第813話:バアルを連れて海の王国へ
――――――――――一五五日目。
「じゃ、そのつもりでお願い」
『おう、了解だ。今日は昼前に来るんだな?』
「うん、行く」
朝から森エルフアビーとイシュトバーンさんに連絡を取った。
明日の食事会と絵を描くアポ、及び今日のヨハンさんヘリオスさんとの会合についてだ。
『何か隠し玉でもあるのか?』
「隠し玉とゆーほどのものじゃないよ。識字率向上のための戦略商品が完成したんで、披露しようかなと」
『どんなやつだ?』
「ゲームだよ。絵札と字を対応させて自然に覚えられるっていう」
ちょっと言葉だと説明しづらいな。
「見ればわかるよ。カラーズでは先行販売してて、なかなか好評なんだ。ヨハンさんは知ってるけど、ヘリオスさんにも見せたくてさ。サンプル持っていくね」
『おう、楽しみにしてるぜ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻っててね」
『わかったぬ!』
さて、海の女王と会ってこなくてはならない。
バアルを連れてって許してもらわなければ。
気が重いなあ。
「行ってくるね。留守お願い」
「「「了解!」」」
転送魔法陣のある東区画へ。
◇
フイィィーンシュパパパッ。
海の王国に来た。
あたしらしくないとわかっちゃいるが、緊張するなあ。
あたしのせいじゃなくてバアルのせいなので余計にだ。
バアルが何をやらかしてるか、全部把握してるわけじゃないしな。
思いっきり銅鑼を鳴らす。
「グオングオングオングオングオングオーン!」
「誰ぞ出会えっ!」
転げ出てきた女王が叫ぶ。
「あ、ごめん。あたしだよ」
「何じゃ、おんしか。よう来てくれた。しかし今日地上は雨ではなかろう?」
判断の仕方が天気なんだな?
いつも来るの大体昼前くらいなのに、今日は朝だってこともあるか。
「ちょっと用事があるんだ。アビーと絵師さん、明日都合いいから、昼に連れてきていいかなって連絡取りに来たの」
「おお、そうじゃったか! もちろん構わぬぞよ!」
「これ少しだけど、お土産だよ」
冷凍コブタ肉を渡す。
ここへ冷凍肉持ってきたのは初めてだったか?
「うむ、すまぬな。ほう、氷漬けか?」
「いつもここへ来る時は狩ったばかりのやつを持ってくるんだけどさ。保存しとく時は凍らせておくことが多いな」
「ふむ、工夫しておるのじゃな」
もっとも最近は聖風樹の箱があるから、凍らせないこともあるけど。
「明日は狩りたてをごそっと持ってくるからね」
「楽しみにしておるぞ」
ハハッ、本当に楽しみみたいだな。
何となくバエちゃんと表情が似てる気がする。
さて、話しておかなきゃいけない。
「重大な報告があるんだ」
「何じゃ? らしくなく勿体つけるではないか」
「悪魔バアルを捕まえた」
「えっ?」
しばしの沈黙が大広間を包む。
空気が重いよ。
嫌だなあ。
「……まことであるか?」
「うん、これ」
ナップザックからバアルの籠を取り出す。
「ウミウシの女王ニューディブラよ。久方ぶりである。恙ないか?」
「バアル……」
空気が張り詰め、細い女王の目がより細くなる。
努めて感情を表に出さない、抑制の利いた声で女王が言う。
「おんしには感謝せねばならん。わらわの元へこやつを連れてきたということは、未だ何者も到達したことない海溝の深淵に棄却せよということじゃな?」
「ひええええええええ!」
この小物は誰に脅されてもこのノリだなー。
女王もちょっとビックリしてるじゃないか。
「女王には悪いんだけど、この子うちで飼いたいんだ」
「飼う、とな?」
「いろんなこと知ってるから役に立つんだよね。許してもらえないかなあ? もう大した悪さはしないよう、誓わせたから」
「構わんぞ」
「「えっ?」」
えらくあっさり?
いや、拗れても困るけれども。
「バアルに勝利したのはおんしであってわらわではない。生殺与奪の権は勝者にある。争いごとの理じゃ。勝者の権を侵すほどわらわは暗愚ではないし……」
あたしの方を真っ直ぐ見る。
「最初からそのつもりだったのじゃろう? おんしの性格はわかっておる」
あたしの性格をわかられちゃってたわ。
女王が籠を覗き込む。
「バアルと聞けば心に波も立つが、こんな哀れな姿を見せられると気も失せるというものよ」
「やたっ! ありがとう! バアル、よかったねえ」
「よかったである!」
「女王に謝っときなさい」
「ごめんなさい」
「ふ……」
笑い声を漏らす女王。
意外とお茶目なバアルがおかしくなったらしい。
「おんしも大概おかしいの」
「あたしがおかしいんかい!」
予想外だぞ?
心外だぞ?
「今日は明日の予約とバアルを捕らえた報告が用件だったのかの?」
「もう一つあるの。紹介したい仲間がいるんだよ。ヴィルカモン!」
「……?」
あえて何も言わないことにしたらしい。
女王が愉快そうにしている。
「御主人の求めに応じ、ヴィル参上だぬ!」
「ほう? また悪魔か。おお、これはめんこいの」
「御主人、この人は誰だぬ?」
「海の女王だよ。挨拶しときなさい」
「よろしくお願いしますぬ!」
「うむ、よろしくの」
うん、大丈夫だ。
女王は悪魔全般を悪く思っているわけではない。
ヴィルが素直に頭を撫でられている。
「ヴィルはいい悪魔なんだ。好感情が好きだから、不快になるようなことはしないの」
「うむうむ。ぎゅーしていいか?」
「いいぬよ?」
「ぎゅー」
「ふおおおおおおおおお?」
うんうん、女王に気に入られたようじゃないか。
「き、気持ち良かったぬ」
よかったね。
「ヴィルはうちの連絡と偵察を受け持ってるんだ。用がある時はここにも飛ばすことがあるかもしれない。よろしくね」
「ほう、大変愉快じゃの!」
女王も暇してて面白いことを待ち構えてる人だからなー。
「ごめんね。一〇〇年ちょい前の海の王国とバアルのいざこざから気を悪くするかと思って、ヴィルもなかなか紹介できなかったんだ」
「ハハハ、気にすることはなかったのにのう」
ヴィルが女王にくっついて頭を撫でられている。
バアルももう、すっかり油断しとるわ。
うむ、無事受け入れてもらって何よりだ。
最も気の重い案件が片付いて、あたしもぐっすり眠れるな。
クララがいると、いつもユー様はぐっすり寝てますよって言うんだろうが。
「じゃ、明日の昼来るからね」
「うむ、アビーと絵師殿を連れてだな。待っておるぞ」
「さらばである、女王よ」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動し帰宅する。




