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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

それぞれの甲子園

作者: 堀尾 朗
掲載日:2026/01/12

【プロローグ】


まずは解説から入らせていただこう。

本来であれば、それぞれが主役級となるはずの野球部が、今回、夢の競演を果たすことになった。

どこかで見たことがありそうな――

そんな四つの高校の野球部が、同じ県で、しかも同じ年に、甲子園を目指すことになったのである。

しかし、甲子園の出場枠は一つしかない。

【果たして、どのチームが甲子園への切符を手にするのか】

――という、実にくだらなく、そしてどうしようもなく熱い物語である。


なお、話を分かりやすくするため、各高校には特徴をそのまま表した名前を付けさせてもらった。

ピッチャーとマネージャーの恋がひときわ目立つ、愛高。

ヤンキー高校の不良たちが、野球を通して更生していく、非高。

チームメイトが重病で倒れ、「アイツのためにも甲子園に行こうぜ」と奮起する、遺高。

そして――

超弱小野球部に、エリート高校から転校してきた、訳あり感漂うピッチャーが加わり、その熱さに次第に心を動かされ、甲子園を目指すことになる、雑高。


それぞれの想いを背負った、四つの高校。

彼らの“甲子園”は、果たしてどこへ辿り着くのか。



【愛高】


 静岡県立愛川高等学校、略称・愛高では、深刻な仲間割れが問題となっていた。

原因は――壮絶なピッチャーとキャッチャーによる、マネージャーの取り合いである。


二人はマネージャーに良いところを見せようと、毎日競い合っていた。

登校時の付き添い、下校時の付き添い。

誕生日プレゼントの値段比べに、髪を切ったことへ先に気づく競争。

そのほとんどは野球と何の関係もなく、結果、まともな練習など行われなくなっていた。

事態を重く見た監督は、恋に夢中な二人をどうにか野球へ向けさせようと、マネージャーにある頼み事をする。

「甲子園で活躍した方と、付き合ってあげてくれ」

その一言で状況は一変した。

二人は翌日から猛練習に励むようになる。


外周を一周するたびにマネージャーを見る。

ストライクを取るたびにマネージャーを見る。

バントが成功するたびにマネージャーを見る。


常人では考えられないアピールの応酬だったが、切磋琢磨の結果、愛高はピッチャーとキャッチャーによるワンマンチームとして、徐々に頭角を現していった。

しかしある日、ピッチャーを出し抜こうと無理な練習を重ねたキャッチャーは、下半身不随となってしまう。


ピッチャーにとって、恋敵がいなくなったことは正直嬉しかった。

だが、付き合う条件はあくまで「甲子園での活躍」である。

そのため、彼は変わらず甲子園を目指して努力を続けた。


 地区予選前日。

ピッチャーはマネージャーを呼び出し、改めて誓う。

「俺が、お前を甲子園に連れてってやる!」

「それ、一週間前にも聞いた」

そう言って、マネージャーは呆れたようにため息をついた。



【非高】


 この物語、二つ目の主役となる高校。

静岡県立非章高等学校、略称・非高では、臨時の職員会議が開かれていた。

理由は単純だ。またも野球部が問題を起こしたのである。


練習試合を引き受けてくれた相手チームに暴言を吐き、デッドボールをぶつけた挙げ句、「避けろよ!」と暴行。

不運にも相手チームは、金持ちばかりが集まる有名私立高校という、実にありがちな設定だったため、「あんなクズ共を野放しにしている学校側の責任だ。それなりの弁償をしろ」と詰め寄られ、野球部を廃部にすべきか否かを巡る会議が開かれたのである。


一人の熱血教師が口を開いた。

「彼らは不器用なだけで、根は良い奴等です。廃部は酷ではありませんか?」

それに対し、冷血教師が即座に反論する。

「今年に入って、これでもう五度目の騒動ですよ。彼等は反省するどころか、日に日に厄介になっている。期待するだけ無駄です。ここは野球部を廃部にし、彼等を一週間の停学処分にして、先方のご機嫌を窺うのが得策だと思われます」

