魔性の声の引き篭もり、VTuberになる。
「こんやまだ〜!セイレーン山田のだらだらトークの時間だよ〜!」
画面の中では銀髪に青い目を持ち、下半身は虹色の光をたたえた鱗で覆われている人魚の姿をした女性のLive2Dアバターが動いている。
人魚のデザインに合わせて、下半身は金魚鉢から半身を出しているような格好だ。
:こんやまだ〜!
:こんやま〜!
:待ってた〜♡ いつ聞いても脳が蕩けるボイス…
「えへへ…今日も山田のトーク聞きに来てくれてありがとう…」
二次元美少女のはにかむ姿にコメント欄が湧く。
目で追いかけるのも大変な勢いで流れていくコメント欄は、いつもの光景だ。
:笑い声かわい…しぬ…
:山田ちゃんの笑顔で今日も生きていける
:山田ちゃん好きだ…結婚してくれ…
「結婚はしません〜! 今日はね、コンビニまでお買い物に行けました!」
胸を張ってふんぞり返るアバターだが、報告の内容は大したことがない。
:えらいぞ山田
:引き篭もりなのに頑張ってる
:お外大丈夫だった?
「お会計の時にお礼も言えたんだけど……ちょっと怖かったかなぁ……」
山田はコンビニでの様子を思い出したのか、アバターがシュンと怯えたように肩を落としている。
:なんかあったん?
:山田の声が魔性すぎる件
:なんでコイツこんな持て囃されてんの?
:お、新人か?ゆっくりしていけよ
:新人だ、囲め!
:新たな山田の犠牲者だ!
新参者の言うことも最もである。何せ、引きこもりが外に出ただけで異様なほどにチヤホヤされているのだ。
まるで新興宗教か何かにしか見えないだろう。それくらい、この場には山田全肯定派の人間しか存在していない。
「新しい人かな? こんにちは〜! 私も何でこんなに好かれるのか分からないけど……声だけ美少女と散々言われ続けた私が活かせる職業!魔性の声のVTuberセイレーン山田だよ♡ よろしくね♡ 好きになってくれたら嬉しいな〜♡ 」
:うっ…
:ふう……完全におとしに来てますね…
:分からないと言いつつ、声が媚びてんだよなぁ!可愛い
:ヤバ……相変わらずナニがとは言わんけどヤバ……
:女だけどメロすぎてしぬ
:ネット越しに聞いても氏にそうなのに、山田にお礼を言われたコンビニ店員が羨ましい…
:ちょっとコンビニになってくる
:コンビニになっても山田には会えないぞ
……そう、山田の声はまさに魔性としか言いようがない。
イケている声の持ち主を通称イケボと言うが、山田の声にはイケボの枠に収まりきらない魅力がある。
スッと耳に入ってくる柔らかな声、高すぎず低すぎず、それでいて甘さがあり、胸の奥を擽ってくるような色の響きを伴って耳に入ってくる。
一度聞いたら忘れられない。そんな声なのだ。
山田の声を聞いていると、何でもしてあげたくなってくるような、そんな気分にさえなってくる。
これを魔性と言わずなんと言うのだろう。
「みんなもありがとう……みんなのお陰で外に出られるようになってきたから、本当に感謝してるの……」
:山田の力になれて本望
:偉いぞ山田
:新人何処行った?
:さっき見たらメンバーバッチ付いてたよ
:落ちるの早すぎん?
