」と言い直した。
せっかく美女になったのだ、『令嬢ごっこ』をしたっていいだろう。
侍女が届けてくれたジョット殿下からの手紙は、舞踏会へのお誘いだった。
先の国王陛下の末弟である公爵が、親しい者を集めて開く舞踏会であるらしい。
どうやら、これは、第一王子派の集会に出て欲しいという要請であるようだな。
私はジョット殿下をお助けした功労者だ。そんな私が第一王子派の集会に出たら大いに盛り上がる、とかなのだろう。
私は侍女に頼んで、出席するという返事を出してもらった。
その翌日には、ジョット殿下が私をエスコートしてくれる旨の連絡と共に、ドレスとアクセサリーが届いた。
闇夜を思わせる濃紺のドレスと、銀細工のアクセサリーだ。
ジョット殿下の瞳の色と、髪の色ではないか……。
「なにをお考えなのだ……!?」
まさか、この私と婚約でもするつもりか!?
私は男爵家の庶子だぞ!?
第一王子派の重鎮たちが、私を消しにかかってくるだろう!?
私の身分では、愛妾あたりが限界だろう。
恋物語では、まあまあの頻度で愛妾を娶る王を見た。
だが、現実の我が王家では、愛妾などという制度はないぞ!
ジョット殿下は、私をどうするおつもりなのだ!?
これはまずいのではないか……!?
だが、あのジョット殿下のなさることだ。
なにか深いお考えがあってのことなのかもしれない。
だいたい、まずかろうが、消されようが……。
私には、もうどうしようもない。
ジョット殿下にエスコートされて舞踏会に出席できるのだ。
私に断れるわけがないだろう!
……こうして悩んでいるうちに、あっという間に舞踏会の当日の夕方になってしまった。
私は侍女たちによってジョット殿下の色のドレスを着せてもらい、ジョット殿下の色のアクセサリーを付けられて、王家の馬車に乗り、公爵家の舞踏会に行った。
――呪われてみるものだな!
『美女灰』の呪いにかからなければ、私には、このような機会は一生訪れなかっただろう。
ジョット殿下は私を腕にぶら下げて、公爵夫妻と共に会場入りした。
王族であるジョット殿下の元には、参加者たちが次々と挨拶に来た。私はジョット殿下の腕につかまったまま、黙ってほほ笑んでいた。
参加者たちは、誰も私に向かって『怒れる猛牛』などと言わなかった。きっとジョット殿下の意向を汲んだ公爵夫妻が、参加者たちに手を回してくれたのだろう。
「ボナ、私と踊ってくれるかい?」
ジョット殿下は、礼儀正しくダンスの申し込みをしてくださった。
「もちろんでございます」
私はジョット殿下の手を取った。
「私は……、愛する女性をやっとこの腕に抱けるのだな」
ジョット殿下は、切なそうに私を見下ろしていた。
どうやらジョット殿下は、『美女灰』の呪いによって変化した私の容姿に、完全に恋してしまっているようだ。
ジョット殿下ご自身だって、私のこの姿が、仮初めのものであるとご存知のはずなのに……。
――仮初めの恋か……。
私の恋物語の好みは、ハッピーエンドなのだがな……。
現実では、人生なかなか思うようにいかないものだな。
「良かったですな、殿下!」
「おめでとうございます」
公爵夫妻が殿下にお祝いを言っている。
んんっ!? これは、立太子されることに関してだよな?
「ありがとう」
ジョット殿下は鷹揚にほほ笑まれた。
私とジョット殿下、公爵夫妻は、他の参加者たちに先んじてダンスを踊った。
近衛騎士隊の騎士は、ほとんど踊る機会などないのに、ダンスを踊れることが必須条件なのだ。
私は、男性側も女性側も、ワルツだってなんだって、完璧に踊れる。
だが、これまではダンスを踊る機会など、一度だってなかった。
「ボナ、そなたは誰よりも美しい」
ジョット殿下が、私の腰を引き寄せた。ジョット殿下の唇が、私の額に触れそうなほどに近くなる。
私は、なんと返事をしたら良いのかわからなかった。
今の私が美しいのは、『美女灰』の呪いによるものだ。
呪いで美しくなっていることを褒められた場合、どうしたらいいのだ? 素直にお礼を言っておけば良いのか? いい加減すぎないか?
「私の色のドレスを着てくれたのだな」
「はい」
「うれしいよ」
ああ、心臓が爆発してしまいそうだ!
私はこうしたことに慣れていないのだ!
ああ、ここから走り去りたい! そして、人気のない場所で「ジョット殿下が好きだ――!」と叫びながら転げ回りたい!
「アクセサリーも付けてくれたのだな」
ジョット殿下は幸せを噛みしめるように言った。
「はい」
恋というのは良いものだな……。
こんなにも幸せな気持ちになれるものだったのか。
この気持ちを体験できたことは、私の一生の宝物だ。
「ああ、もうワルツが終わってしまう。短いな……」
ジョット殿下が小さく息を吐いた。
「はい」
たしかに短い。
「ボナと……、もっと踊っていたい」
「はい」
私もです。ずっとこうして踊っていたい……。
ワルツが終わり、私はジョット殿下に手を引かれて、他の参加者たちの元へと戻った。
「ボナ、疲れただろう」
ジョット殿下は、私に笑いかけた。
――いやいや、そんなわけあるか!
私は近衛騎士隊の騎士だ。ダンス一曲で疲れるわけがない。
「バルコニーで少し休むとしよう」
なるほど、ジョット殿下が少しお疲れなのだろう。
「はい」
私はジョット殿下にほほ笑み返した。
バルコニーには人の姿はなく、手すりの向こうには夜の闇に沈む庭園があった。
大広間からは、先ほどとは別なワルツが聞こえてくる。
「ボナ」
ジョット殿下が、私の前でひざまずいた。
「ジョット殿下!? どうなさったのです!?」
お加減が悪いのか!? 毒か!? いや、ジョット殿下は、まだ飲食はされていないはずだ!
「ボナを愛しているのだ」
どうしたらいいのかわからない!
私の美しさは、『美女灰』の呪いによるもの。
いくら愛してもらったところで、この美しさを保ったまま口づけたり、子をなすことはできないのだ。
「私の妻となってほしい」
ジョット殿下の目は真剣だった。
――本気の男の目だ。
私は騎士として多くの男たちと戦ってきたからわかる。
これは勝負に出ている男の目だ。
「私もジョット殿下を愛しております」
ジョット殿下だって、私が『美女灰』の呪いで美しいことなど承知の上だ。
ならば、私とて、真心を返すのみ。
ジョット殿下は立ち上がると、私を抱きしめてくれた。
「もうすぐ、また立太子式が行われる。その後、ボナを私の婚約者に迎えさせてくれ」
「はい」
私はジョット殿下の身体に腕を回した。
この程度の触れあいでは、『美女灰』の呪いは解けたりしない。
男性同士では抵抗があるほどの濃厚な接触によってしか、『美女灰』の呪いは解けないのだ。
ジョット殿下は、元は厳つく醜い『怒れる猛牛ボナ・フェルス』と、濃厚に抱き合ったりするおつもりなのだろうか……。
――そんなことをしたら、この素晴らしい呪いが解けてしまうだろう。あり得ない。
私はこっそり自嘲の笑みを浮かべた。




