第872話:塩の値段
フイィィーンシュパパパッ。
いい時間になったので、レイノスのイシュトバーンさん家に来た。
うちの子達は留守番だ。
「こんにちはー」
「これは精霊使い殿。当家に御用ですか?」
「いや、行政府に行ってくるんだよ」
「そうでしたか。少々お待ちくだされ。旦那様を呼んでまいります」
「えっ?」
流れるようにイシュトバーンさんがついて来る展開になったぞ?
あ、『遊歩』で飛んできた。
嬉しそう。
「おう、オレも連れていけ。暇なんだ」
「構わないけど。これ、どーぞ」
「ん? 二〇〇〇ゴールドと本?」
心当たりがなさそうな顔ですね。
「イシュトバーンさんの原画を版画にしたやつのバラ売りの方、カラーズで売り上げ二〇〇〇枚超えたんだって。売り上げ金の一割が報酬だったでしょ」
「おう、そうだった。この本は何だ?」
「バアルのお宝から出た、スイーツのレシピ本だよ。装丁は立派なんだけど、中身はメモみたいなもん」
クララの見解では、このメモの内容にかなりの価値があるのだろうということだ。
失われないようにしっかりとした本に仕立てたのではないかと。
「はん? 妙なもの持ってきたな」
「理由は道々話すよ」
行政府に向けて出発。
◇
「……だから海の女王って、海産物以外の食べ物をあんまり知らないじゃん? ぶっちゃけお肉くらいしか」
「当然だな。で、何か企んだのか?」
イシュトバーンさんと話しながら行く。
「いや、地上のおいしいものを食べさせてあげたいんだよ」
「まあ交易にも繋がるかも知れねえしな」
「そうそう。で、女王をイシュトバーンさん家に招待してもいいかなあ、ってことなんだけど」
「おお、面白れえ。この前招待されたしな」
招待されたらし返すのが流儀なのかな?
まあイシュトバーンさんはこーゆーこと面白がるだろうとは思っていた。
「さっきのレシピ本が関係してくる理由がわかったぜ。海底には甘いもんがないだろうってことだな?」
「あのレシピ本のメモ難しくてさ。かなりの料理の素養がないと理解できないんじゃないかって、うちのクララが言うんだ」
「うちの料理人ならってことか」
「うん。でもスイーツはあくまでデザートじゃん? メインには魚フライ食べさせたいんだよね」
またそのえっちな目で見るんだなもー。
通報されてしまえ。
「魚は食べ飽きているだろう?」
「海底にも魚の揚げ物あるんだけど、切り身を魚油で素揚げして塩振っただけなんだよ」
「ああ、具材に衣を着けるって発想がねえのか」
「地上のフライの方が絶対に洗練されてるよ。あれおいしいからさあ」
「で、外した時のための保険にスイーツっていう、二段構えなんだな?」
「一応お肉も持っていくよ。女王お肉好きだからね」
ん、またその目?
「女王は焼いた肉しか食ったことねえんだろ? 煮た肉食わせてやろうじゃねえか」
「あっ、いいねえ!」
「肉は一日前に持ってきてくれよ。醤油手に入らねえか?」
「作ってる子知ってるから大丈夫だよ」
あらかた話がついたところで彼らが登場。
「ユーラシアさん、イシュトバーンさん!」
「密会ですか逢引きですかスキャンダルですか?」
新聞記者ズだ。
「最近出が早いねえ。働き者アピール?」
「いえ、ユーラシアさんがレイノスに現れた時は必ず記事になりますので、姿を見かけると市民の皆さんが知らせてくれるようになったんです」
「そんなカラクリになってたとは。世の中の進化にビックリだよ」
アハハと笑い合う。
「今日も行政府ですか? 何の御用でしょう?」
「オレも用件聞いてねえ」
「知らないのについて来ようとしてたのかよ。ま、いいや。輸出品の『ウォームプレート』二〇〇枚を納めに行くんだ」
「「『ウォームプレート』?」」
イシュトバーンさんはニヤニヤしてるが、新聞記者ズは首捻ってる。
「こーゆーの」
ナップザックから一つ取り出し、触らせる。
「あっ? 温かくなる!」
「持ってる人の魔力で起動する暖房器具だよ。要するに燃料のいらない懐炉。『光る石』と同じ使い勝手で、温かくなるカードだね」
「これはいいですね!」
「でしょ? 一五〇〇ゴールドとお高めだからドーラじゃ流行らないかもしれないけどね。帝国は寒いし、上流階級には売れるんじゃないかなと思ってるんだ」
男の方の新聞記者が疑問を呈する。
「しかしこれは、画期的過ぎて商品の特長が伝わりにくいのでは?」
「おっ、記者さんやるね。でも心配御無用。プリンスに使用レポート書いてもらって、帝国の商人さんにも好評なんだ。もう来月分も注文もらってるから問題ないなー」
「「そうでしたか」」
記事になってよかったねえ。
イシュトバーンさん、何?
「これ、ドーラで手に入れるにはどうしたらいいんだ?」
「ドリフターズギルドの武器・防具屋で取り寄せてもらうしかないかな。でも輸出分で職人さんの手が一杯になってるから、今は難しいよ。ドーラはもう来月になれば暖かくなり始めるじゃん。今冬は我慢しなよ」
「まあ、仕方ねえか」
いや、一枚くらいどうにでもなるんだけど、新聞に載ると欲しがる人増えそうだからさ。
「ありがとうございました。他に何かネタないですか?」
「欲張るなあ。あ、記事になるほど面白いかわかんないけど、海の王国から塩を買えるようになったよ」
「「塩?」」
再び新聞記者ズが首を捻る。
タイミングが揃ってる。
仲がいいんだなあニヤニヤ。
「移民で人口はどんどん増えるけど、塩って必需品の割に増産が難しいじゃん? ドーラでは大規模に作ってるとこないみたいだし。値段上がっちゃうと迷惑だから、海の王国に売ってもらうことにしたの」
「ああ。レイノスの塩の値段が上がり始めていると聞きましたよ」
「マジか」
もうか?
利に敏い商人が買占め始めたんだろう。
大事にならない内に対応が間に合ってよかった。
危なかった。
「だったらこれはぜひとも記事にしといてもらった方がいいな。魚の売買してるところで注文入れれば普通に買えるからね」
「クジラ港ですね。わかりました」
あそこクジラ港って名前がついたのか。
知らんかったよ。
「塩はカラーズでも大規模生産の予定があるよ。絶対に足りなくなることはないって強調しといてね」
「ふむふむ、了解です」
さて、行政府だ。
「じゃ、記者さん達、またねー」
「「ありがとうございました!」」