:山田の声が悪い
:それな
「歌ったり、ゲームの配信したり……お散歩の報告とかがメインになって、特にすごいことは無いんですけど、引き篭もりが頑張って自分を養えるようになりたいので、応援してくれると嬉しいです!」
その後はリスナーのコメントを読み上げたりして、本日の配信も信者の如く盛り上がりを見せて終わった。
*
セイレーン山田こと、久留木晴良は地味な引き篭もり女である。
アバターの美少女とは似ても似つかないもさっとした黒髪に、三つ編み姿。何年前の田舎の少女をイメージした姿そのままといった出で立ちだ。
反して声は、百人いれば百人振り返らせる程に、良い。
まだ16歳の晴良であるが、高校には通信制でしか通っておらず、引き篭もりライフを送っていた。
会話が無ければ外に出られるが、コミュニケーションを取らなければ人類の文明の中で生きていくのは難しい。
体が鈍らないように散歩はしているが、ソレだけだ。
尤も、好きで引きこもっているわけではないので、出来れば好きな場所へ出られるようになりたいとは思っている。
「あ、お兄ちゃん財布忘れてる…」
ダイニングのテーブルに置かれていた財布は、晴良の兄のものだった。
大学に行く前に朝食をとってそのまま忘れたのだろう。
「……お兄ちゃんに届けたら喜んでくれるかな……」
晴良はブラコンだ。
なお兄はシスコンである。
晴良のVTuberとしての活躍を支えてくれるのも兄あってのことだった。
Live2Dのイラストを手配して配信環境を整えられたのは兄の伝手である。
とある事件から引き篭もりになってしまった晴良に対し、外界に慣れていく手段として、昨今の流行りである配信者になることを提案してくれたのだ。
VTuberならば顔出しをする必要がないのが良かった。
やりたい事は特に無かったし、企業に所属しない個人勢で十分だった晴良。
ぼちぼち活動をしていくうちに、固定リスナーというものも順調に増えてきている。
それまで晴良は呪いのような声だと思っていたが、己の配信を聞いて喜んでくれるリスナーの存在で、自分の声を少し好きになれていた。
「よ、よし、行くぞ!」
兄には財布を届けに行くことを伝えて、晴良は軽く身支度を整えて外に出た。
――その結果、何故かプロポーズされている。
「結婚してください」
晴良は泣いた。
怖すぎる。
少し前になるが、晴良は大学というものを舐めていた。広いキャンパスで早々に兄のいる場所が分からず、途方に暮れていた。
財布を届けて兄に喜んで欲しかっただけなのに。
ついでに遠出が出来たことを兄に褒めてもらいたかったのに。
トークツールでは涙目のアイコンで既にヘルプを送ってしまっている。
講義中のようで、直ぐには出られないらしい。
晴良の現在地だけは伝えた。
ごめんお兄ちゃん。お使いもできない駄目な妹で。
「君、大丈夫? 」
知らない男の人に話しかけられて、晴良は肩を跳ねさせた。
明るい茶髪に、耳にはピアスがジャラジャラついている。いわゆるイケメンと言われそうな外見。芋の晴良とは住む世界が違うタイプの見目である。
(ふ、不良の人だ……!)
いや、心配して声をかけてくれたのだから、いい人なのかもしれない。
外見で判断するのはいけないことだ。
散々見かけと声のギャップで嫌な思いをしてきた晴良だ。決めつけるのは良くない。
「あの、お兄ちゃんを探していて…講義室の場所が分からなくて…」
「……お兄ちゃん……」
チャラい外見の男性は、晴良の方を見つめたまま固まっている。
「あの、」
「セイレーン山田……?」
「へ、あ、え、?」
肩を掴まれて、晴良は困惑した。
今、晴良のVとしての名前が出なかっただろうか。オタクの配信とは縁が無さそうな目の前の男から。
「結婚してください」
「え、無理です」
一体なんの冗談だろう。
イケメンの顔は真顔だ。
肩を掴む手の力が強い。引き篭もりにこれを振り切って逃げるのはハードルが高すぎる。
「結婚を前提にお付き合いして下さい」
ハードルを下げたつもりか?
晴良は話を聞いてくれない男が怖くなってきた。
もう泣きそうだし、泣いている。
「た、たすけてぇお兄ちゃぁん!」
「あ、涙声も可愛い。俺もお兄ちゃんって呼んで?」
「離してぇ……!」
「晴良!」
「……あ、お兄ちゃん!」
そうこうしているうちに天の助け(兄)がやって来た。
男の手から晴良を奪い返すように間に立ちはだかって、晴良の視界から一次的に変質者は消えた。
「拓真か……相変わらずいい声だな……」
拓真と言うのは兄の名である。
どうやら兄とは顔見知りのようだ。
兄もイケボと言われる類の声質だが、顔は晴良に似て平凡である。
優しい兄なので、晴良にとっては最高の兄なのだが。そんな兄にもこんな風にチャラくて派手そうな知り合いがいたのが晴良には衝撃だった。
「晴良……コイツは、重度の声フェチなんだ」
「声フェチ……」
「因みに晴良のLive2Dアバターを用意したのもコイツなんだ」
「え、」
「よろしくね、晴良ちゃん。出来れば末永く♡ オレは海鳴涼成、気軽にりょー君って呼んでね」
「え、いやです」
「晴良、NOって言えて偉いぞ」
「えへへ…ありがとう…お兄ちゃん…あ、お財布」
「あー…生ボイス、耳が溶けそう…」
セイレーン山田、身バレして即、変質者から結婚を申し込まれました。
コレからどうなるんでしょうか……。
先行きに不安しかありません。




