勧誘者
ほんの少しだが、核心の枠線あたりまで近づけた感じだと時臣は感じていた。
ベッドの上は悲惨な有様だった。
木下はため息をついて散らばった玩具を一旦洗面所へ持ってゆき、染みだらけのシーツを剥がしその下の防水シートも剥がした。
こうしておかないと色々な水分がベッドのマットレスに染みてしまうから。
昨晩はなんでなのか賢也は激しかった。
彼との行為はセックスではない。木下が一方的に攻められる…攻めてもらえるプレイだ。
賢也が高校生の時に家庭教師をして、それ以来賢也しか見えていなかった。
元々男にしか目が行かないなとは思っていたが、普通に女性とも付き合ったりもした。その時にも彼女はいたのだが、最初に賢也に会ってからは彼女の存在もかすみ自然消滅のような感じで別れて、賢也の受験に集中した。
なんとか合格させた実績を買われ、今こうして蓮清堂で働いている。
大学に受からせたら賢也に会えなくなることをどうしようかと思ってはいたが、渡りに船の申し出に飛びついたのもある。
まさか社長となった賢也に仕えるとは思ってもいなかったので、今の現状は木下にとっては満足ではあった。
週に2度ほど賢也は木下を弄る。
玩具を使って木下の身体を良いようにし、自身も気持ちよくなって帰ってゆく。
昨夜などは、今日が二人して休みだったために朝までずっと弄られていて、今木下の声はカスカスだ。
気持ちが良かった。思い人に弄られるのは最高で、本当はセックスをしたいがそれがなくても十分満たされるのは、なんだか不思議だ。
そんなことを思いながら朝食を用意していると、高円寺の鹿島からLINEがきた。
[また一人保護されてしまいました。今の所補充が来ていませんが大丈夫ですか]
最近保護されるパターンが増えたなと思う。
まあ探偵や興信所も馬鹿ではないと言うところか。
自分が顔を見せることで被害者が出るということに気づく者も出てくるだろう。
〔焦らないでいい。今いる子たちを大事に《《飼って》》いてください。そしてこの連絡は絶対に消してくださいね〕
それだけ送ると木下もこのラインはすぐに消した。返事などはいらないのだ。
用賀支店の収益は順調に伸びている。
賢也が社長で居続けるために編み出した策だ、まだ破綻してもらっては困る。
この策で他の支店も潤ってきているはずだろうから、誰にも文句は言わせない。 自分のためだとしても利益を上げれば文句はないはずだ。
こうやって保護される子もちゃんといる。亡くなる子は弱い子なのだ。それは仕方がない事だ。
洗濯機がリズミカルな水の音を響かせているのを聞きながら、沸騰した鍋に卵を入れて早朝に出て行った賢也を思う。
「賢也さん俺が守りますからね」
お昼のキャンパスは人が多かった。講義が終わり、丁度昼時に学生が移動を始める時間である。
色々でっかい男と可愛らしい見た目の女性?を引き連れて、悠馬はちょっと挙動不審でいた。
「どうみても目立つな…」
でかいと言っても身長自体は時臣くらいの子はザラにいるが、でかいのは胸筋だ。暑くなってきて薄手のシャツの前を割と開き、麻のジャケットを着ている姿は、胸筋を見てくださいと言っているような格好だ。
パンプアップしていない分内輪ではあるが、人よりは肩幅も胸板も大きい。
事実その胸に注目する男子女子は少なくない。
唯希も黙って歩いていればその程度の女子学生は居そうで、男子学生が声をかけようと寄ってきそうになっては、胸筋に阻まれて去っていくことが門を入ってから3回はあった。時臣は別に何もしていないけれど。
「ああ、目立つ…」
2回目のぼやきをかました直後、夏が横から声をかけてきた。
「なになに、今日は保護者のおじさん呼び出された?何やった?」
面白そうにそう言いながら、時臣と唯希に挨拶をした。
「あ、夏くんこんにちは~。最近来ないじゃない、どうしたの?悠馬に愛想尽かした?」
手のひらを振って、唯希が夏に微笑む。
「いや~普通に科目試験っす~終わったらまたお邪魔しますよ~」
「え?科目試験?なんの?」
唯希が悠馬を睨みながら夏に問う。悠馬は1年時にはいいかなとまだ教職科目をとっていなかったので、それは誰にも言っていなくて気まずくなってしまう。
「教職っす~一科目だけなんすけど、これ落としたくなくて真剣にやってました」
ーへえ~そなんだー
『いぶきさん…視線冷たいっすよ』
「で、悠馬探してるか?例のやつ」
教師にもならないのに教職科目要らんだろう派の時臣は、顔も知らない相手を探してキョロキョロと見回している。
「誰のこと?」
「ほら、俺になんか変な場所誘ってくるやついるじゃん。あいつにちょっと話聞きたいっておじさんがさ」
「え、直に締めに来たんすか?おじバカ過ぎません?」
「そーそー、悠馬に悪いこと教えんなって説教してやりたくてね~」
ニカっと笑って見るが、実際はもっと難しいお話だ。
「こん中からたった一人探すの難しくないっすかねえ」
夏もその男の顔は知っているので、周囲をあたってみてはくれるが言うようにそんな簡単ではないだろう。
「ま、気長にな。夏は飯食ったんか?奢ってやる、キャフェ~テリアにでも行こうや」
