第827話:明日はレクイエム
「サイナスさん、こんばんはー」
毎晩恒例のヴィル通信だ。
『ああ、こんばんは』
「最近サイナスさんの声を聞くと眠くなる気がするなあ」
『きっと癒し系ボイスだからだな』
「アハハ。まあ、そーゆーことにしといてもいいけど」
単なる条件反射のよーな気もする。
でも癒し系だから反射が起きるってこともなくはなさそう。
日々の習慣でこの時間になると眠くなるだけかもしれない。
睡眠は美容と健康のためだから、導入部分はどーでもいいわ。
『アレクに聞いたんだが、赤の民に製作依頼出してた海水の転移吸入口と受け手側のビーコン、昨日もうできてたんだって?』
「あっ、そーだった! 報告忘れてたね」
決してあたしが忘れっぽいからではない。
忙しいからだ。
「今度カラーズへ行く時に持っていくよ。今度デス爺来たら、魔法陣に間違いないか調べてもらって、オーケーだったら海水の転移実験だけでもしといてくれる?」
『うむ、わかった』
製塩事業の開始がいつになるかわからないが、サイナスさんが持っててくれた方が、黄の民フェイさんと話がしやすいだろ。
製塩も早く始めたい。
でもある程度以上の規模でやろうと思うと、どうしても黄の民のパワーと建築技術が必要だ。
そして現状黄の民の人手は、より優先順位の高い水路の掘削と米作事業に取られている。
製塩は早くても秋以降になりそうなんだよなあ。
「製塩始められるんだったらすぐでもいいからね。カラーズの都合でよろしく」
『ああ、了解だ』
「もし塩の生産供給が遅くなるようなら、海の王国から買おうと思ってるんだ」
『なるほど。上手い手があるんじゃないか。どうせ人口急増で塩の生産は追いつかなくなると思う。物価の安定のためにも頼んでおいてくれよ』
「うん、任された」
必需品の大規模供給が一ヶ所からだけだと、買い占めてどうにかしようだの考える不届き者がいるかもしれないしな。
つまらんことで物価が上がったら一大事だ。
ただでさえないドーラ政府の信用がゼロになってしまうわ。
今度雨降った時にでも頼んでこよ。
『で?』
「サイナスさんのそーゆーぶっきらぼうなフリは珍しいね」
『茶化すなよ。ユーラシアの報告は聞いてて楽しいんだ』
「何と! ナチュラルにエンターテイナー精神が発揮されてしまっているのか。おお神よ! あなたの授けた才能が、一人の青年を悩ませておりまするぞ!」
『焦らしも寸劇も新しい芸風もいいから』
「そお?」
ちょっとくらいノッてくれればいいのに。
エンタメはあたしのライフワークなんだから。
「今日の午前中は聖火教の本部礼拝堂へ行ってきた」
『うん、どうなった? ミスティ大祭司を連れて崖崩れの現場へ行くのか?』
「明日の午前中に行くことになったよ」
『そうか』
「犠牲者はどうやら、ミスティさんの御両親が率いていた移民団だったらしいんだ」
『えっ? ということは、迷い込んだんじゃなくて、その地を目指してたのか?』
「うん。状況から推察するとね。ミスティさんのお父さんが、かなりの実力の『アトラスの冒険者』でさ。事故の現場付近がクエストの転送先だったみたいだな。聖火教には聖水も独自の霊符もあるから、魔物が強いってのは移住の障害にならなかったらしいよ」
『御冥福を祈る』
崖崩れに巻き込まれるなんてのはまるで計算外だったんだろう。
悲しい話だ。
乗り越えなくてはならないことだが。
「お昼は海の王国で焼き肉食べてきた」
『話題の転換が急だね』
「睡眠時間カウントダウンが始まってるから急がないと。目蓋が落ちてしまうんだよ」
『ハハッ』
笑い事じゃなくてマジなんだが。
「アビー、エルフの族長ね。お肉に大感激してくれたよ」
『えっ? エルフの族長を海底に案内したのか?』
「連れてった。と聞くとビックリするかもしれんけど、魚人と森エルフは魔宝玉を通貨代わりに、交易もしてるみたいなんだよ」
『ほう?』
「海の女王とアビーも面識があってさ」
亜人の産物なんて珍しいものがあるだろうになあ。
ノーマル人も参加したいもんだ。
ただ魔宝玉が通貨代わりになってるんじゃ、交易規模なんて大きくなりようがないわ。
ま、亜人の人口は多くないからべつにいいのか。
「あとイシュトバーンさんも海底に行った」
『つまり女王とエルフの族長を画集のモデルとして描いたということだな?』
「順調だね。だからまだ描いてないのは、あたし含めて三人だな」
『重要なことは先に話してくれよ』
「重要なこと? アビーはお肉食べる時、塩派じゃなくてタレ派だった」
『ユーラシアの重要視してることは本当にわからない』
食べ物の好みって重要だと思うけどなあ。
「女王もアビーも絵は大絶賛だったから、ひょっとして海の王国やエルフの里にも画集売れちゃうかもなー」
イシュトバーンさんの美人画の素晴らしさは誰にでもわかるだろうから、帝国以外の国にも画集を輸出できないかなあ?
残念ながら伝手がない。
「赤眼族の村にも行ってきたよ」
『どうだった? 肉があればかなり余裕ができるだろう?』
「うん。一ヶ月くらいは大丈夫だって言ってた。でも冬野菜がほぼ全滅みたいなんだよ。だから例のダイコンの種を置いてきた」
『ああ、あれはかなり有用だろう』
「今度また魔境でクレソンをごっそり取ってきてさ。持っていってやることにした。そしたら赤眼族の村長の息子のクソガキが、魔境連れてけって言うんだ」
『君そういうの絶対に断らないよな。何故だ?』
「どーしてかあたしが断らないことになってるな? 合ってるけれども。いや、やる気ある子は応援してやりたいじゃん?」
『クソガキに甘くないか?』
「うちの子達が皆いい子だから、たまにクソガキを構いたくなるんだよ」
『理由が大雑把過ぎてひどい』
アハハと笑い合う。
『しかし、赤眼族は将来敵になり得るんじゃないか?』
「ならないなー。大分貸しを押しつけたったから全然問題ないなー」
赤眼族もあたし達の知らないものを持ってそうだから仲良くしたい。
このままなし崩しに排他的なとこをなくしてしまえばいいだろう。
向こうはものを欲しがってるしな。
「じゃ、サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はレクイエム。
あたしも安らかに眠る、ぐう。




