第95話:生存確率と冒険者ジョーク
「ちょっと涼しくなってきたねえ」
星風の月、俗に言う九の月もそろそろ終わりだ。
特に夜の風にぶるっとくる季節になってきた。
冬越しの準備を真面目に考えないとなあ。
「ミートはキープできるね」
「ありがたいことだねえ」
『アトラスの冒険者』になったメリットの一つが、お肉の確保が簡単になったことだ。
本の世界のコブタマンは鉄板だし、苔むした洞窟の洞窟コウモリも今のレベルならば逃げられる前に倒せそう。
攻撃が届けばだが。
一度試してみなければならんな。
「冬の野菜が足りなくなりそうなんですよ」
「むーん?」
元々クララと二人の予定だったしな?
作物は余裕を持って作っているつもりだったが、アトムとダンテの追加二人分はさすがにない。
冬は灰の民の村で野菜を買うことになりそう。
なのに昨日の掃討戦のためにおゼゼをほとんど使ってしまい、しかも報酬が出ないときたもんだ。
目下最大の問題はおゼゼである、ちゃんちゃん。
今は灰の民の村へ行く途中だ。
昨日の今日だが、サイナスさんに物申さねばならぬ。
灰の民の代表として参加したので、『アトラスの冒険者』から報酬が出ない。
トータルで損してないとは言っても、か弱い乙女が倒れるほどの精神的衝撃を受けたのだ。
慰謝料を請求しなければならない。
さて、着いたぞ。
あれ? 村の南門近くの広場に三人いる。
族長デス爺と精霊コケシ、それにあの特徴的な赤毛の三つ編みは……。
「レイカじゃん!」
「やあ、ユーラシア」
赤の民のばいんばいん熱血少女レイカだ。
昨日は燃え上がるだけ燃えて帰っていったが、何故灰の民の村なんかにいるんだ?
忘れ物でもしたか?
「昨日あれから君が倒れたと聞いた。顔色は良さそうだけど、大丈夫だったか?」
「結果的にタダ働きになったという、ものすごい精神的ショックがあたしを打ちのめしただけだから大丈夫」
レイカがちょっと笑顔になった。
眉毛吊り上げたような顔より、緊張を解いた今の方が可愛いのに。
「で、何してるの?」
「いや、デス族長に正式に挨拶に来たのだ。私も西へ行くからと」
「へー、決断が早いな。ただの焦がし上手じゃないね」
「ハハハ、何だ焦がし上手って」
もうレイカは家の人とか説得したんだ?
やるなあ。
「デス族長が精霊連れでちょうど出発するところだったらしく、では私も一緒に連れていってくれと……」
「待て待て、レイカちょっと落ち着こうか。じっちゃん、向こうまだ冒険者受け入れるような態勢整ってないでしょ?」
「うむ」
「ほら、向こうの経営が軌道に乗ってからにしなよ。職業決めるのは一生事だよ?」
「しかし私の燃える心は止められないのだ!」
うあー、わかっちゃいたが、側にいるだけで暑苦しいわ。
まあデス爺が連れてくって判断したなら、食えなくなるようなことはあるまい。
でもデス爺とレイカの思惑が違うかもしれないしな?
一応ツッコんでおくか。
「じっちゃん、何で止めないのよ?」
「向こうも人手が必要なのは事実なのじゃ。攻撃魔法の使い手はおらぬゆえな。獣を狩って当面の食料を確保してくれるだけで大層助かる」
「理屈はわかったけど、レイカが使えるのは火魔法だよ? 昨日みたいな湿気の多い海沿い川べりならともかく、山で使っちゃ火事になるってばよ」
デス爺は懐をゴソゴソしている。
スキルスクロールを取り出したぞ?
「レイカよ。風魔法『ウインドカッター』のスクロールじゃ。当面の報酬として先に渡しておく。習得して役立てよ」
用意がいいな、おい。
確かに食料確保の目的なら、火魔法より風魔法の方がよっぽど有利だろう。
「ありがたき幸せ!」
感動に打ち震え、ひざまずいてスキルスクロールを受け取るレイカ。
主君と臣下みたいになってるけど、金がないから現物でって言われてるだけだぞ?
スクロールは結構高価ではあるけど。
「スクロールは最初から準備してたの?」
「初期はどうしても食料の調達に苦労すると思うての。コモも歳じゃし、若いのに覚えさせるつもりじゃった。攻撃魔法の間合いや呼吸を知っとる者なら好都合じゃ」
「必ずや期待に応えてみせます!」
「うむ、期待しとるぞ」
昨日初めて会った時、レイカは赤の民灰の民っていう立場を随分気にしてたようだった。
でも今はそんな素振りさえない。
適応が早いとゆーか、レイカは冒険者に向いてるのかもしれないな。
「どうしたユーラシア。まだ体調が優れないのか?」
「いやいや、レイカは性格が冒険者っぽいなーって思ってたの」
褒められて嬉しそうだ。
「あんたは好き好んでこの道に入るんだから、何があってもあたしを恨まないでね」
「恨むものか! ……多分」
語尾尻すぼみになってんぞ?
とはゆーものの、デス爺とコモさんが主導し、どうやらパラキアスさんも応援しているらしいこの移住計画が、簡単に失敗するとは思えない。
ダンジョンの中ならレイカの火魔法の真価が存分に発揮されるだろうし。
「では行くぞ。ユーラシア、ちょっと離れておれ」
「あっ、行くって転移術なんだ?」
「うむ、向こうとこちらには目印のビーコンが置いてあるゆえ、ワシは自由に行き来できるのじゃ」
「ふーん、とゆーことは好きな時に物資を運び込めるわけ? じゃあこの移住計画って失敗しようがないじゃん。じっちゃんがポックリ逝かない限り」
「これ、勝手に殺すな!」
準備周到な計画みたいだ。
しかしデス爺が小鼻を得意げにピクピク動かすのを見ると、憎まれ口の一つも叩きたくなるというもの。
「よかったねえレイカ。だいぶ生存確率が上がったよ!」
「え、生存確率?」
「やだなー、冒険者ジョークじゃないか」
「なるほど、冒険者ジョークね……」
不穏なワードをムリヤリ消化しようとしなくていいんだよ。
「そろそろ行くが、よいかの?」
「うん、じゃあ皆元気でね」
クララもコケシと別れをすませたようだ。
デス爺達と少し距離を取る。
「では、まいるぞ」
高まる魔力がデス爺、コケシ、レイカの三人を包み、ククククッという音がして姿が消えた。
西の街道の果ての塔のあるところって言ってたな。
向こうは向こうで面白いことになりそうだから、いつか行ってみたいものだ。
ずっと鉱山労働者は御免こうむるが。
さて、あたしは大事な用を済まさねばならない。
サイナスさんのところへいざ行かん。




