第823話:アビーは臨戦態勢
ミスティさんが話を続ける。
「両親は上級冒険者レベルでしたし、同行の者達も冒険者経験のあった者ばかりでした。我々には霊符も聖水もあります。成功率の高い移住計画と思われました」
「聖火教の霊符や聖水ってすごいんだなあ。魔境クラスの魔物を除けられるのか」
「聖火教独自のシステムだ。霊符も聖水あっての効果だけれどもな」
霊符って聖水を使うんだ?
普通の魔物避けの札とは別物のようだ。
維持費もかなりかかりそう。
ミスティさんがため息を吐く。
「しかし……誰も帰ってこなかったんです」
おそらくは崖崩れに巻き込まれて全員消息不明になったから。
むーん、無念。
「残された者達には、現地の魔物と戦える強さも転移の玉もありませんでした。何もできぬ内に……」
ミスティさんの頬を涙が伝う。
「消息を知る術もなくなってしまったんです」
「……」
悲しい話だ。
「一昨日の午後、崖崩れの現場に大きめの石を置いて、皆で手を合わせてきたんだ。そうしたらある程度負力は収まったって」
「ありがとうございます。皆の魂も安らぎを得られたのだと思います」
「ミスティさんも行かない?」
ミスティさんと視線が交差する。
「……連れていっていただけますか?」
「もちろんだよ。いつがいい?」
「いつでも」
「明日の午前中を予定しといてくれる? 今晩にでも件の転送先持ってる冒険者とは話しとくから。明日ダメなようなら今日中に連絡しに来るよ」
「お願いいたします」
うん、これでいい。
マウ爺は一人だから……。
「ミスティさんと、あと二人までは同行できるけど?」
「そうですか。しかし作業もありますし……ワフロスだけよろしいでしょうか?」
「わかった。じゃ、明朝ね」
「はい、ありがとうございました。明日はよろしくお願いいたします」
転移の玉を起動し帰宅する。
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「ほほお? えらく育った木じゃねえか」
「おどろ木だよねえ。最初転送先がもう少し森の中の方だったんだけど、そりゃあもうおっきな木々に囲まれて勇壮だった」
イシュトバーンさんを連れてエルフの里に来た。
ハハッ、イシュトバーンさんったら、エルフの里のデカい木々に興味津々じゃないか。
「あれ、誰かと思えばユーラシアさんじゃないですか」
「あっ、テラワロ君久しぶり」
やる気なさそーなタレ目エルフのテラワロスだ。
「そちらの方は?」
「絵師のイシュトバーンさんだよ。アビーの絵を描かせてもらう約束なんだ」
「族長がおいしいお肉を食べるんだとはしゃいでいることや、カナダライさんが海の女王と面会するのですから落ち着いてくだされと苦言を呈していることと、関係がありますか?」
「大ありだねえ」
アビーにすげえ喜んでもらえているようだ。
テラワロ君とともに族長宅へ向かう。
「テラワロ君は塔の村にいたことがあるんだよ」
「ん? あの塔はエルフじゃなくてドワーフ関係じゃねえのか?」
「大昔はドワーフのナワバリだったらしいですね。ぼくがいたのは現在の塔の村の開村直後ですけれども」
「エルのパーティーにいて、塔に入ってたことがあるんだよ」
「ほお? まあエルフも塔の中をチェックしたくなるか」
「コケシっているでしょ? エルのパーティーのヒーラーの白い精霊。あの子にいびられて辞めちゃったんだって」
「ハハハ、いやいや」
「ね? 否定が弱いでしょ? 今度コケシに会ったらそう言っといてやろ」
「いやいやいやいや! 本当にやめてください!」
余裕がないぞテラワロス。
どんだけコケシに虐められたんだ。
笑いながら族長宅へ。
「こんにちはー」
「あっ、ユーラシアさん。お待ちしてましたよ!」
「族長のアビーとナンバーツーのカナダライさんだよ。こっちは絵師のイシュトバーンさん」
互いに挨拶と握手を交わす、が?
「……変わった格好だね?」
エルフはチュニック&ズボンのあたしみたいな服装に、サッシュベルトをつけるのが基本の格好のようだ。
しかし今日のアビーはその上に前掛けを着けている。
この姿はまるで……。
「臨戦態勢だね。食ってやるぞと勇ましく?」
「お肉が待ち遠しいです! いただく用意は完璧です!」
カナダライさんが苦り切っている。
「ユーラシア殿も何か言ってやってくだされ」
「えっ? あたし達はもちろん気にしないし、海の女王もアビーのこと知ってるからなー。澄まして気取った格好で行くより、喜んでくれると思うよ」
「ユーラシアさんの言う通りですよ。カナダライさんったら、女心がわからないんですから」
女心は全然関係ないけどな。
おい、どういう意味だよって目でイシュトバーンさんが見てくるけど、あたしがアビーを理解できるわけないだろ。
カナダライさんは不満げだが、イシュトバーンさんは創作意欲が刺激されたようだからいいんじゃないか?
「じゃ、行くぞー」
転移の玉を起動し、アビー、カナダライさん、イシュトバーンさんを連れ一旦帰宅する。
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「待っておったぞ!」
「おおう」
転送先の海の王国に着くと、女王と近衛兵達が待ち構えているじゃないか。
女王も楽しみだったみたいだなあ。
おかげで銅鑼を鳴らす暇もないじゃん。
あたしの都合も考えてもらいたいわ。
「肉はどこじゃ!」
「ブレないね。たっぷりだよ」
「ひゃっほい! いつもすまんの。これ、調理場へ運んでたもれ」
衛兵達がうんとこどっこいとコブタ肉を運ぶ。
「よう来たのアビー」
「お招きありがとうございます。ニュデさん。こちらは私の補佐を務めているカナダライです」
「うむ、顔は存じておるが名は知らなんだ。許せよカナダライ」
「もったいなきお言葉!」
カナダライさんが頭を下げる。
しかしニューディブラ女王をニュデさんと略すとは、さすがにアビーは侮れんな。
「そちらが絵師殿じゃな?」
「イシュトバーンさんだよ。敬語苦手だから許してね」
イシュトバーンさんがニヤッとする。
「よろしくな。女王」
「うむ、わらわこそ期待しておる」
いいだろう。
イシュトバーンさんに敬語使われると、こそばゆくてかなわん。
「どちらが先かの? 絵か肉か?」
「お肉が先がいい!」
「当然ですわ!」
「では席についてたもれ」
あたしの敏感な耳は、炙り焼きしてるパチパチという音を既に捕まえている。
臨戦態勢のアビーじゃないけど、もー辛抱たまりませんがな。