熱血教師は吹き出すように言い返した。

「そんなことをして、卒業時に“御礼参り”でもされたらどうするんですか?」

本性をむき出しにしたまま、さらに続ける。

「僕達教師が彼等を見捨ててしまったら、誰が彼等を守るんですか?」

その時、最近テレビに引っ張りだこの“元ヤン教師”が意見を述べた。

「彼等は今、軟式野球部ですよね。いっそ硬式野球部に変えさせたらどうですか?」

一同は、深く考えることなく了解した。


幸いにも、殴られた少年が最近評判の良くない政治家の息子だったこともあり、話は丸く収まった。

こうして硬式野球部となったヤンキー共だったが、ある出来事をきっかけに、甲子園を目指すことになる。

それは、部活帰りに地元のチンピラに難癖をつけられ、金を請求されていた時のことだ。

たまたま通りかかった熱血教師、冷血教師、元ヤン教師の三人が、命懸けで助けてくれた――ということになっている。

表向きは、だが。


実際は、三人の教師がただ親父狩りに遭っただけであり、助ける気など微塵もなかった。

現在、三人は病院で仲良く並び、包帯をぐるぐる巻きにされている。

しかし、ヤンキー共は「先生達が俺達を命懸けで助けてくれた」と都合よく勘違いし、さらに三人の名前が、たまたま――

甲樹、子音、園次、だったこともあり、甲子園を目指すことを決意したのである。



【遺高】


 三つ目の高校は、ド田舎にある静岡県立遺用高等学校、略称・遺高。

かっぺ、イモ、山ザル共が通う高校である。


全校生徒はわずか二十人。その半数が野球部員という、なかなか攻めた構成だ。

活動方針は「楽しくやろう」。

グラウンドにライトが設置されていないため、練習は日が出ている間に限られている。

そんな「楽しくやろう!」に、不満を抱く田舎者が一人いた。

彼のポジションはセンター。

チーム一の俊足(六・一秒)を誇る彼は、二年生の時、テレビで見た甲子園に心を奪われていた。

「どうせ野球をやるなら、甲子園を目指そう」

彼は毎日、そう言ってチームメイトに呼びかけた。

しかし返ってくるのは、「甲子園なんて夢のまた夢だ」という冷たい言葉ばかりで、誰一人として相手にしなかった。


それでも彼はめげなかった。

ライトのないグラウンドで、毎日ボロボロになりながら、黙々と練習に明け暮れた。

そんな彼を、陰から見ていた親友のピッチャーがいた。

彼は次第に感銘を受け、ある日、外人である彼の名を叫んだ。

「ロドリゲス!」

その日を境に、ロドリゲスとマイケルは共に甲子園を目指すようになる。

二人の熱意は、やがてチームメイトにも伝染し、遺高野球部は一体となって、毎日練習に励むようになった。

――それから数か月後。

ロドリゲスは頭痛や目眩を訴え、隣町の総合病院で診察を受けることになった。

医師の告げた内容は、あまりにも酷なものだった。

「○○です。かなり進行しています。助かる見込みは、正直かなり低いです」

「……何パーセントくらいですか?」

カタコトで尋ねたロドリゲスは、聞かなければ良かったとすぐに後悔する。

「一〇%くらいですね」


当然、野球など出来る状態ではなく、チームメイトは皆、同情した。

「あいつが一番、甲子園に行きたがっていたのにな……」

一人がそう漏らした、その時だった。

バンッ、とマイケルが机を叩く。

一人一人の顔を見渡した後、はっきりと言った。

「あいつのためにも、甲子園に行こうぜ」

「オウ!」

その日から、遺高野球部はさらに練習に励むようになる。

毎日、地獄のような練習だった。

何度も心が折れそうになったが、その度にマイケルは叫んだ。

「そんなことで、いちいちへこたれるな!俺達がこうしてサボっている間も、ロドリゲスは病気と闘っているんだぞ!」

しかし、その言葉を何度も使い回す“馬鹿の一つ覚え”に、次第にマイケルへの嫌気も募っていった。


そんな頃、遺高野球部にさらなる悲報が届く。

ロドリゲスが医師に、「甲子園に行きたい。病気を治してくれ」と泣きついたところ、「君は日本国籍じゃないから、仮に治っても甲子園には行けないよ」という、偏見とも取れる発言をされ、ショックで倒れてしまったのだ。

