第870話:言うまでもなく塩は大事
「サイナスさん、こんばんはー」
毎晩恒例のヴィル通信だ。
『ああ、こんばんは』
「眠いね」
『ウシの糞が一個ウマの糞が一個……』
「寝てしまうわ。いや、話すことが何もないわけじゃないんだってばよ」
『ふうん? 今日は昼から結構な雨降ってたじゃないか。オレも降られて散々な目にあったんだが』
「女性に振られて散々な目にあったんじゃなくてよかったねえ」
『誰がうまいこと言えと』
アハハと笑い合う。
サイナスさんには恋愛運があるんだかないんだかわからねえ。
「雨降ると大体お肉を食べるじゃん?」
『全く関連性がわからない』
まあそうだろうけど、サイナスさん時々すげえ洞察力を発揮するしな。
「雨降るとあたしもあんまりやれることがないから、お肉を狩りに行くことが多いんだ」
『またしても関連性がわからないけど、つまり屋根があって雨に降られないところで狩りができると』
「大正解」
本の世界にしても、最近あまり行かないけど苔むした洞窟にしてもそう。
屋根があるってかダンジョン。
「で、お肉を狩ったら海の王国行って昼御飯食べてくるパターンが、雨の日は多いんだよ。最近では女王も地上の天気チェックしててさ。雨降るとあたしを待ち構えてるの」
あたしを待ってるのかお肉を待ってるのかわからんけど。
『ハハハ、いい関係じゃないか』
「そのいい関係を生かして、塩を融通してもらうことに決まった」
『さらっと大事なことを言うなあ』
「あたしの言うことは一言一句聞き漏らさない方がいいよ」
『掛け合いと感想と自画自賛を除けば重要だと思うけど』
「暴言と捨て台詞とヘイトスピーチは許されたか」
『気品に満ちた美少女精霊使いは、汚い言葉を使わないだろう?』
「そういえばそうだった」
アハハと笑い合う。
「言うまでもなく塩は大事じゃん?」
『必需品だからな。だから君も製塩は早くから考えてたんだろう?』
「まーね。でもどう考えたって水路引くことや、畑で農作物の方が先じゃんねえ? だからあたしも塩作れとか言えなくてさ」
『よくわかる。正直カラーズも移民も手一杯だ』
「だろうなー。でも物価の上昇はこっちの事情を考慮してくれないから、今日海の女王に塩融通してくれって頼んできた。塔の村近くとレイノス西の魚人と取り引きしてるところで塩も適正価格で買えるから、塩不足から物価が上がっちゃうことはないよ」
『御苦労さん』
「サイナスさんの方で製塩のいい機会があるとかなら進めちゃってね」
『そんな機会があるとは思えないんだが』
かもね。
でも少人数から始められる製塩の技法を知ってる移民が、今後来ないとも限らんし。
「海の王国に『破魔の銅鑼』ってものがあるんだよ。家の入り口に吊るされたり、警報装置として使われたりするものでさ」
『急に話題が変わったな。いつものことだが』
「鳴らすとメッチャいい音するんだけど、悪魔が嫌がる音なんだ。うちのバアルが泣き喚くくらい」
「まことにひどい音である。頭痛がするである」
あれ、今日はバアル起きてるな。
「売れないかなーと思って」
『帝国にか? 悪魔が嫌がるという確かな証明ができれば売れるかもしれないが』
「証明は簡単だけど、ヴィルやバアルが苦しむのは見たくないんだよなー」
「本当に勘弁するである!」
「だから実地でやろうなんて言わないって。あんたも大事なうちの子なんだから」
「吾が主よ……」
何となく感動的な雰囲気だけど、サイナスさんは含み笑いしてんぞ?
「輸出品を増やしたいのは山々だけど、『破魔の銅鑼』は保留だな。今日午前中は塔の村行ってたんだよ」
『ユーラシアの話題が急に変わるのに慣れた気がする』
「行き届くあたしの教育」
アハハ。
あたしの話は何をどこから聞いても大体エンタメだから。
「いや、あたしの後輩の冒険者達がいたんだよ。クエストだって」
『ん? おかしいな。塔の村にも冒険者はたくさんいるんだろう?』
「あたしも変だなと思ったら、塔のダンジョンで取れない素材があってさ。それを基にしたパワーカードが作れないってことで、コルム兄が困ってた」
『生物系の素材か?』
「うん。やっぱ分布域が限られるんだろうね」
『鎧貝』だったか。
あたし達も海の王国で購入したことはあるけど、採取したことはないやつだな。
ノブ君は『鎧貝』を採取できる転送先を持ってるっぽかった。
『で、問題はないのか?』
「件のパワーカードはギルドで普通に売ってるやつなんだよ。緊急に必要なやつはあたしが一枚買ってきて渡して、素材の供給については後輩ズが請けてた。問題なーし」
『君が塔の村に行ったのはたまたまなのかい?』
「輸出用のあったかパワーカード取りに行ったんだ。本来の納品日は明日だったけどね。で、新たに来月分の注文と」
『ああ、予定があったのか』
だからあたしは適当に気分で動いてるわけじゃないんだってば。
そーゆー側面があることは否定しないけれども。
「手持ちのおゼゼがあんまりないんだよね。早く行政府に行って、あったかパワーカードを換金してもらわないと」
『何枚でいくら分なんだ?』
「アルアさんとこと合わせて二〇〇枚三〇万ゴールド分だね。来月分は一五〇枚を上限に作れるだけって注文を、アルアさんとコルム兄双方に出してるの」
『これ君の儲けはいかほどになるんだ?』
「金銭的に儲けはないよ。一枚一五〇〇ゴールドのカード買って一五〇〇ゴールドで売ってるだけ」
『くたびれ損じゃないか』
「でもないな。パワーカードが売れて認知度が高まって職人が増えたら、新しい発想のカードが生まれそうじゃない? ドーラ全体の金回りが良くなれば嬉しいし」
サイナスさんの声が改まったものになる。
『ユーラシアの献身的な行いには本当に頭が下がる』
「頭じゃなくて値段を下げてよ」
『は?』
「あ、ごめん。これ今日武器・防具屋さんで使ったギャグ」
尊敬の目じゃなくて白い目で見られてる気がする。
エンタメを重視し過ぎたか。
『明日は行政府に行くのかい?』
「うん。雨も上がるみたいだから」
ジーク君とレノアがどうなってるかって話も聞けそう。
割と楽しみだな。
「あー、すごく眠い。マジで眠い。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日は行政府かな。




