第667話:惜しい、一字違い
ユーラシアペナルティの啓蒙キャンペーンのための、大階段下の広場の使用許可を取った。
あそこはセレシアさんの店の真ん前なんだよなー。
阿鼻叫喚の地獄絵図になると、売り上げに影響するかしらん?
オルムスさんが言う。
「犯罪防止の取り組みをしてもらえるのはありがたいことだが、いいのかい?」
「いいのいいの。今日朝クエストに行ったら、魔法の葉が山ほど出ちゃって。面白いイベントに使ってもらえるならあたしは嬉しいよ。ついでに新聞も嬉しい」
「面白いイベントなのかなあ?」
オルムスさんとプリンスルキウスが首傾げてるわ。
面白いイベントにするんだってばよ。
明後日はあたしのイベンターとしての手腕を見せてやる。
「ただいまー」
行政府大使室に戻ってきた。
「おお、兄様! 見違えるほど凛々しくなられた!」
「でしょ?」
リリーも黒服も目を見張っている。
レベルの上昇により、プリンスの持ち固有能力である『威厳』の効果も出ているのだろう。
「ありがとう、リリー」
「これなら護衛いなくても、ほっつき歩いて大丈夫だよ」
「え、さすがに護衛なしは……」
「レベル五〇でパワーカードフル装備だよ?」
「「「「レベル五〇?」」」」
デス爺を含めた四人が驚く。
ん、四人?
「あ、来てたんだ」
「あんたが呼んだんだろうが!」
リリーが言う。
「ユーラシア、こやつはアドルフじゃなくてロドルフだったぞ?」
「一字違いか。惜しかったな」
「名前だぞ! 惜しいも惜しくないもあるか!」
「殿下の御前である。控えよ」
「……!」
ハッハッハッ、黙らせたった。
どーもあたしはモブの名前を覚えられない。
リリー達に連れてきてもらったモブの彼は、中町のソバカス男だ。
精霊様騒動の時、クララを亜人扱いしたから組み敷いたやつ。
まあその後心を入れ替えたのはいいこと。
「ルキウス殿下がこのような立派な方であられたとは! このロドルフ、望外の喜びでございます。精一杯仕えさせていただきます!」
「うむ、よろしくたのむよ」
「もったいなきお言葉!」
あんたを雇うのはプリンスじゃなくてドーラ政府だぞ?
プリンス付きになるんだろうからどっちでも構わんけれども。
「話聞いてる? プリンスが赴任するのに随員が一人もいなかったんだ」
「聞いた。ひどい話だ。憤りを禁じえない」
「プリンス個人に対してもひどいんだけどさ。ドーラが舐められてるのも面白くないね」
簡単にドーラの独立が認められた背景には、どうせ魔宝玉とコショウしかない国だと思われていることがあるんだろう。
おまけに貿易相手国が帝国しかない。
植民地じゃなくなっても事実上の属国みたいなもんだ。
じゃあ帝国から離れてやっていけるかというと、国内だけで発展していけるほど人口がない。
ないない尽くしだなあ。
悔しいけれど、これが現在のドーラの現実だ。
帝国に利用されるのではなく、利用するにはどうしたらいいか?
一つの答えがプリンスルキウスを取り込んで、次期皇帝に押し上げることだ。
「逆にこっちで起きたことを全部プリンスの手柄にする好機でもあるんだ。プリンスの補佐官兼行政府との連絡係であるあんたの役割は重要」
「うん、具体的には何をすればいいんだ?」
「今は大して何もやることないなー。プリンスの話し相手になってあげてよ」
「……へ?」
何だかんだで新聞読み込んでるソバカス男は時事に通じているからな。
「プリンスはドーラのことをよく知ってるわけじゃないんだ。あんたと話してることで、プリンスも得ることは必ずあるからね。貿易が始まると忙しくなるかもしれないな。プリンスに困ったことが起きたら、とにかく周りに相談して。一人で片付けようとするのは忠義じゃないぞ? プリンスの人徳は周りの人間全てに影響を及ぼし、協力を引き出すからだ。いいね?」
「おお、その通りだ!」
ハハッ、都合よく話盛ったった。
アドルフを働かせるにはこれくらい吹いてもいいわ。
プリンスがむず痒そうな顔してる。
「じゃ、明日から出仕してね」
「ああ。では皇子殿下、皇女殿下、これにてロドルフ失礼させていただきます」
「貴公の働きに期待しているぞ」
「はっ!」
ソバカス男が去っていった。
リリーが不安げに言う。
「大丈夫か? あの男」
「頼りないねえ。でも黒服さんみたいな完璧さを求めるのは酷だよ。この際重要なのはやる気と忠誠心、加えてレイノスの事情がわかってることなんだよね。最低限の要件は満たしていると思う。あとは成長に期待する」
オルムスさんとデス爺、黒服も頷く。
「うむ、精霊使いの心遣いを感謝する」
とりあえずプリンスは満足そうだ。
ごめんよ、足りないものばっかりで。
「さてと。じっちゃんはイシュトバーンさん家知ってるよね? 皆を案内してやってよ。あたしちょっと寄るとこあるんだ。用すませたらうちの子達連れていくから」
◇
フイィィーンシュパパパッ。
チュートリアルルームにやって来た。
「いらっしゃい、お肉!」
「あっ、ごめん。今日のお土産はお肉じゃないんだ」
ピタッとフリーズするバエちゃん。
目はあたしの持つコップに固定されている。
「察するにその飲み物がお土産なんでしょう? 何なの?」
「これが何だってか? そうです、これが超すごいお茶です」
「超すごいお茶?」
行政府に持っていく分から、少し取り分けておいたやつだ。
異世界基準だとこのお茶はどうだろう?
「まあ飲んでみそ?」
「じゃあいただきます」
一口飲むバエちゃん。
「ふおおおおおおおおお?」
「おおう、ヴィルをぎゅーした時の声みたいだな」
「な、何なの? 何なの? このお茶?」
「多分こっちの世界で最高のお茶なんだ。淹れ方が難しいし、熱すると旨み成分が逃げちゃうって欠点もあるけど」
「冷やして夏に飲めばいいじゃない!」
やっぱ夏向きという結論だな。
バエちゃんとこの世界にもここまでのお茶はないらしい。
障壁は多いだろうが、異世界との交易ができるようになったら、これは有力な輸出品だな。
「おいしかったわ。余韻が残るわ」
「まだこれ少なくて手に入らないんだ。増産しなきゃいけないな」
「ユーちゃんは本当にいろんなことやってるのねえ」
バエちゃんは笑うけど、ドーラはシビアな状態なのだ。
「新人は?」
「来ないわ」
「そーか、じゃねー」
「またね」
転移の玉を起動して帰宅する。