ロドリゲスは、意識不明の重体となった。

もちろん、病院に駆けつけようという話も出た。

だが、片道十時間、電車賃二万円という現実の壁の前に、その案はあっさりと断念された。


この悲報は、ハーフで日本国籍を持つマイケルと、その仲間達の心に、さらに強い火をつけることになる。



【毒高】


 四つ目の高校を紹介する前に、この物語に欠かせない存在を一つ挟んでおこう。

それは、この物語における“悪役”――嫌味ばかり口にするエリート高校である。

ここでも分かりやすい名前を付けさせてもらうと、私立毒録高等学校、略称・毒高。


甲子園の常連校である毒高は、今回、四校すべてから最大の敵としてライバル視されていた。

強豪校だけあって練習量は凄まじい。

授業中ですら素振りを欠かさないほどで、実力と同時にプライドも高かった。

そのため、安易に甲子園を目指す四校が気に食わなかったらしく、四校すべてに練習試合を申し込み、その度に嫌味を吐いて回っていた。


――もっとも、それも長くは続かなかった。

片道十時間、電車賃二万円という地獄のような条件である遺高との練習試合は、さすがの毒高にも堪えたらしい。

電車賃二万円を捻出するため、部員達はバイトに明け暮れ、気づけば練習どころではなくなっていた。



【雑高】


 そんな毒高の真横にある弱小高校、静岡県立雑巾高等学校――略称・雑高が、四つ目の高校である。


「雑高野球部は、県内で最も弱い野球チームだ」

そう言われても、誰一人として異論を唱えないほどの野球部だった。

レギュラー陣のほとんどは野球未経験者。

数少ない経験者は、ライト・センター・レフトと外野に固まっている。

フォアボールとホームランしか出さない雑高野球部において、外野を守る意味はほとんどない。

守備で彼らが活躍する場面など、皆無だった。


打撃面では、三・四・五番を外野の三人が打つため、三点はほぼ確実に取れる。

しかし、それ以外の選手は打席にすら立たないため、それ以上の得点は期待できない。

加えて、一回で十三点を取られてしまうため、常にコールド負けである。

では、彼らがピッチャーをやればいいのではないかと思うが、彼らは孤独を嫌った。

しかも、キャプテンであるセンターは、チームのあまりのやる気のなさに呆れ、いつの間にか幽霊部員同然となっていた。


――そんなセンターが、ある日、目を輝かせながら練習に参加した。

レフト、ライト、そしてその他の部員たちは心底驚き、ユニフォーム姿のセンターに声をかける。

「久しぶりだね。どうしたの?いきなり」

それもそのはず、センターは一年ぶりの練習参加であり、周囲はとっくに辞めたものだと思い込んでいた。

そのため、現在はライトが代理でキャプテンを務めていた。

「あの毒高の天才ピッチャー、東堂が雑高に転校してくるらしい」

「またまた~」

日頃からホラ吹きであるセンターの言葉に信憑性はなく、周囲は彼を嘲笑う。

「これは、本当なんだって!」


しかし、その言葉は事実だった。

一週間後、天才ピッチャー・東堂は、本当に転校してきた。

右腕を故障し、野球と距離を置くため、県内で最も弱い雑高を選んだらしい。

センターは毎日、東堂を説得した。

「投げられないなら、打席だけでもいい」

「野球をやりたくないなら、マネージャーでもいい」

しかし、東堂は首を縦に振らなかった。


何の進展もないまま、一か月が過ぎた頃。

小さな公式大会で、雑高は毒高と対戦することになった。

センターに手足を縛られるようにして無理やり連れてこられた東堂の目は、完全に死んでいた。

「野球のできないお前なんて不要だ」

「負け犬!遠吠えもできないなら、負け犬としても欠陥だな」

「甲子園に連れてってやるとか、格好つけて言ってたくせに虚言野郎!今は○○君と付き合ってるから、私につきまとうな!」

東堂に向けた罵声は、鳴り止まなかった。

さすがに哀れに思ったセンターが謝ると、「気にしてない」と、東堂は素っ気なく返した。


試合はいつも通りの展開だった。

三・四・五番のクリーンナップで三点は取ったものの、一回裏ノーアウトの時点で十二失点。

あと一点でも失えば、コールド負けという状況に追い込まれていた。


それなのに、東堂はなぜか涙が止まらなかった。

雑高野球部は、誰も彼もやる気がない。

ピッチャーは欠伸をし、キャッチャーは鼻糞をほじくる。

ファーストとセカンドは座り込み、ショートとサードに至っては、今にも眠りそうだった。

そんな中、外野のセンター、レフト、ライトだけが異様なほどやる気に満ちていた。

「バッチコーーイ!」

