第824話:何という表情筋マジック
「やっぱ炙り肉&フルコンブ塩は最高だなー」
「……!」
ふふーん、アビーよ。
食欲をそそる香ばしい匂いと旨みたっぷりの塩のコンビネーション。
ただ焼いただけのお肉とは格段の差でしょ?
これが食文化だ。
アビーからは感動のあまり声も出ないし、女王はいつもの通り自分の服で床掃除している。
カナダライさんが言う。
「これは……素晴らしく美味い」
「でしょ? これ炙り焼きして脂落として……」
「えっ? 脂落としちゃうんですか? もったいない!」
あれえ?
斜め上のクレームキター!
「でもおいしかったでしょ?」
「おいしいですけれども! これは私の生きる道ではないです!」
思ったより面倒だなアビー。
しかもちょっとわかってしまうのが困る。
認めたくはないけれども、あたしとアビーには精神中枢に共通した何かがあるらしい。
いや、あたしに似たヒバリさんをリーダーに冒険者活動してたって言うから、アビーはヒバリさんに影響されてるのかしらん?
「以前もらった焼き肉のタレがまだあるぞよ。鉄板焼きにしてみるかの?」
「アビーお腹に余裕ある?」
「なくても作ります! 御心配なさらず!」
バエちゃん以上の肉食女子だった。
アビーは細身なのに、ガツガツいくなあ。
イシュトバーンさんがさっきからすげえ愉快そうな目で見てるけど。
「すぐ焼けて出てくるからしばし待ちやれ。そうだアビーよ。ユーラシアが悪魔バアルを捕まえたという話は聞いたか?」
「あのバアルを? それはすごいですね。ところでお肉はまだですか?」
「アビーはすごいな。あたしは一つの物事にここまで集中できない」
大笑い。
あ、焼けてきた。
焼き肉のタレをつけて食べる、と……。
「これです! 私の求めていたものは! 脂こそ活力! 脂こそパワー!」
「アビーはタレ派かー」
しかしわかる。
お肉の脂をダイレクトに受け止める食べ方を好む層は確実にいる。
焼き肉のタレは野菜炒めにかけてもおいしいのだ。
焼き肉のタレレシピをブラッシュアップせねばならんな。
カナダライさんが言う。
「このコブタマンの肉質はワイルドボアに似ていますな」
「ワイルドボア?」
西域の湿地に近い草原や森に生息する魔物だという。
突進力があって弱い魔物ではないが、神経質であまり姿を現さないらしい。
「ふーん、そんな魔物がいるのか。おいしい魔物は正義だな」
「拙者、ワイルドボアの家畜化を以前から検討していましてな」
「あっ、応援する応援する!」
「もう。カナダライさんったら、おいしいお肉を秘密にしていたなんて。いけずですね」
「報告は上げておりましたぞ?」
「報告は相手に理解させる努力も必要ですよ」
「は、申し訳ありません」
「甘やかし過ぎじゃろ」
アハハと笑い合う。
「カナダライさんはワイルドボアの家畜化を進めてよ」
「ふむ、少々エサの確保が難しいのです。ワイルドボアは植物の根を好んで食べるのですが……」
ん? クララ何?
「うちの子がイモならいいんじゃないかって言ってるけど」
「「イモ?」」
何とエルフにはイモを食べる文化がないらしい。
とゆーか基本的に狩猟や森の恵みに頼った食生活だそうな。
エルフの村では三角の建物ばかりに目を奪われていたが、言われてみると畑が少なかった気がする。
ちゃちゃっと説明。
「ほう。太い根や地下茎の類ですか」
「おいしいし保存も利くんだ。ノーマル人社会では、イモがないと冬が越せないって言われるくらい重要な作物なの」
「おいしいんですか? じゅるり」
「美味いけど、お肉とはジャンルが違うぞ?」
笑い。
エルフとノーマル人の味覚がそう違ってるわけはなし。
エルフにジャガイモやサツマイモを教えてやったって構わんだろ。
「ごちそうさま。お腹も納得のおいしさでした」
「私のお腹も納得です。お肉って素晴らしい!」
うむ、素晴らしい。
しかし何故アビーの言葉なんかに頷いてしまうのか。
「じゃ、絵を描かせてくれる?」
「女王の絵はもう描けたぜ」
「え?」
いつの間に。
あ、のたうち回ってるところの絵か。
早めに食べ終えて描いてたんだな。
ドレスがしどけなく乱れて……。
「おかしいな? 女王はゴロゴロしてただけのはずなのに、何がどーして奔放なエロスに変換されるんだろ?」
「大変けしからんですね!」
「おお、絵師殿の腕前は素晴らしいのお!」
「ハハッ、お褒めいただき光栄だ」
女王もイシュトバーンさんも満足のようだ。
「じゃ、次はアビーお願いね」
「わかりました!」
御飯食べてる時そのままの格好か。
前掛けも着けたまま、ナイフとフォークを振りかぶって……。
「今までとは随分と傾向の違うポーズだね」
「モデルの最も魅力的なポーズが欲しいんだぜ」
お肉食べてる時のアビーはすげえチャーミングだったからか。
でもこのコンセプトの画集のポーズとしてはどーなの?
エルフらしいところを前面に押し出すんじゃないんだ?
「へー、バストアップなんだ」
ことごとく意外だな?
アビーは細身でスタイルいいのに、全身を描かないのか。
「まあ見てろよ」
イシュトバーンさん謎の自信。
今まで期待以上じゃなかったことないけど、今回は……。
「お?」
細部が描かれ始めると、カナダライさんから声が漏れる。
「おお?」
今度は女王からだ。
なるほど、表情が……。
「おおおおおお?」
えっちだ!
何という表情筋マジック!
一点突破型のエロスの神髄を見た。
描かれているのは間違いなくアビーなのに、本人を知っているとアビーっぽく見えないという、不思議な絵だ。
「族長、美しいですぞ」
「本当?」
艶やかに笑うアビー。
いや、今までと変わらんのだが、絵を見たあとだと補正がかかってしまう。
ええ? 何これ?
「できたぜ」
「御苦労様」
こうして女王の絵とアビーの絵を並べると、全然違うように見えて根底に流れるものは一緒なのだ。
ふむー。
「何唸ってるんだ?」
「イシュトバーンさんの絵はすごいなーと思って」
「ハハッ、気分がいいぜ」
女王もアビーもカナダライさんもガン見だぞ?
「女王、アビー、ありがとう。これモデル料としてもらっといて」
透輝珠を渡す。
「ごちそうさま。今日は帰るよ」
「うむ、素晴らしい体験じゃったぞ」
「私もです。ありがとうございました!」
「お肉と絵のどっちが?」
こらアビー、真剣に悩むなよ。
「じゃ、またね」
転移の玉を繰り返し使用し、帰宅する。




