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尾行

また1人の調査を始めた時臣は、今回ばかりは慎重に大元の『どこにいるのか』を確かめようとしていた。

 葬儀社『蓮清堂(れんせいどう)』は、今夜18時からの通夜の準備で忙しかった。

 3つあるホール全てで行われることになっており、スタッフも他区域の支店から応援を呼ぶほどである。

 1番大きなホールは、年配の男性だったために弔問に来る人数も多かろうと使われた。

 他二つは大きさは変わらない大ホールの半分ほどの会場で、そこでは20歳と22歳の学生の通夜が営まれる事になっていた。

 ここ数週間、時臣が参列した猪野充の後にもこう若い子の葬儀が続き、スタッフの間でもー多いよねーという言葉が出るほどである。

 しかしまあそれも、受験のストレスや大学に入ってからの勉強への不安などで片付く話でもあった。

「今日は立て込んでます。18時、18時30分、19時とズレての通夜がありますので、ご弔問の方々のご案内はくれぐれも間違えないように。ちゃんと弔問先のお名前を聞いてからご案内するようにしてください」

 木下も流石に今日は気を引き締めなければと、4時半に大ホールに職員全員を集めてそう言い渡した。

 通夜膳をいただく部屋も3つはあるのだが、多分大きなホールの参列者で埋まってしまうだろうから、近くの料理屋に宴会場を借りたりとそう言った準備も手伝って、木下自身も忙しくしていたのである。

「平日でよかったな、近くの店に協力してもらえた」

 最初の通夜が近くなって、木下は控え室に着替えに戻り同僚の真中にそう言いながら一旦置いてあるソファに座り込んだ。

「お疲れだったな。小此木様は、この地域では名の知れた人物だからなぁ、多分弔問客も半端ないと思う。他の通夜の分の料理屋押さえたのは正解だ。バスも用意してあるから安心してくれ」

 黒のネクタイを締めながら、真中が心強いことを言ってくれる。

「おお、ありがとう。バスもやらなきゃと思ってて今言われる直前にギクっとしたところだ。助かった」

「夜伽の部屋も、各ご家庭に5人までとお伝えして、うちにある部屋で何とかなってるし」

 木下は真中を見上げて、「お前が仕事できるやつで助かったよ」

 夜伽の部屋は、女性スタッフの相沢さんに頼んでいたはずだったが、今こうして真中がご遺族と話をつけたと言っているからには、相沢さんは忘れてたな、少し眉を顰めた。しかし、今日はちょっと込み入りすぎだ。相沢さんを咎めるのはやめることにする。ご遺体の都合上仕方ないとは言え、3家入れるのはこれからは考えようと思う。

「それにしても最近、20歳(はたち)前後の式が多いな」

 支度を終えて、真中がコーヒーサーバーから紙コップに入れたコーヒーを木下にも持ってきてくれた。

「そうだな、俺もそれ考えてた。まあでも、死因を聞くと色々あるんだろうなぁと同情も湧くけどな」

 大抵聞こえてこないものだが、遺族が涙ながらに話してくれるので嫌でも死因を知ってしまう。しかも20歳(はたち)そこそこの子供を亡くした親は、吐き出さないといられないように話してくるのだ。

 その時は流石に胸が痛くなる。

「子供持ってるとなぁ…辛いんだよこういうのはさ」

 前屈みでコーヒーを啜っている真中の横顔をチラリと見て、木下もありがとうと言ってコーヒーを口にした。

「子供持ってなくたって辛いぞ。若い子が亡くなるのは切ないよな」

 今度は真中が顔を見てきて

ーまあそうだよな…ー と数分2人で黙り込んだ。

「しかしだ、あの社長になってからどうなるかと思ったが、なんとか忙しくなってるな」

 結構熱いはずだが、真中はコーヒーを全部飲み干す。

「黙っていてくれさえすれば、スタッフの方が熟練なんだからよかったよ静かにしていてくれて」

 それを横目に、音を立てずに木下はすする。

「所詮はお飾りだしな、変にやる気を出されるよりはいいか」

 真中はそう言って立ち上がり

「さあて、一つ目の通夜行ってくるわ」

「おう、お疲れ」

 真中が部屋を出たあとゆっくりとコーヒーを飲み干した木下は、自分の趣味でもあるが『俺が体を張って黙らせていることを知らない奴は気楽でいいな』などと独り言を言って、ロッカーに向かい上着を羽織った。