大声で叫び、フォアボールが続けば

「バックを信じて!」

と声をかける。

足踏みをし、グローブを叩き、いつでも動ける準備をしている。

その真摯な姿に、東堂は心を打たれた。

そして、野球を続けることを決意する。


十三対三。

コールド負けした雑高野球部のもとへ、東堂は歩み寄り、大声で叫んだ。

「東堂佳樹、高校三年!希望ポジション、ピッチャー!野球部に入部させてください!」

センターが言う。

「でも、お前、右腕は動かないはずだろ」

「実は、密かに神社で左投げの練習をしてたんだ。前みたいなスピードは出ないけど……」

「……」

ベタな発言の後、しばし沈黙が流れる。


その沈黙を破り、センターは東堂に近づき、

「このっ!」と頭をぐりぐりした。

両利きということもあり、東堂の球速は次第に伸び、やがて一五〇キロに達する。

こうして、

東堂とセンターとレフトとライトと、その他の雑高野球部は、甲子園を目指すことになった。



【地区予選に向けて】


 四校が地区予選へ辿り着くまでの経緯は、ここまでで大まかに説明した通りだが、実際には、その道のりは決して平坦ではなかった。

彼らは、いくつもの大きな壁を乗り越えてきたのである。

まず、四校すべてのピッチャーがスランプに陥り、「もうやめる」と駄々をこね出したため、チーム全員で説得する羽目になった。

次に、四校すべてのセカンドが大会直前、女子を庇って落下してきたパイプに当たり、足の骨を折った。

さらに、四校すべてのキャッチャーの母親が過労で倒れ、「店の手伝いをするから、部活はやめる」と言い出したため、母親が退院するまで、全員で店の手伝いをした。

極めつけに、四校すべてのファーストの父親が借金を抱えて夜逃げし、部員たちはバイトに明け暮れ、借金を帳消しにした後、なぜか夕日に向かって走った。

――こうして、彼らは数々の壁を乗り越えてきたのである。



【地区予選開幕】


 幸運にも、四校はトーナメントの端に配置された。

順調に勝ち進めば、準決勝で直接対決することになる。


一回戦。

四校はいずれも苦戦を強いられた。

しかし、どの試合も展開は同じだった。

九回裏、〇―三。

ツーアウト、ツーストライク。

そこから逆転サヨナラ満塁ホームランを放ち、全校が勝利したのである。


ちなみに、電車賃を稼ぐためバイトに忙しかった毒高は、一回戦敗退という無残な結果で夏を終えた。


それと、四校すべてのセカンドが、また足の骨を折った。



【愛高 vs 雑高】


 準決勝第一試合は、愛高対雑高。

ここまでの全試合、両校はすべて逆転サヨナラ満塁ホームランで勝ち進んできた。

本来であれば、裏の攻撃で決めたいところだが、そこは平等にジャンケンで先攻・後攻を決めることになった。


両校とも、逆転満塁サヨナラホームランに強いこだわりを持っていたため、防戦一方のまま八回裏を終える。


九回表。

さすがに痺れを切らした愛高のチームメイトたちは、キャプテンであるピッチャーを説得にかかった。

「キャプテン、いい加減ホームランにこだわるのはやめて、この回で勝負に出ましょうよ」

「駄目だ!」

ピッチャーは断固としてこれを拒否する。

なぜなら彼は、八回表の最後の打席で空振り三振をしてしまっていたからだ。

ここで勝負を決めてしまえば、彼は汚名返上できないままゲームセットとなる。

それは、非常に格好悪い。

従順なチームメイトたちはこれに従い、あっさり三者凡退。

この回はチェンジとなった。


九回裏、雑高の攻撃。

「そろそろ仕掛けるか」

キャプテンであるセンターがチームに呼びかける。

しかし、不運にも打順は六番から。

結果、三者凡退でこの回もチェンジとなった。


――そして、十一回表。

ツーアウト。

次の打者は、愛高のピッチャー。

是が非でもホームランを打ち、マネージャーに格好いい姿を見せたい。

そう意気込みながら、素早くヘルメットを被り、バットを振り回して打席に立つ。

その瞬間、彼の脳裏に浮かんだのは、下半身不随となった元キャッチャーとの、病室でのやり取りだった。

『マネージャーは頼んだぞ。あいつを守ってやれるのはお前しかいない。ライバルだった俺だからこそ分かる。俺は、お前に嫉妬していたのかもしれない』

キャッチャーは、自分の動かない足を見つめた後、ゆっくりと顔を上げ、小さく、しかしはっきりと言った。

『和美を幸せにできるのは、お前しかいない』


「任せろ……任せろ……任せろ……」

何度も呟きながらバットを振る。

投げ込まれたボールが、吸い込まれるようにバットに当たった。

――カキーン!

