第863話:ザリガニはおいしそう
「サイナスさん、こんばんはー」
毎晩恒例のヴィル通信だ。
今日はギルドから帰宅後、版画屋さんへ麗しきあたしの絵を持っていった。
何故ならあたしはポロックさんも認める働き者だから。
『ああ、こんばんは』
「最後のモデルだったあたしの絵を届けてきたよ。画集の注文も出してきた。いよいよだよ。楽しみだなあ」
『一冊当たりいくらかかるんだい?』
「えーと、二三~二四ゴールドだよ。紙代込みで」
『思ったより安いな?』
「金属版代は別なんで、あたしの儲けってことになると微妙だけどね。いや最初は四〇ゴールド近くかかるって話だったんだよ。でも一〇〇〇部以上刷るよポスターの販売許すよで安くなったの」
『阿漕な悪魔的交渉術は駆使してないんだな?』
「ないってばよ」
あたしを何だと思ってるんだ。
阿漕な悪魔的交渉術とかゆーな。
バアルが喜ぶだろーが。
「一一日後の輸送隊から出荷できるよ。注文分の二〇〇〇部全部じゃないけど」
『本買うのに抵抗のない社会になるといいな』
「ほんとそれ。本屋ってサイナスさんやアレクみたいな青っちろいインテリがたむろする、かび臭い場所ってイメージしかないじゃん?」
『……そもそもそんなイメージはなかったんだが』
「サイナスさんも一般人の感覚を持った方がいいよ?」
『君に一般人の感覚と説教されると、ものすごく違和感がある』
どーゆー意味かな?
少なくとも本屋は一般人が喜んで行くような場所じゃないわ。
「レイノスの地図を本屋さんで売ってたんだけど、あれは安かったな。もっとも紙が新聞に使われる質の悪いやつってこともあるけど」
『売れるから安くできるんだろうな』
「需要を掴むことって大事だなー」
本が売れないと思ってちゃ絶対に売れるようにならない。
識字率を上げることと本が新しいエンターテインメントだと大衆に理解させることが重要。
多少変化球ではあるが、イシュトバーンさんの画集は強烈な需要を引き起こすエンターテインメントなのだ。
「要するに、一般人に認知される本屋になることが大事ってことでしょ? この先一年で劇的に変わるよ」
『ん? 画集以外にも何か仕掛けてるのかい?』
「新聞社って経営ギリギリなんだって。だから例の札取りゲームを買った人買う人にアンケート取って、何が読みたいか聞けって煽ってあるんだ」
『ははあ、ならば新聞社が本か、少なくとも印刷物を発行するだろうと?』
「新聞社がやる気を出せばね」
最初は絵の多い本がいいと思うよ。
サイナスさんやアレクの好みじゃないと思うけど。
「行政府にも西域ガイドマップかガイドブックを出せって言ってあるんだ」
『それは?』
「要するに一種の政府事業だよ。西域にはまだ盗賊村とかあるかもしれないじゃん? この集落は政府のお墨付きですよ安全ですよーって紹介するの」
『君のやり口はわかったぞ? ガイドマップに載せてやるからって自由開拓民集落に金を出させ、さらに購買者からも金を毟り取るんだな?』
「正解。エレガントの極みでしょ?」
『君のエレガントの基準はまるでわからない』
アハハと笑い合う。
適正な金額だったら自由開拓民集落と購買者の両方に喜んでもらえて、さらに行政府の信用も上がっちゃうんじゃないかっていうナイスな作戦だよ。
行政府も人員を割けないから、ガイドマップもちょっと先になるかな。
「レイノス東とアルハーン平原にばっかり比重かけてると、西域が地盤沈下するじゃん? 向こうにかけるおゼゼは今ないんだけど、西域は面白いって思ってくれる人のための資料くらいは作っておきたいんだよね」
『目一杯胡散臭くなってからもっともらしいことを言っても、言い訳にしか聞こえない』
「ひどいなー。ザリガニはおいしそうと思ったけど」
『突然わからない話なんだが?』
わかるまい。
あたしが胡散臭いという意識から離れさせるための手法だ。
「バルバロスさんとデス爺から上がってきた、西域の特産品とその候補のリストってのがあってさ。セイリュウザリガニやドーラオオガエルは養殖技術が確立されてるとゆー情報が載ってたの。皆ガイドマップに載せろって言ってある」
『なるほど、旅人のためだけじゃなくて、事業を起こしたい人のヒントにもってことか』
「うん。カエルの味は知ってるけど、ザリガニもおいしそうじゃん?」
だって食は基本だぞ?
美味いものあったら食べに行きたいじゃん。
「今、西域って言うとノーマル人の住んでる範囲だけを指すけどさ。もっと西も視野に入れたいねえ」
『亜人の住んでる領域か?』
「うん。商売相手だよ」
『しかし亜人の人口は多くないだろう?』
「まあね」
交易規模が大きくはなりようがないだろう。
でも変わったものがありそうだから。
「今日も赤眼族の村に行ったんだけどね。面白いこと教えてもらった。碧長石っていう彼らがよく使う石があるんだけど、その石に魔物除けの魔道術式を彫りつけると効果が高いんだって」
『ほう?』
「あたしらの魔道術式とは違うのかもしれないな。誰か詳しい人に見てもらいたい。使えるなら赤眼族の技術を教えてもらったっていいんだし」
『うむ、興味深い』
サイナスさんを丸め込んだぞ?
「森エルフもあたし達の知らないパワーカード持ってたしさ。掘り返せばもっと面白いもん出てきそう。交流は重要だなーって」
『互いに利害が衝突して争ったりしないか?』
「ドーラは広いよ。基本食べ物に困んないから大丈夫だと思う」
狭いところで食の確保に苦労する時に争いは起きるのだ。
嫌な言い方をするなら、用意できる食料に見合う人口まで減らすために戦争をする。
亜人にも食糧増産の手段教えてやればオーケーだぞ?
春になったらエルフのとこにもイモ持っていこ。
「開拓地はどうなの? ここんとこ行ってないんだ」
『極めて順調で、移民達も非常にいい雰囲気だぞ。成長の早いダイコンを見てると、希望を感じて癒されるらしい』
「マジか。予想外の効果だよ」
ダイコンに癒し効果があったとは。
余裕ができたら家畜を飼って欲しいなあ。
土地の面積は十分にあるんだし、肥料にもなるし。
白の民が主導してくんないかな。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日は塔の村の様子見てくるか。




