第849話:人それを『魔王』と呼ぶ
――――――――――一六〇日目。
「ふんふ~ん」
「ユーちゃん、ゴキゲンだな」
「あたしは大体いつもゴキゲンだけれども」
今日は凄草株分けの日、畑番涅土の精霊カカシ及び大悪魔バアルと話しながらの作業だ。
「デートであるか?」
「おっ、大悪魔は下世話だね」
アハハと笑い合う。
「今日は絵を描いてもらうんだよ」
「「絵?」」
あれ? カカシはともかくバアルも知らなかったか。
最近寝ちゃうの早いから、夜のサイナスさんとの通信を聞いてなかったらしい。
「ああ、あの吾をアーティスティックに塵と化すとほざいた魔女を描いていたような? あれと同じものであるか?」
「そうそう。画集出版して大ヒットさせるんだ」
「ほお? すげえな」
「すげえんだよ。ところで大悪魔は、こういう和やかな雰囲気でも大丈夫なの?」
「ん? 何がであるか?」
「悪感情好きだと、好感情は苦手なのかなーと」
これは以前から聞いてみたかったことなのだ。
普通に喋っていても、特に居づらそうじゃないしな?
バアルももう、うちの子に準じて扱ってやりたいし、嫌なことならやめようと思う。
「好感情が苦手ということはないである」
「ヴィルは悪感情渦巻くところだと逃げ出そうとするから、悪感情好きの悪魔はそれと逆なのかと思ったんだ」
「ふむ、高位魔族の最も好む感情は、自らを承認し、賛美し、尊敬するものである。これはおそらく例外がないのである」
「わかりやすいね。あたしも同じだわ。あたしのこと崇めろって思うわ」
「実に悪魔的である」
「何おう! ってひょっとしてそれ、褒めてるの?」
「最大限の賛美である」
「ハハッ、面白れえ」
『悪魔的』が褒め言葉になるとは、実に悪魔的だな。
もっとも高位魔族の最も好む感情が認められたり尊敬されたりだってのは、悪感情が好きというのよりも理解しやすい。
ヴィルもいい子だって褒められるのは好きだしな。
「しかし他者から認められる機会などほぼないのである」
「あたしにはわかんない部分だな。認めなきゃ友達なんかやってられなくない?」
「原則的に高位魔族には認め合うということがないである。あるのは上下関係だけである」
「おおう?」
「そりゃつまらねえ」
つまり悪魔同士が出会うとマウントの取り合いになっちゃうわけか。
ぞっとしないな。
「であるからして、一般に悪魔は群れることを好まぬ。一方でヴィルのような稀有な例外を除き、悪魔は悪感情も好むゆえに人間からそれを得ようとするのである」
「ははーん。尊敬の感情を得ようとは考えないんだ?」
「どうやって? 人間と欲得で結びつくことは比較的容易である。嫌な目に遭わせて悪感情を得ることも可能である。しかし尊敬されるのは……。巧妙に悪魔信仰に結びつけて崇拝される者も過去にはいたであるが、それもまた稀有な例外なのである」
なるほど、悪魔には悪魔の理屈があるんだな。
バアルの吾を崇めるがよいっていうセリフも本心なのか。
「ふーん、参考になったよ」
自嘲気味に言う大悪魔。
「吾を軽蔑するであるか?」
「何でだよ。人間はね、精霊も一緒だと思うけど、話せば話すほど互いの理解が深まるんだぞ? 少なくともあたしはあんたをかなり認めてる」
「そうだぜ。しゅんとするんじゃねえよ」
肩を落とす悪魔も可愛いな、おい。
「ユーちゃんよ。悪魔ってのも因果な存在だと思わねえか?」
「思う。生きづらいなー」
「……」
悪魔同士で認め合うことがなく、人間から悪感情を摂取することでしか生きられないとなれば、嫌われて当たり前。
尊敬など覚束ない。
「ヴィルもさ、悪魔が人間に信用されるのはものすごく難しいって言ってたんだよ。ヴィルはちょっと変わった子だから、他の悪魔から仲間外れにされてたのかなーって思ったけど、悪魔は基本全員がソロなんだ?」
「原則は単独行動であるが、他の悪魔を屈服させる者もいるである」
「なるほど?」
屈服させれば尊敬とか畏怖の念を得られるってことか。
「あれ? とすると、他の多くの悪魔を降すほど力の強い悪魔も存在し得る?」
「人それを『魔王』と呼ぶである」
「魔王って今もいるの?」
「いるである」
いきなりの重大発言キター!
魔王だぞ魔王。
ワクワクするなあ、会ってみたいわ。
「魔王か。すげえんだろ?」
「でもヴィルやバアルは魔王の家来じゃないんでしょ? 何で?」
「魔王はもちろんレベルが高く、強いである。しかしある程度以上の高位魔族は、力ずくで命令に従わせられるなど面白く思わないである」
「あたしだって納得もしてないのに言うこと聞け言われたら嫌だわ」
「魔王の家来の悪魔は、大した実力を持たねえってことなのかい?」
「というよりも、ワープのできる悪魔なら魔王など相手にしないである」
転移持ちならどこへでも行けるから、魔王が強くても逃げちゃえるってことか。
じゃあ魔王配下の悪魔が必ずしも実力がないとは限らないな。
バアルみたいにプライドの高い子はともかく、何らかの思惑があって魔王の下についてる悪魔もいるかもしれない。
「単純な興味なんだが、ユーちゃんと魔王はどっちが強いと思う? 大悪魔としては」
「レベルは主が上であろうが、魔王の能力を詳しく知らぬである。正直わからぬである」
バアルの判断はそりゃ主観に違いないけど、ハッキリ言ってくれるなあ。
実に参考になる。
一拍置いてバアルが続ける。
「しかし主は吾が唯一認めた存在である。魔王ごときに負けるなどと考えるのは、まったくもって面白くないである!」
「さすが大悪魔だなー。今のセリフはなかなかかっちょいいよ」
「そ、そうであるか?」
照れんなよ。
「魔王がいるのかー。会ってみたいな」
「おっ、ユーちゃんフラグ立てにいくじゃねえか」
「フラグってわけじゃないけどさ。ヴィルもバアルも面白い子だから、魔王も個性の強い子なんじゃないかと思うんだ。きっといつか会えるんだろうな」
納得したように黙って頷くカカシとバアル。
まだまだあたしの行く手には楽しいことがあるようだ。
「おう、ユーちゃんよ。最近雨がとんと降らねえだろ? 土中の水分再分配にも限界があるんだ。井戸の底まではオイラの手も届かねえから、腐葉土の穴にでも水たくさん入れといてくれねえか?」
「わかった。そんなんでいいなら任せといて」
お仕事お仕事、と。