乾いた音を響かせ、白球は青空へと舞い上がる。

ホームラン。

ピッチャーは、ゆっくりと一塁ベースへ向かって走り出した。

一度空を見上げ、そしてホームベンチに目を向ける。

ベンチではチームメイトたちが、どんちゃん騒ぎをしていた。

その中で、マネージャーだけが俯き、啜り泣いている。

やがて彼女は顔を上げ、ピッチャーを真っ直ぐに見つめ、大粒の涙を流しながら叫んだ。

「ありがとう!」

段取りにこだわるピッチャーは、(まだ準決なんだけどな……)と一瞬、怪訝な表情を浮かべたが、すぐに思い直し、右手を高く突き上げてガッツポーズを決めた。

完全に流れを掴んだ愛高は、この回、十三得点した。


十一回裏。

十三失点を喫した雑高ベンチには、重苦しい空気が漂っていた。

打順は三・四・五番のクリーンナップ。

三点は返したものの、スコアは十三対三。

点差は十点。次の打者には期待できず、諦めムードが広がっていた。

そんな彼らを奮い立たせたのは、東堂だった。

「……お前たち、県内一の雑魚チームって呼ばれてた頃のこと、覚えてるか?」

東堂は静かに続ける。

「あの時、準決まで勝ち残れるなんて、夢にも思わなかっただろ。観客を見てみろ」

スタンドには、雑高開校以来の快挙を一目見ようと、多くの生徒が詰めかけていた。

これまで数々の壁を乗り越えてきた野球部が、また奇跡を起こしてくれる――誰もが、そう信じていた。

「俺達が諦めても、観客は誰一人、諦めてないじゃないか!彼らの期待に応えてやろうぜ!今まで俺達を馬鹿にしてきた奴等を、見返してやろうぜ!」


しばし沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは、センターだった。

「あったりまえだ!」

その一言で、チームは一つになった。

六番サードが「やってやる」と意気込み、見事な二塁打。

続く七番ファーストもヒットを放つ。

八番・東堂は三塁打を放ち、二点を叩き出した。


勢いに乗った雑高は、この回、十三点を奪い、ついに同点に追いつく。

十二回、十三回と点の取り合いが続いたが、決着はつかず。

時間と選手の体力を考慮した結果、延長十五回をもって試合終了。


この試合は、後日、再試合が行われることとなった。



【非高 vs 遺高】


 準決勝第二試合、非高対遺高。

この試合も八回裏を終えて、いまだ無得点のままだった。


九回表、非高の攻撃。

先頭打者は七番ショート。

ショートは自前のバットを握り、打席へ向かおうとした。

「待て」

呼び止めたのは、非高唯一の補欠だった。

ショートは振り返る。

「お前、試合前から三打席、一本もヒット打ってないだろ」

図星だった。