わざと変な言い方をする時臣に笑って
「ごちっす~~」
と、夏は悠馬の腕をとって時臣と唯希を牽引する。
「今日のランチなんだろうな。俺はあのナポリタンに目玉焼き乗ってるA定がいいんだけどな。あれ何曜日だっけ」
二人で他愛もない話をしながら歩いてるのを後ろから見ていた二人だったが、悠馬が振り向いて
「いた!」
と言うのに、後ろ手に示した方を見る。
カフェテリアの入り口に3人の学生が話し込んでいた。
短い髪と耳が隠れるほどの長さをハーフアップに結んでいるもの、そして長い髪を後ろで結んでいるだけの者3人。
「あれのどれだ?」
「長い髪を後ろで結んでる奴…今会いたくないからあっちいきたくないな」
夏も
「ほんとだ、あいつだよな結構しつこい」
とかやってるうちに、向こうが悠馬に気づいてしまいーよぉ~ーなどと手を挙げて近寄ってきてしまった。
ほんの50m程なので、ロン毛はニコニコとしながらすぐに悠馬の前まで来てしまう。
時臣と唯希は少しだけ離れたところにいたので、ロン毛は関係者だとは思わなかったらしい。
「考えてくれた?まあ塾っちゃ塾なんだけどさ、成績あがるよ~?これはほんと」
尻の下の方まで伸ばした斜めがけバッグから、三つ折りのA4サイズが入る封筒を取り出して
「この中にさ、地図とか俺の紹介とか入ってるから、それ見て行ってみてよ~取り敢えず見学でもいいからさ」
今日は外ということもあって、人の目が集中しないせいか教室での会話よりもグイグイくるなと悠馬は圧倒されてしまっていた。
両手を前に出して
「い、いや、いい…行かないから貰えないよ。悪いけど行かない」
などと悠馬は後退りするが、それにも負けずに
「え~~、一回でいいんだけど」
必死に押し付けようとしてくる封筒を、時臣は悠馬の後ろから抜き取った。
「え…」
ロン毛は驚いて封筒を目で追って、その先にいた時臣と目が合う。
「え、誰…」
「初めまして、この子の叔父の篠田と申します。これ、なんの勧誘?」
ロン毛は瞬間的に『まずい』と言った顔をして、
「ちょっ返してくださいよ。返して。おっさんに関係ないものだから」
ロン毛も178cmはありそうだが、183でリーチもある時臣が手を挙げてしまうとどうにも届かない。
時臣はその高い場所で両手で中身を出して、中を読む。
中に入っていたのは本当に現地までの地図と、何かの数字。
龍平が貰ったと言った封筒の中身と同じだった。しかしこの番号はなんだろう。
「返せ!」
ロン毛が飛び上がってそれを引ったくると、
「ふざけんなっ!中見るとかおかしい!」
ひったくったものを丁寧に折って、また封筒に戻すと
「お前が受け取らないからだぞ!」
と今度は悠馬を責めてきた。
「俺は何もっ」
言い募ろうとした時に、さっきまで一緒にいた半ロン毛と短髪が来て
「岳、何してんの。誰このおっさん」
「いや、なんでもねえよ。お前、次に会ったら絶対にこれ受け取れよ」
どんな執念なんだろう、と後ろで見ていた唯希も呆れる。
「ねえ、ご飯食べない?」
急に胸板の張ったおっさんの後ろから華奢な女子が出てきて、新たな男3人は驚いて振り向いてしまった。
「奢るけど」
今日の唯希はOLさん風な出立。
大学生からしたら『お姉様』と言った感じになる服装で、一瞬でも3人は動きを止めた。
「実は君に話があってきたんだよ、岳くん」
時臣は動きが止まった3人の中で、悠馬に絡んでいた岳と呼ばれたロン毛の肩に腕を回して、逃げないようにロックする。
「え、俺?なんで?」
それは飯食いながら話そうか。ここのカフェテラスだとちょっとまずいんで、外行こうか。近くにファミレスあったよね~」
有無を言わさず岳を連れて時臣は門へと向かい、唯希は
「あなたたちも来る?用があるのはあの子だけなんだけど、ご飯食べるならおごるわよ?」
そう言いながら財布を出して、悠馬に5千円渡すと
「ごめんね。これでカフェテラスで好きなもの食べてね、レシート忘れずに。お釣りは返して」
そう言ってまた残った二人に向き直るが、その二人は遠慮します~と下がってゆく
「あ、さっき見てて関係ないとは思ったんだけど、ひとつ聞いてもいい?」
「なんすか…?」
「岳くんがこの子に何をしようとしたか知ってる?」
二人は同時に首を振って、
「知りません。最近あいつが学内の子に声をかけてるのは判ってましたけど、何をやってるかは言わないんで」
「そう、じゃあいいわ。奢らなくてもいいならご自由に」
「俺がよく解ってないんだけど」
五千円札を握りしめた悠馬がそう言い募ると
「ボスが話していいっていうタイミングで教えるわ。今は言う通りにしててね」
悠馬の頬をチョンチョンとつついて、唯希も時臣の後を追った。
それを呆然と見送っている悠馬の頬を、今度は夏がチョンチョンとつついてくる。
「禁断の扉開ける?」
そう言われてハッとして
「開けねえよ!!」
まだたまにだが唯希には錯覚を起こしてしまう時がある。
「危ない危ない」
夏がそう笑いながら、じゃあ飯行こうとやはり唯希を見送っていた半ロン毛と短髪の横を通り過ぎて、悠馬と夏は店内へと入っていった。




