第701話:カトマス一の美人、乳娘
「ふーん、画集ねえ?」
イシュトバーンさんが描き始めると、マルーさんが胡散臭そうに見ている。
ニルエは立って前で手を組む普通のポーズだ。
ニルエの素朴さを表現するにはいいんじゃないかな。
イシュトバーンさんもノリノリ。
「ピンと来ないね」
「まあ見てなよ。絶対に売れるから。ニルエもモデルの一人としてモテモテになっちゃうぞ?」
「アンタが言うなら当たるのかもしれんが……」
「ドーラで五〇〇〇部、輸出分合わせて一〇万部が目標かな」
「一〇万? 吹き過ぎじゃないかい?」
マルーさんは驚いてるけど、イシュトバーンさんの絵にメッチャ売れるポテンシャルは十分ある。
低価格というこれまでの書籍にない話題性も後押しするしな。
「帝国への輸出分を随分多く見積もってるんだねい」
「帝国にないものだからね。人間の数の多いところに持っていって売りたいって考えはあるよ」
「精霊使いの言う通り、ドーラからの輸出品は少ねえんだ。オレも協力してやろうと思ってな」
「ふうん、殊勝な心がけだねい」
「モデルは最高どころを用意してるから、あとはイシュトバーンさん次第」
「ハハッ、腕が鳴るぜ」
イシュトバーンさん楽しそうだなー。
「ところで、ユーラシアさんの縁談はどうなったんですか?」
「アタシも気になるねい」
「オレも気になるんだぜ」
あれ、マルーさんもニルエから聞いてるのか。
さして面白い話じゃないんだが。
二人のお嬢と黄の民族長の縁談を壊して族長親族のヘイトをあたしに集め、インウェンエンドでハッピーうんぬんかんぬん。
と話したところで、三人の顔が一斉に曇る。
何ゆえ?
「何だい。アンタはダシに使われただけで得がないじゃないか」
「いや、最初からわかってたことだから。面白イベントの主役を張れたと思えば特に文句はないかな」
「お団子ちゃん、もう嫁に行っちゃうのかよ? 早過ぎねえか?」
「おおう、安定のセリフだな。既定路線だよ。フェイさんとお似合いなのは、カラーズ全体で言われてたことだもん。早いか遅いかの違いだぞ?」
「ユーラシアさんばかりが恨まれるじゃないですか。私、何だか納得いかないんですが」
「健気でしょ? あたしもたまには悲劇のヒロイン役をやってみたいんだってばよ」
「こんなドヤ顔の悲劇のヒロインはいねえ!」
大笑い。
マルーさんが言う。
「アンタはそれでいいんだね?」
「うん。展開が地味ではあったけど、なかなか楽しめた。もうちょっと拗れる方が好みではあるよ? でもあんまり贅沢も言えないし」
「ユーラシアさんの価値観は独特ですねえ」
「当事者が幸せなのが一番だと思うよ」
この場合の当事者とはあたしのことじゃない。
ラブな二人、フェイさんとインウェンだ。
族長家親族には違う思惑があったんだろうけど、シーハンさんとイーチィどちらに決まっても両派の確執は残ったんじゃないかな。
だったらフェイさんとインウェンがくっつくのが、本人達にも周囲にもベストだ。
シーハンさんの家とイーチィの家が両方賛成した結末だとゆーこともある。
「結婚式は一年くらい先になるんだって。今、カラーズは開墾開墾ですごく忙しいし、輸送隊も発足したばかりだからね」
「この話はこれで終わりなのか?」
「何か困ったことがあったらあたしが報酬次第で相談に乗ると、親族様御一同に言っといて、とはフェイさんに言ってあるんだ」
「はん?」
イシュトバーンさんもあたしが何を言いたいのかわからないらしい。
楽しみが残してあるんだよ。
「厄介事が起きるでしょ? でもあたしに頼るのが嫌で、どうにもなんなくなってから話を振ってくるんじゃないかな」
「予兆があるのか?」
「ないけどそーだったら面白いなと思ってる」
「自分でフラグを立てにいくスタイルは新しいぜ」
あたしは割とよくやるパターンだけど。
「よし、大体描けたぜ」
「見せて見せて!」
うむ、どーして立ってるニルエを描いただけなのに、こんなにえっちになるのか?
謎の表現力だな?
大体クララの絵があんなにえっちになったくらいだからな。
さすがイシュトバーンさん。
「いかがわしいね!」
「うーん、でも具体的にどの辺がいかがわしいのか指摘できない、不思議な絵だねえ」
「クソジジイの存在がいかがわしいからだよ!」
「おおう、否定できる気がしないわ」
「ハハッ、男冥利に尽きるぜ」
「嬉しいです!」
何がどう男冥利に尽きるのかわからんけれども、イシュトバーンさん上機嫌。
まあニルエも喜んでるし。
「ハッハッ、満足だぜ。細かいところは家で仕上げる」
「いつ頃完成するの?」
「明日にはでき上がりだ」
ふーん、原画の完成は早いんだな。
原版作るのにも時間かかるから、描き上がった分から版画屋に持ってくのがいい。
となれば完成し次第原画は受け取っておかねば。
「明日、夜にでも飯食いに来るか?」
「ちょっとまだわからないな。明日の朝おっぱいさんと会うから、予定も聞いてみないと」
「「おっぱいさん?」」
マルーさんとニルエの声がハモる。
「サクラさんのことだよ」
おっぱいさんはカトマス出身だし、有名人みたいだから通じるだろ。
「ああ、あの乳娘かい」
「おおおおおおお乳娘!」
「何を感動しているのだ。まったくしょうがないなー」
「クソババアも乳娘言ってるんだぜ? 期待が膨らむじゃねえか」
「膨らむのはおっぱいだけにしときなよ」
「サクラさんもモデルなんですか?」
「うん、了解もらった」
「乳娘がモデルになる画集なら売れるに違いないねい」
「おい、そんなにかよ? オレまだ会ったことねえんだ」
「うるさいよ、スケベジジイが」
クソジジイがスケベジジイにジョブチェンジした瞬間であった。
「カトマス一の美人ですよ」
「クール系だけど、溢れるおっぱいが魅力を隠し切れないの」
「うおお、楽しみだぜ! なあ精霊使いよ、早く紹介してくれよ」
「どうどう。いや、おっぱいさんギルドの仕事あるから、日中はずっと忙しいんだよね」
となると夜かなあ?
おっぱいさんはこの画集のエースだから、順番前の方で描いてもらいたいのは山々ではある。
「どっかで都合つけるから」
「早めにな!」
と言われても。
「じゃ、帰るね」
「クソババア、あばよ」
「クソジジイはもう来なくていいよ」
「さようなら」
ニルエにお礼の透輝珠を渡し、転移の玉を起動して帰宅する。