補欠はさらに追い込む。

「しかも全部、空振り三振だ。正直、お前にはまったく期待できない。俺と代われ」

ショートは即座に言い返す。

「嫌だね」

「……はぁ?」

「今まではホームランばかり狙ってたから、腕に力が入り過ぎてただけだ。ミート重視でいけば打てる。それに、公式戦に一度も出たことのないお前に任せられない」

そして、言ってはいけない一言を口にした。

「普通なら、ここまで一点も取れてなかったら代打が出てる。なのに、お前は今まで一度も監督に呼ばれてない。その程度の期待しかされてないんだよ」

ショートは、それ以上言葉を交わさず、足早に打席へ向かった。

その背中を見つめる補欠の目は冷え切り、拳を強く握り締めていた。


この一件で非高ベンチの空気は一気に重くなる。

当然、結果は出ず、この回は無得点。

しかもショートは、またも空振り三振。

補欠の反感はさらに強まり、ベンチは沈黙に包まれた。


九回裏、遺高の攻撃。

遺高ベンチでは、昨日亡くなったロドリゲスの遺影に向かい、黙祷が捧げられていた。

「……やめ!」

監督の声で、全員が目を開け、応援に切り替える。


この回の先頭打者、マイケルは、必ず一点をもぎ取り、勝利しようと意気込んでいた――はずだった。

しかし、ロドリゲスの死顔があまりにも滑稽だったことを思い出し、どうしてもボールに集中できない。

不謹慎だと承知の上で、そのことをベンチで口にすると、なぜか笑いが起こった。

「号泣してた両親も、死顔見た瞬間、吹いてたぞ」

その一言で、さらに笑いが広がる。

チームは完全に脱力し、この回も無得点で終わった。


気まずくなった非高と、笑いのツボにはまってしまった遺高。

十回、十一回は、互いに譲らぬまま無得点で終える。


十二回表、非高の攻撃。

これまで黙り込んでいた補欠が、ぽつりと呟いた。

「もう……こんな試合、どうでもいいよ」

その瞬間、チーム一の切れ者であるキャッチャーが血相を変えて殴りかかろうとした。

しかし、それよりも早く補欠を殴りつけた者がいた。

監督――甲樹、子音、園次の三人である。

彼らは、非高が甲子園を目指すきっかけを作った張本人だった。

ちなみに、甲樹は右頬、子音は左頬、園次は脇腹を、それぞれ殴った。

うずくまる補欠に、三人は声を揃えて怒鳴る。

「「「どうでもいいだと!?ふざけるな!一人でもそんなことを思ってたら、勝てる試合も勝てなくなる!喧嘩ばかりのお前達が、初めて本気になったじゃないか!ここで終わっていいのか!?雨の日も風の日も、グラウンドに出て練習してきたじゃないか!徹、お前は不必要なんかじゃない。苦しい時、いつもチームを和ませて、誰よりも大きな声で応援してただろ。お前は、必要なんだ!」」」


