第690話:西域のため
「ねえ、バルバロスさん。これ何のお肉なの?」
軽食屋にて、皆で肉饅頭をいただく。
あたしが持ってきたお肉、食べ慣れているコブタマンじゃないことはわかる。
もうちょっと脂が少なくてサッパリしている感じだ。
「己が持ってきたのは角ウサギとマッドオーロックスだぞ。これはおそらくマッドオーロックスだな」
「へー。西域にも美味いお肉がいるねえ」
「精霊使いよ。肉が生息してるわけじゃないからな?」
「やだなー。骨皮付きで生息してることくらい知ってるってばよ」
大笑い。
プリンスがしみじみと言う。
「魔物肉を食べたのは初めてですが、大層美味いですな。野趣に溢れている」
「不味いやつは不味いぜ」
「肉食魔獣は不味いって聞いた。そうなの? あたし食べたことないんだよね」
「「不味いな」」
期せずしてパラキアスさんとバルバロスさんが同時に発声し、ともに苦笑する。
ドーラの実力者の共通見解には従わなければいけない。
この先あたしは肉食魔獣を決して食べないと誓います。
「バルバロスよ、精霊使いは面白れえだろ?」
バルバロスさんがあたしを見つめる。
いやん。
「パラキアスがとんでもないやつだと言い、デスさんがしょうのないやつじゃと言う。これが噂の精霊使いか、と」
「パラキアスさんもじっちゃんも、全然褒めてなくない?」
「最大限に認めているよ」
本当か?
何かパラキアスさんに誤魔化されたような気がする。
「いや、恐れ入った。素直に脱帽だ」
帽子被ってないけどな。
とゆーかバルバロスさんのデカい頭が入る帽子って絶対特注だなと、全然関係ないことが頭に浮かんだ。
「しかし精霊使いはオルムス・ヤンを認めているようだ。己はどうしても西域から税を取るという考え方には賛同できん」
「西域から税金取るのはムリだよねえ」
「当面はムリだ」「ムリだぜ」
パラキアスさんとイシュトバーンさんも口々に言う。
大体ドーラには戸籍がないどころか、盗賊村が存在するくらいのアナーキーな国じゃん。
政府の統治力が強くなんなきゃ何もできんわ。
「プリンスはどう思う? 帝国はしっかりバッチリ税金取る国みたいだけど」
「国民からあまねく税を取るのは基本だ。最も不公平感がない」
うん、オルムスさんと同じで、政治を勉強した人はそう考えるんだろうな。
政府の活動資金を国民全員から得るとゆーのは、理論上公平に思える。
国民が政府を必要としているか、政府がおっかなくて反抗しようがない場合にはだが。
「しかしこの前、精霊使いの小さな政府論を聞いて、罰則を執行する組織を維持するために税金が高額になってしまうことに気がついたのだ。これでは国民に還元できる総量が、どう考えても少ない」
パラキアスさん、イシュトバーンさん、バルバロスさんが頷く。
「冒険者を使った取締りという一種の保安官制度。あの『ユーラシアペナルティ』というユニークな罰則。これらが正常に機能するなら、輸出入関税と政府事業だけで収入は賄えるのではないか?」
「街道の整備とパトロールとか、税金でやって欲しいことはあるなー。でも今はムリだから、そーゆーのやるときは受益者住民がおゼゼ出して、行政府は音頭取るだけって形になるかな」
「……今のドーラは明らかな過渡期にある。将来的に政府の担当する活動が多くなった時には個々人から徴収する税金を安定的な収入とするべきだ。しかし両の足で立つことすら覚束ない現在のドーラでは、到底不可能だ」
「パラキアスですら不可能と考えているのか! ならば何故、オルムスを支持するのだ! やつの夢物語は破綻しているではないか!」
結局バルバロスさんはオルムスさんへの反発で駄々捏ねてるのか。
パラキアスさんとイシュトバーンさんがこっち見てくる。
何だよ、あたしが説得するのかよ。
ボーナスを出せ、ボーナスを。
「ちょっとパラキアスさん、飛んでみて」
「うむ」
ひらひらと飛び回って華麗に着地。
ハハッ、バルバロスさんが驚いてる驚いてる。
「パラキアス、お前飛行魔法を使えたのか?」
「これ、ドーラの新技術なんだよ。パラキアスさんが全速で飛ばせば、ここからレイノスまで飛ぶのに一五分かかんない」
「驚くべき速さだ!」
「便利だと思わない?」
「思う」
目を見張るバルバロスさん。
バルバロスさんもまた西域中を歩き回っている人だろう。
移動にかかる時間は惜しいと思っているに違いない。
「自主自立はすごくよくわかるんだ。寄りかかってくるやつばかりじゃ共倒れになっちゃうもんねえ」
「わかってるじゃないか! だから己は……」
「自主自立は別にして、他所と協力したり利用したりした方がいいぞ? 今の飛ぶやつ、便利でしょ? 具体的には得意なもの売って、欲しいもの買おう」
「……」
バルバロスさんには迷いがあるようだ。
「しかし……人流物流が活発になり過ぎると、西域の自由開拓民集落群は、便利でものの売買がしやすいレイノスやカトマスに吸収されて潰れてしまう!」
「潰れりゃいいんじゃないかな」
「何だと!」
激昂するバルバロスさん。
「落ち着こうか。その程度で潰れるのは自立できてないんだって」
「い、いやしかし……」
さて、ここからだな。
「経済的基盤があれば強くなれるよ。今までも西域の生産した物資はカトマスからレイノスへ流れて、おゼゼを得ていたわけじゃん? 得意な産物をガンガン売る、となれば自由開拓民集落は生きていける」
「オルムス支持と何の関係があるのだ!」
「オルムスさんの統治思想は一旦置いておくよ? 実際問題としてオルムスさん以上にレイノスを上手に治められる人はいないんだ」
不承不承ながら頷くバルバロスさん。
「……で?」
「ドーラの人口なんてたかが知れてる。とゆーことはいくら西域の自由開拓民集落がいいものを売ろうとしたって、売れる量には限界がある」
「ダメではないか!」
「国内ではね。海の向こうにお客さんはたくさんいるよ」
「……貿易か」
「帝国に輸出できれば自由開拓民集落は自立できる。でもドーラはレイノス以外から輸出できないんだぞ? なのにレイノス知事のオルムスさんと対立してどーすんのよ? 西域のためになると本気で思ってる?」
「くっ……」
理屈は通じる。
『西域の王』はガタイの迫力だけで尊敬を勝ち得ているわけではないな。
方向転換だ。




