第641話:レイノス港にて
「ま、死にかけたなんてのは大したことじゃない」
「あ、ああ」
安心しろ。
ソバカス君の崇拝の対象であるあたしはちゃんと生きている。
「あんたはかなり新聞読み込んでるみたいだから教えてよ。ドーラが独立したことに関して、市民にはどう知らされてるの?」
「えっ? 軍艦七艦からなる帝国使節団がやってきて、ドーラの独立を円満に承認。ドーラは魔宝玉を献上し友好を深めたとだけ」
「普通に考えて、円満な独立に軍艦七艦で首都囲むわけないじゃん。誰も疑問に思わなかったの?」
「い、いや、変だとは思ったが……」
案外ソバカス君は理解度はあるようだ。
ちょっと意識を変えてやるか。
「最近ずっと帝国とドーラの折り合いが悪くて、貿易が細ってたでしょ? 帝国はドーラの支配強化を目論んで攻めてきたんだよ。海の王国のガードをすり抜けるために二つの切り札を用意してね」
「「!」」
「一つは海の王国の警戒網を刺激しない小舟ってやつ。これによって上陸した潜入工作兵は、西の塔の村の冒険者によって撃破された」
「あっ、お婆様に聞きました!」
ニルエが叫ぶ。
レイノスの新聞記者には教えなかったのかもしれないな。
帝国兵が攻め入ったって知られると、ドーラ人の対帝国感情が悪化するかもしれないから。
「もう一つが空飛ぶ巨大軍艦。こんなんドーラに来てレイノスにドカドカ爆弾落とされたんじゃえらい迷惑だから、帝国本土で試運転してた時にあたしが飛行魔法で乗り込んで壊してきた。死にかけたってのは、その脱出がギリギリだったんだよね。五秒遅れたら死んでたな」
「あんたが帝国本土の事故で生死不明だったというのは……」
ソバカス男が呻く。
「ドラゴンスレイヤーのソル君知ってるかな? 彼との共同作戦だったんだ。巨大軍艦落とすとこまで確認したら、ソル君はドーラに帰還して報告する任務だった。あたしは帝国本土で反乱だぞドーラに構ってる場合じゃないぞーって暴れる役割だったから、しばらく帰ってこられなかったんだよね。だから生死不明って言われてたんだと思う」
呆然とする二人。
「艦隊からの砲撃だけでドーラが落ちることはないじゃん? 攻め手がなくなった帝国は、何事もなかったようにドーラの独立を認め、手打ちにすることにしたんだよ」
「……」
「信じるか信じないかはあなた次第」
「いや、信じるよ。スッと腑に落ちる」
独立までの経過はいいとして。
「大事なのはここからだよ? あたしは帝国と仲良くしたいの」
「「えっ?」」
だから驚くな。
聞けば当たり前のことだから。
「戦争してたんだろう? どうして?」
「仲良くしてる方が得だからだよ。あんたも帝国の物品が入って来なくなったら不便だと思うでしょ?」
「ま、まあ……」
「表向き円満に独立したことになってるのはそーゆーことだぞ? 帝国もドーラが従順じゃなくなりゃ困るだろうし、ドーラも帝国との貿易や移民なしでは発展が望めない。大人の対応ってやつだよ」
「……」
懸命に理解しようと務めるソバカス男。
敵だの味方だのってのは、一つの状況での立ち位置の差でしかないと思っている。
じゃあ味方が増えた方が何でもやりやすいと思うよ。
「実際にケンカした帝国とドーラでも仲良くできるんだ。あんたも亜人と揉めようとするのはやめなよ?」
「ああ、精霊様騒動以来、頭ではわかってるんだが……」
「じゃあ仲良くした方が得だからと考えてみようか」
「得?」
『クールプレート』と『ウォームプレート』を取り出し、ソバカス男とニルエに渡す。
「起動してみて。持ってる手に意識を集中すればいい」
「あっ? 冷えてきた!」
「こっちは温かいです!」
「面白いでしょ? 安全で燃料を必要としない冷具と温具。これ森エルフの技術なんだ。作り方教えてもらったから、帝国に輸出して儲ける予定だよ」
「……」
十分に考えてください。
「最近レイノスに入ってる魚だって魚人から買ってるんだし、亜人と親しくした方が得だって」
「損得か」
「そうそう。好き嫌いはしょうがないけど、態度に出すのはやめようよってこと。子供じゃないんだから」
とゆーかどうせ嫌うのに大した理由はないんだから。
ニルエが言う。
「意外ですね。ユーラシアさんは嫌なことは嫌って言いそうですけど」
「あたしは言うけど」
「こらっ! おかしいだろ!」
「いや、我慢するのは苦しいんだもん。でも場はわきまえてるって。あたしは大海のように心が広いし」
「それ、自分に使う言葉じゃないだろう?」
アハハと笑い合う。
「しかし……ドーラが仲良くする気でも、帝国がドーラに付き合ってくれるとは限らないんだろう?」
「円満独立ってことになってるのに、いつまでもドーラ産の魔宝玉やコショウが入らなかったら、帝国の市民にも不満が高まるんじゃないかな。ドーラを無視する気なら、皇子なんか送り込んでこないって」
「皇子、とは?」
あ、これは報道されてないのか。
「今度の在ドーラ大使は第四皇子だよ。明日着任予定」
「ルキウス殿下が?」
「伝わってないのなら、警備上の問題とかかもしれないな。一応内緒にしといて」
「わ、わかった」
「あんた名前は? 仕事は何をしてるの?」
「ロドルフ。すぐ近くの家に住んでる。特に仕事はしていない」
何だ、ニートか。
「今ニートかって思っただろ!」
「力一杯思ったわ!」
よし、怯んだ。
あたしの迫力勝ちだ。
勝ち負けではないような気がするけど。
「……家は帝国の債権の利子で暮らしていけるからな。特に働く必要がない」
「良かったねえ。戦争に負けたら多分その債権パーになってたぞ?」
「えっ?」
当たり前だろーが。
誰が敗者におゼゼなんか払うか。
ってのは置いといて。
「えーと、あんたはニートが天職なの? 働いたら負けだと思ってる教徒?」
「何だその宗教は! やりがいのある仕事なら働くわ!」
「よし、わかった」
「えっ?」
『えっ?』っていうの多くない?
「今のドーラは、特に新政府関係で人が不足してるんだよね。あんたはものわかりのいいやつだから、いずれ声かけるかもしれない」
「お、おう」
ちょっと嬉しそうですね。
いや、ドーラの人材不足は大マジで深刻なんだよ。
おゼゼもないから、人数も雇えないってことはあるけど。
「じゃーねー」
「ああ、またな」
「失礼します」
さて、もう少し散歩だ。




