3.美女もなかなか大変だ
私は医師の診察を受け、美女になっている以外には特に問題ないことが確認された。
そうとわかれば、いつまでも第一王子宮の王子妃用の寝所にいるわけにはいかない。
「私としては、ボナにはいつまでだって、第一王子宮にいてもらってかまわないのだが……。ボナは私のために呪われたのだ」
このお方は、なにを言っているのか……。美女というのは、すごいものである。
たしかにジョット殿下のために呪われたが、ずっと第一王子宮にいて良いわけがないだろう。
私はジョット殿下の侍女に用意してもらった平民用のドレスを着て、ジョット殿下と共に第一王子宮を出た。
「過去に『美女灰』をかぶった者は、男に襲われたりしたという。ボナにも女性の護衛騎士を付けなければな」
美女は本当にすごい。ジョット殿下が、私から片時も離れない勢いである。
「私もそれなりに武芸ができますので、そこまでのご心配は……」
「いいや、心配するに決まっているだろう。私はこれ以上、ボナに傷ついてほしくないのだ」
我が国の第一王子殿下に対して、このように思ってはいけないと思うが……。
――なにを言っているのだ……。
というのが、私の感想だった。
このお方は、本当にあのジョット殿下なのか?
私が現王妃であるベアトリーチェ殿下にお仕えするためにひざまずいた時、「この裏切者が!」と叫んだのと同じ方か?
私としては、ジョット殿下に叫んでいただけたおかげで、すぐにベアトリーチェ殿下に信用していただけて助かったが……。
私がベアトリーチェ殿下にお仕えするようになってからは、憎しみを込めた目を向けられるばかりだったではないか。ただの一度として、言葉を交わしたことすらなかったぞ。
さすが『美女灰』の呪いだ。面倒なことになってしまった。これが『男が放っておいてくれない』というものなのか?
『男にモテたい』だのなんだのという気持ちは、とうの昔に捨てた。
他の女性らしい女たちと同じように扱われることだって諦めた。
それが、『美女灰』の呪いにかかったら、こんなことになるとはな……。
せめて相手がジョット殿下でなかったら……、少しはいろいろ期待もできたのだが……。
ジョット殿下には、なぜかまだ婚約者がいない。
ジョット殿下の婚約者となる方は、いずれこの国の王妃となる方だ。きっと厳選しておられるのだろう。
国内の貴族令嬢から、他国の王女まで、多くの女性たちがジョット殿下の婚約者になりたくて必死になっている。美女もすごいが、美男もすごい。
さすが『美麗なる白鳥王子』の二つ名を持つジョット殿下である。『猛牛』とは大違いだ。
ジョット殿下が王となられた暁には、この国の伝統に従い、ジョット殿下の二つ名は『三つ頭の翼獅子』へと変わるがな……。美しいジョット殿下にお似合いの二つ名があるのに……。少し残念だ。
「すでにボナの護衛は手配している」
私にはジョット殿下によって、近衛騎士団から選ばれた三人の女性騎士が護衛に付けられることになった。『怒れる猛牛』を護衛することになった女性騎士たちは、内心でさぞ困惑していることだろう。
「……今後は女性騎士に護衛されながら、王妃殿下の護衛をしろということでしょうか?」
当然、そんなことはなかった。私は王妃の近衛騎士を、ジョット殿下によって解任されていた。
私は現王妃派の陰謀を邪魔したのだ。王妃殿下の近衛騎士に戻れるはずがなかった。
私の方がよっぽど、ジョット殿下から『なにを言っているのだ……』と思われたことだろう。
◇
私は第一王子宮を出ても、騎士団の宿舎に戻れなくなってしまった。
騎士団内にも現王妃派がいる。
ジョット殿下は、現王妃派が作戦失敗の腹いせに私を殺そうとすると主張してきた。
「ボナを殺されることは、我が第一王子派の敗北である」
とまでジョット殿下に言われてしまうと……。
そういうものなのか……?
まあ、ジョット殿下を助けた騎士が暗殺されるというのは、たしかに聞こえが良くないが……。
それは『第一王子派の敗北』というほどの大事なのか?
局地戦での負け程度ではないのか?
私が貴族の価値観に疎いからか?
第一王子派は、一つ負けると、そこから総崩れになるような極限状態なのか?
「私はどうすれば……」
私は第一王子宮を出てすぐの庭園で、ジョット殿下にお訊きした。
庭園では、薔薇が美しく咲き誇っている。
私の隣にはジョット殿下がいて、私はジョット殿下の腕につかまって歩かされている。
「ずっと私のそばにいて欲しいのだが……。ボナは嫌か?」
ジョット殿下は切なそうな顔をして、私を見下ろしてくる。
王妃派の連中、ちょっと来い!
どうしてくれるのだ!?
私はこのままでは、ジョット殿下を心から愛してしまうだろう!?
この国には、現王妃派を放置している国王陛下も含めて、ジョット殿下以上の男性など存在しない。
そのジョット殿下が……。
「今度は私が、ボナを守る番だと思うのだが……」
などと言いながら、真っ赤な薔薇を背にして、私の両手を握ってくるのだが……。
こんなのジョット殿下に惚れてしまうに決まっている。
ジョット殿下は私に対して罪滅ぼしをしたいだけなのだろうが……。それはわかっているが……。
ジョット殿下……、私になにか言う時には、事前に自分の顔や体形や地位とよく相談してからにしてほしい……。
「姿形は変われど、私は『怒れる猛牛ボナ・フェルス』です。ご心配には及びません」
「やはり護衛が三人というのは不安だな。もう七人増やして、十人にしよう」
「三人で充分でござます」
美女というのも大変なのだな……。今の私は『美女灰』の呪いで、最上級の美女にされている。ジョット殿下が惑わされても仕方がない。
いや、ちょっと待て。よく考えてみよう。
今の状況は……、つまり、男爵家の庶子が、未来の王太子たる方を惑わしているのか?
一時期、そういう物語が流行っていなかったか?
物語では、二人は王立学院で知り合っていたがな……。
王太子は庶子のために婚約者を捨てるが、婚約者によって王太子は鉱山へ、庶子は娼館へと送られるのだ。
――これはダメだ! 消される! 絶対に消される!
速やかに『未来の王太子殿下』から離れなければ!
現王妃派など問題ではない! これは第一王子派の重鎮たちが、すでに私に対して刺客を放ってきているまであるぞ!
「ジョット殿下……、失礼ながら、ジョット殿下は『美女灰』の呪いに惑わされているだけでございます。私は元は『怒れる猛牛ボナ・フェルス』。呪いが解けたら、厳つく醜い女でございます」
「突然どうしたのだ? そんなことはないと思うが……」
なにが、そんなことはないのだろうか……。
そんなことしかないだろう……!
「私のためを思うのでしたら、どうか私を遠ざけてください。王都の下町にでも小さな家を借り、今後は平民として隠れ住みます」
「あいわかった。ボナの願いならば、私はいかなる願いも叶えよう。なんでも望むが良い」
ジョット殿下は、物語に出てくる国王陛下なのか……? よく英雄将軍に向かって、国王陛下がこの言葉を言っていたぞ。
英雄将軍たちは、褒賞として、王女をもらったり、好きな女性と釣り合う爵位をもらったりしていた。
「私がボナのために『王都の下町の小さな家』を用意しよう」
ジョット殿下は、お付きの侍女を呼び、すぐに私の家の手配をするよう命じた。
こうして、私はなんとか第一王子宮を出ることができたのだった。




