第72話:精霊様レイノスを去る
失敗した。
すげー失敗した。
調子に乗ってクララを精霊様として持ち上げたところまではよかったものの、今のこの状態は完全に計算外だった。
何があったかって?
騒動のあと、アンセリクララと四人で、昼食を取るためにある食堂に入った。
クララに絡んだソバカス男お勧めの店だ。
おかしなことに巻き込んでしまったアンセリには奢ってあげないといけない。
ここまでは予定通りだったが、よーく考えればまずかった気がする。
『精霊のヴェール』の効果が切れる前に、とんずらするのが賢かったんじゃないか?
「店主よ、馳走になった」
ソバカス男がぜひ御馳走させてくださいと頭を下げるのを丁重に断った。
そちは今日生まれ変わったのじゃ。
身を慎み謙虚に暮らせば善き未来が訪れるであろうと伝えると、号泣しながら帰っていった。
多分いいことをしたんじゃないかな。
達者で暮らせよ。
料理は大変おいしかった。
ウシのお肉がとろとろでたっぷりのスープと野菜炒め。
どこの農場から買ってるんだろうな?
食材が新鮮で大変よろしい。
いかんいかん、現実逃避していた。
一人のソバカスを改心させたと思えば、『精霊様騒動』自体はいいとしよう。
問題はその後。
あたしらの後ろをぞろぞろ人々がついて来ることまでは考えてなかった。
精霊様大人気、クララがメッチャ居心地悪そう。
ごめんよ、もうちょっと我慢して澄ました顔しててね。
衆人環視の中の御飯の食べづらいこと食べづらいこと。
おかげであの妙ちきりんな口調を、しばらく続けなければならなくなった。
すんごく後悔している。
「いくらじゃ」
店主が器用にも手と首を同時に振り、恐縮したように断る。
「いえいえ、とんでもないことです。精霊様から代金など受け取れません」
こっちこそいえいえだよ。
そーゆーのはホント勘弁してちょうだい。
右の顎の下あたりが痒くてかなわん。
あたしは眉をひそめて言う。
「精霊様は下々の施しは受けぬ。遠慮のう請求するがよい」
精霊様詐欺は寝覚めが悪いんだってばよ。
わかっておくれよ。
こら、アンセリ笑うな。
コントじゃないんだから。
「で、では四名様で二〇〇ゴールドちょうどになります」
あたしは二〇〇ゴールドを支払い、店主に伝える。
「大変美味であった。今後この店が『精霊様御用達』の宣伝文句を使用することを許す。精進いたせよ」
「へへーっ! ありがたき幸せ!」
ついつい後ろめたさからサービスしてしまった。
ありがたき幸せらしいぞ?
『精霊様御用達』にどれほどの神通力があるか知らんけど。
食堂を出たところで、一人の子供に話しかけられた。
「精霊の巫女様!」
精霊の巫女……あたしのことか?
二つ名としては『精霊使い』よりランクダウンしてるよーな。
響きは悪くないから、またどっかで使おうかな。
「童よ、何用じゃ」
「精霊とは、皆そちらの精霊様のようにすごい力を持っているのですか?」
核心にかすってる質問は困るなー。
イエスともノーとも答えづらい。
何故なら精霊を恐れてもらってもよろしくないし、かといってバカにしたり差別したりする風潮はもっと避けたいからだ。
ここは当たり障りなく……。
「人間と同じじゃ」
「は?」
「人間にも強き者と弱き者がおるであろう?」
「はい」
「精霊にも我が精霊様のように強大な力の持ち主もおれば、吹けば飛ぶようなか弱き者もおる。様々じゃ。しかしてその身分に上下はない」
「身分に上下はない……」
あたしの言葉が周りで見守る群集に浸透するのを待つ。
いい機会だ。
どうせなら上級市民の価値観に一石を投じてやる。
なんちゃってみこのあやつるあやしげなたんごのられつよ、せいれいさまのそんざいかんになぐられたひとびとのだいのうをげんわくせよ!
「大を恐れず、小を侮らず、決して驕らず、畏まれ。それが自然とともに往く道である」
「自然とともに往く道……」
レイノスの身分制度のバカバカしさに気付く上級市民が少しでもいればいいのだが。
差別とかなくして、能力や性格が真っ当に評価される世の中がいい。
おっと、ボロの出ない内に帰らねば。
「皆の者よ!」
もう一度声を張り上げる。
「今日は迷惑をかけてすまなんだ、許せ。ではさらばじゃ」
転移の玉を起動し、アンセリを含めた四人で我が家に戻る。
◇
「消えた……ど、どうなってるんだ?」
「ト、トリックじゃないよな?」
「これもまた精霊様の奇跡なのか?」
「いや、魔法だろ!」
精霊様以下四名の姿が消えてから、レイノス外町のあちこちで活発な議論が繰り広げられた。
目立ったニュースもないレイノスで、『精霊様騒動』はしばらくの間、市民に話題を提供し続けた。
「何かの間違いなんじゃないか? 本当に上位存在がいたのか?」
「間違いなんかじゃねえよ。大勢見てるんだ!」
「何かのメッセージを伝えに来てくださったのだろうか?」
「せいれいさま、しろくてとってもかわいかった」
「どうして精霊って信じられるんだ! 良からぬ存在だったかもしれないじゃないか!」
体験談と又聞きと真偽の明らかでない噂が交錯する。
憶測が憶測を呼び、何が起こったのか誰もが自信を持てなくなった。
中でも最も支持を集めたのはこんな話だった。
「もしお前が、どこからでも自由に逃げ出せる手段を持ってたらどうする?」
「決まってるじゃねえか。食い逃げするね」
「だろう? でもあいつら金払ってったんだぜ? 店主が金いらないって言ってたのによ。考えられないだろ?」
「精霊かどうかはわからんが、少なくとも只者じゃねえことは、店主が受け取ったコインが証明してるな」
◇
後世の歴史書は語る。
『……『世界の王』と称されたユーラシア・ライム自身が推進したドーラの驚異的な発展『暗黒大陸の奇跡』は、ドーラ独立ではなく、『精霊様騒動』を機に始まった』
ユーラシア自身は知る由もなく、また完全に結果論であったが、その指摘は正しい。
何故なら後のドーラの発展は亜人の協力が不可欠だったからだ。
レイノスのノーマル人至上主義に楔を打ち込んだ『精霊様騒動』はもっと評価されてもいい。
単にユーラシアのイタズラ心から行われたものだとしてもだ。
『精霊様騒動』があったこの日、精霊使いユーラシアの名前をドーラ中に広めた『大掃除』こと西アルハーン平原魔物掃討戦は、僅か六日後に迫っていた。