涙を流す補欠に、キャッチャーがそっとバットを差し出した。

「俺の代わりに……打ってきてくれ」

その覚悟を察した監督たちは、すぐに審判へ代打を告げる。

「……いいのか」

「実はさ、俺も四試合前から全部空振り三振なんだ。ショートより酷い。黙ってて悪かった」

「でも、だからこそだ」

「何言ってんだ。これは準決だぞ。まだ決勝がある。どうせお前は決勝には出られない。高校最後の打席だ。頑張ってこい!」

「……格好つけるなよ」

照れ隠しのように言い、補欠は打席へ立った。

――結果は、ヒット。

続くショートは、汚名返上のホームランを放つ。

流れに乗った非高は、この回、一気に五得点を挙げた。


十二回裏、後がなくなった遺高。

もはや笑っていられる状況ではない。

笑いが消えると、罪悪感が押し寄せ、全員が俯いた。

その沈黙を破ったのは、マイケルだった。

「あいつ……死んでもなお、チームを和ませてくれるんだな」

無理やり美化しながら、続ける。

「そういえば、俺達が甲子園を目指すきっかけは、ロドリゲスだったな。

毎晩、一人で練習してた姿を見て、感銘を受けたんだ。きっと……あいつが一番、甲子園に行きたかったはずなのに……」

沈黙。

そして、マイケルは言い切った。

「でも、あいつは一度も部活を辞めるって言ってない。つまり、ロドリゲスはまだ野球部の一員だ。あいつのためにも、絶対に甲子園へ行こうぜ!」

「おう!」

選手たちは一つになった。

ロドリゲスのために、甲子園へ――そう心に誓いながら。


先頭打者のファーストは、遺影に触れ、目を閉じる。

そして打席に立つと、いきなりホームランを放った。

遺影を掲げたマイケルが言う。

「今のは、ロドリゲスが打ったんだ」

以降、全員が遺影に触れてから打席に立つ。

不思議な力を得た遺高は、この回五得点を挙げ、ついに同点に追いついた。


十三回、十四回、十五回と試合は続いたが、スコアは十五対十五。

決着はつかず、この試合も後日、再試合が行われることとなった。



【エピローグ】


 二日間の間を空けて再試合が行われたが、愛高対雑高は三―三、非高対遺高は十―十。

いずれも決着はつかず、再々試合が行われることになった。


その後も、三回目、四回目と再試合が続けられたが、結果は以前と同じ。

五回目の再試合でも勝敗が決まらなかった時、ついに痺れを切らした運営側は、

「静岡県代表なし」

という前代未聞の判断を下し、夏の甲子園を開幕させた。


しかし、それでも四校のキャプテン達は言った。

「こんな中途半端で終われるか。決着つけようぜ」

こうして再試合は、続行された。


――一か月後、甲子園は閉幕した。

それでも決着のつかない四校は、二十回目の再試合を行っていた。

やがて夏が終わり、冬が来た。

周囲が就職や進学と進路を決めていく中、彼らは野球を続けた。

三月になり、別れの季節が訪れたが、彼らが選んだ道は――ニートであった。

二十歳を過ぎ、三十歳、四十歳と歳を重ねても、なお決着はつかない。


ちなみに――

愛高のピッチャーと「甲子園に出場できたら付き合う」と約束していたマネージャーは、別の男と結婚し、幸せな家庭を築いている。

非高の監督達は、「甲子園は不良を更生させる」という講座を全国で仲良く開いている。

最も練習量が少なかった非高の補欠は、燃え尽き症候群に陥り、十八歳の頃から精神病院に通院している。

遺高で最も甲子園に行きたがっていたロドリゲスは、埋葬にするか火葬にするかを巡って向こうの親族と争ったが、こちらも決着がつかず、腐敗防止のため湖に投げ込まれた。

雑高は毒高に飲み込まれる形で合併し、今では存在しない。


話を戻そう。

五十歳、六十歳、七十歳と歳を重ね、七十歳を境に、ぽつぽつと亡くなる者が出始めた。

八十歳にもなると、ボールはまったくストライクゾーンに入らず、人数も足りなくなったため、翌年――八十一歳からは、グラウンドゴルフで決着をつけることになった。


――彼らの戦いは、まだ終わらない。


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