11.私を信じてくれるね?
「隊長」
ジョット殿下が呼ぶと、隊長がすぐに近づいてきて、ジョット殿下にペンダント用の細いチェーンを渡した。
ジョット殿下は繊細な手つきで、白鳥に新しいチェーンを通した。そして、私が『美女灰』で美女になっていた頃と同じように、私の首にネックレスをつけてくれた。
「ボナは私の『美麗なる白鳥王子』という二つ名を、なにか良いもののように思ってくれているようだが……。白鳥は寒くなると温暖な土地へと渡る鳥。『ジョットは見てくれだけは良いが、国難にあったら国を捨てそうな薄情者』というベアトリーチェの言葉が、この二つ名の由来だ」
「そんな意味があったのですか!?」
白鳥が温暖な土地へ行くのなんて、ただの渡り鳥の本能だ。それを王妃派は、ジョット殿下を侮辱する意味で使っていただと!?
――ああ、悪意は物事を歪んで見せるからな……。
渡り鳥が温暖な土地へと渡ることですら、侮辱に変えることができるだろう。
「ベアトリーチェの容姿は、この国の基準なら美しいと言えるだろう。だが、あの悪意に満ちた内面はどうだ? 人の美しさは内面だけではないだろうが、容姿だけでもあるまい。私にとって、多くの女は、美しい器に毒だの腐ったものだのが盛られているようにしか見えない」
ジョット殿下は立ち上がると、私の顔にそっと触れた。
「ボナ、好きだよ」
ジョット殿下は容姿も美しく、背も高いし、地位も、内面まで、すべてを兼ね備えたお方だが、こんな私を好きだと……?
「素朴な器に盛られた、美しい料理というものもあるだろう? 私は自分で言うのもなんだが、美意識が高いのだ。素朴な器の趣、味わい深さ……」
ジョット殿下は、私の剥き出しの腕に触れた。そこには、王宮に入り込んだ賊を捕まえた時にできた傷痕が残っていた。
ジョット殿下の指先が、私の傷痕を慈しむようになでる。
「自然に生まれた凹凸があることで、このように引き立つ美もあるだろう?」
ジョット殿下はうっとりとした目で私を見ていた。どうやら本気で言っているらしいということは、私にもなんとなくわかった。
「『美女灰』をかぶって窯変した姿も、もちろん美しかったよ。だが……、ボナの内なる美しさを見えづらくした点、そこだけはいただけなかったな」
ジョット殿下が美しい顔を少し歪めて、苦笑なさった。この方は、なにをおっしゃっているのか……。
だいたい、窯変とはなんだ? 聞いたこともない言葉だ。
「窯変とは……?」
どうやら窯変というのは、陶磁器を焼く時に色が変わることらしい。
ジョット殿下は「意図しない美しさが自然に生まれることだよ」などと説明してくれた。王族として、美術品についても学んだのだそうだ。
正直、詳しく説明されても、あまりよくわからなかった。
私はただの騎士だ。陶磁器など、賊を捕まえる時に割らないようにしないと、場合によっては弁償させられたり、命が危うくなるものだという認識しかない。
実際に陶磁器を見せられたとしても、きっと良さなどさっぱりわからないだろう。
私が驚きで固まっていると、ジョット殿下は私の頬に触れ、やさしい口づけをくれた。
「ボナ……、私を信じてくれるね?」
ジョット殿下が至近距離でほほ笑まれた。
「はい……」
私は素直にうなずいた。
もはや、他にどうしようもないではないか。
ジョット殿下はいきなり私を横抱きにした。いわゆる、お姫様抱っこというヤツだ。
きっと私たちの姿は、『美麗なる白鳥王子』が屈強な男を抱えているように見えることだろう……。
ジョット殿下は私を抱えたまま、王宮広場の祭壇を後にした。
「どうだい、ボナ? ボナをこうして抱えるためだけに、我が肉体を鍛え上げたんだ」
「ありがとうございます」
私が真面目にお礼を言うと、ジョット殿下は少し不満そうなお顔をされた。
「ボナがまったく照れたりしてくれない……。私の魅力がまだまだ足りないということか……」
「え……」
この方は、これ以上の魅力を身につけるおつもりなのか!? もう充分だろう!
「ボナ……、あまり男性として意識してもらえていないのではないかと、ずっと悩んでいたが……。やはりそうなのか……」
「いえ、そんなことは……」
「無理しなくていいよ」
「申し訳ありません……」
ジョット殿下のことは、長らく『一人の男性』というより『守るべき対象』だった。そこは認めざるを得ない……。
私たちは、こんな会話をしているうちに第一王子宮に到着した。
私はジョット殿下によって、王子妃の居室にある寝台に、そっと横たえられた。
「『美女灰』の呪いが解けたばかりだからね。ボナ、ゆっくり休んで元気になってほしい」
ジョット殿下は寝台の横にある椅子に座ると、私の手をしっかり握った。
私は、これでは落ち着かないと思ったが……。
全身の痛みに耐えかねて、そのまま気を失った。
◇
私が数日後に目を覚ますと、すでに挙式の準備が整っていた。
私とジョット殿下……、いや、国王陛下との結婚式だ。
即位式や戴冠式の雑さからは考えられない豪華さで……。
『ジョット殿下は、いつからこの式を準備していたのだろう?』という疑問を抱かずにはいられない……。
私のウェディングドレスは、非常によく考えられた品だった。
色は当然ながら白なのだが、少し黄色みがかっていて、私の褐色の肌によく馴染んだ。
膨らんだ袖が、肩幅の広さを目立たなくしてくれた。
平らな胸元にはフリルがあしらわれ、胸のなさが気にならない。
腰の太さは、ウエストの位置を少し上げて、そういうデザインだという風に見せてくれた。
さらに、スカート部分には、トレーンとかいう後ろに引きずる布がつけられていた。そのトレーンとやらが豪華で、刺繍やレースやビーズで飾り立てられて、人目を引くようになっていた。
ウェディングベールは布にレースを貼り、私の髪の短さを隠してくれた。
「やはりボナは、この世で一番美しい……」
国王陛下はうっとりとした顔で、着飾った私を見ていた。
美しいのは、国王陛下の方だと思うが……。
国王陛下は、騎士の儀礼服を元にした婚礼用王族服をお召しだった。そのお姿は、私の一番好きな恋物語から、するりと抜け出してきたかのように見えた。
「王妃殿下、国王陛下は少し強引だけど、悪く思わないでやってね。初恋を実らせて、ちょっと浮かれているだけなのよ」
というのが、公爵夫人から私個人への祝辞である。
いや、浮かれすぎだろう……。
だが、そうか……、国王陛下の初恋の相手は私だったのか。
私の遅い初恋の相手も、国王陛下だった。
「こんなに幸せで、いいのでしょうか……?」
私が国王陛下に問いかけると、「当然だろう」と笑われた。
『美女灰』を浴びた時には、このようなことになるとは想像もしていなかった。
私は夢のように美しいドレスに身を包み、国王陛下の隣でほほ笑んだ。