 某私大のとあるキャンパスにいた時臣は、少し離れたところを歩く依頼の対象者を見かけた。

 今日は先手を打つために、大学の教務課で休みがちな学生がいるかを調査しにきていたが、対象者を見つけ変更。

 下手に顔を見せるとまた逃げ出されて飛ばれたり道路に飛び込まれたりしても困るので、密かに尾けて居ついている場所を突き止めようと思った。

 その対象者とは既に10日家に戻っていない、建築士志望の吉田龍平である。

 龍平は1人で歩いており、どうやら帰宅するらしい感じだった。午後1時。

 どこに帰るのか、ここで突き止めておきたいと尾行を開始したが、龍平はどうやら駅へと向かうらしかった。

 何気なくショーウインドウを眺めながら駅へと向かう龍平は、見た目から行動から何も他の学生と変わらないただの男子学生である。

 髪型も服装も今風で、何やら怪しい宗教に感化されている様子もない。

 時臣は気づかれないように10mほど離れて龍平を追い、それに気づかない龍平は地下鉄の入り口を降りてゆく。

 降りきられてしまうと見失うので、少々歩幅を広くして同じ地下鉄の入り口を入り、かろうじて降りたところを右に曲がったのを確認して、ゆっくりと階段を降りていった。

 この駅は階段を降りて右に曲がったらもう改札しかない。

「…SUICA残高あったかな…」

 財布からSUICAを出して、見ても残高はわからないカードを見つめるが、まあ入るくらいはできるだろと、改札を抜けそうな龍平を追って改札へ急いだ。

 入る時残高を見たらまだ何千円かあって、これなら少し遠くても大丈夫だなと安心した。

 ホームでは人が多いからと5mまで詰めて、スマホを眺めながら見張る。

 どこへ行くのか検討もつかないが、今いるホームだと綾瀬方面まで行くようだ。 まさか綾瀬までは行かねえだろうな…と思っている時ふと思い立ち、時臣は手にしたスマホで唯希へと連絡を入れた。

『はい、なんでしょう?』

 唯希は大抵ワンコールで出てくれる、

「先日依頼のあった吉田龍平が、今すぐ近くにいて追ってるんだけど、依頼主の住所って確か西日暮里だったか?その確認したくて連絡した」

『あら、偶然ですか?じゃあ潜伏先調べられそうですね。えっと…そうですね西日暮里ですけど、なにか?』

「いや、今地下鉄のホームなんだけどさ、この子もしかして自宅に行こうとしてるのかと思ってな。そっちに向かうホームにいるんだよ」

『え、今までにないパターンですね。今までの子は家に戻ったことないですもんね』

「だろ?まあもしかしたら潜伏先がもっと先かもしれないからわからんが…取り敢えず日暮里は確認したありがとう。また連絡する」

 もしも西日暮里で降りることになれば、今までの子達と違う行動をしていることになる。

 電車が来て、時臣は隣の車両に乗り連結部分から龍平を見張った。

 所要時間数分。 

 電車は西日暮里に到着し、そして龍平はその駅で降りた。

ーお、やっぱ自宅に帰るのか?ー

 ここからは商店街や住宅街になり、尾行もなかなか難しくはなる。

 周囲の人混みを計算しながら10m開けたり少し詰めたりして、龍平の後を追うがバスターミナルへと行った時にこれは自宅コースだなと判断した。

 一応龍平の後ろ反対側の乗り場へと渡り、何行きのバスに乗るかを確認してから路線図を調べれば、自宅へ向かったことはわかるはずだ。後から追っても平気だろう。

 時臣は近くのベンチに腰を下ろし、龍平が待つバス停の行き先表示の全てをスマホに入れ、どれに乗るかを待った。

 しばらくしてきたバスに乗り込んだ龍平を確認し、唯希にもう一度細かい住所を聞いてからバスの路線図を探す。

 ビンゴだった。時臣は先にタクシーで行く選択をした。

 この地域のバスがどうなのかは知らないが、路線バスというものは大抵が遠回りなので、時臣は龍平の自宅マンションの前…少し離れたところでタクシーで待機することになった。

 住宅街に走る幹線道路の脇にそのマンションはあって、ありがたいことにタクシー一台止まっていても怪しまれない環境なのは幸いした。

 となれば、タクシーの運転手も俄然興味が湧いてくる。

「お客さん、あのマンションをなんか調べてるんですか?」

 バックミラー越しの40代くらいの運転手は、ワクワクした目で時臣を見ていた。まあ、そんな話には乗ってやらないこともないなと

「ええ、俺探偵であのマンションに来る間男を張ってるんです。これから来る筈なんですけどね」

 などと言ってやると

「浮気調査!」

 運転手の目が再び輝いて、若干背筋も伸びた気がした。

 そうワクワクされてしまうと、対象者の吉田龍平に対し申し訳なくすらなってくる。

「あれですか?やっぱり多いんですか?浮気調査って」

「あー、ええ多いですね。皆さんお盛んで」

「やっぱり~私の同僚も今そういうの悩んでましてねえ」

「そんな身近にもですか。もしも調査がご入用な時は、是非」

 にっこりと笑って、運転席のアクリル板の下から料金をおく皿に名刺を置いた。 そんなことをやっていると、タクシーの脇の歩道を龍平が追い抜くように歩いて行く。

 それを運転手となんやかんや話しながらマンションへ入ってゆくのを確認すると、

「じゃあすいません、また駅まで戻ってもらえますか」

 運転手は、え!と驚いて思わず時臣を振り向いた。

「今、間男入っていきましたんで、今度は駅で帰りを待たなきゃなんですよ~めんどうくさいでしょ~?」 

「え、終わるまでってことですか?」

「やだなあ運転手さん、終わるまでとか~はっはっは」

 運転手も思わず出た言葉に『いやすみません』と頭を下げてじゃあ、と車を発進させた。

 確かにいつ帰るかもわからない人物を待つのは苦痛だ。もしも今夜実家に泊まるなんてことになれば、待ち損でもあるしこういう調査は時に忍耐との勝負だ。

『慣れてるけどさ~』


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