第634話:世界を広げるってこと
得意技があるのはいいことなんだよ。
「乳搾り結構じゃないか。落とし穴と比べてどっちが有益だと思うんだよ。そっちの得意技が思い当たらない子。まだ出会ってないだけだぞ?」
項垂れてた子が頭を上げる。
「ぼくは……まだ出会ってない?」
「世の中に興味深いことなんて、メッチャたくさんあるんだぞ? 君の得意なこと、やってみたいことも必ずあるはずだよ。まだ出会ってないだけなんだ」
目が輝き出す。
その顔を見たかった。
「あたしがケスを評価したのは、落とし穴を作ってたからじゃないよ。完成度を買ったんだ。今回の落とし穴大会を通して、君達も狙って人を落とすのは案外難しいものだ、ってことは理解したと思う」
全員が頷く。
「ケスの落とし穴に人が吸い込まれるように落ちるのは、理由があるんだよ。とゆーのはひとまず置いといて、人と同じもので競争する必要はないんだなー。ある物事に得意な人がいたら、その人に任せておきなよ」
ちょっとざわざわしてきたね?
「君達が大人に認められたいってのはわかった。でもケスが落とし穴で認められたのは、ただの偶然だぞ? 普通に考えりゃ、落とし穴より乳搾りで褒められる確率の方がずっと高いでしょ」
「……うん」
「わかる。当たり前だ」
「偶然に頼ってちゃいけないよ」
必要なのは転がってきたチャンスをものにする実力の方だ。
ケスには実力というか、才能のきらめきがあった。
「だから落とし穴掘って、我が力を崇め奉れなんてのはナンセンスなんだなー。でも口で言っただけで納得してもらえるとも思えないので、ルカ族長に落とし穴大会を提案しました。もし課題をクリアする子がいたら、紹介してもらう予定だったのは本当だけどね」
残念そうな顔をする子達。
だから落とし穴は諦めろ。
「さて、君達は何をすべきだ? 認められて何をしたかったの?」
「えっ?」
「……外に出てみたい」
戸惑う子もいるが、答えを持ってる子もいるな。
うんうん、外に出てみたいとゆーのはよーくわかる。
あたしも同じだったから。
灰の民の村が嫌いだったわけじゃないけど、ずっと同じような生活が続くんだと思うのがたまらなく嫌だった。
「外の世界は面白い! 君達の知らないことがたくさんありまーす! でも君達を守ってくれる者もいません。身体の大きい子五人出てきてくれる?」
不安と期待の入り混じった表情で五人が出てくる。
お、ケスも大きいと思ったけど、もっと大きい子もいるじゃないか。
「今から相撲を取ってもらいます。相手はケス! 五人で一度にかかってください。さあ、勝てるかな?」
「一対五か!」
「ケスは確かに強いけど……」
盛り上がってきました!
レッツファイッ!
五人がケスをぐるりと取り囲む。
示し合わせて跳びかかろうとした時、ケスが正面の一人を素早く捕まえて投げ飛ばす。
レベルが違うもんな。
怯んだところに突っ込んで、右手左手で一人ずつ放り投げる。
残りの二人は組みつくところまで行ったけど、ジエンドだった。
「勝負あり!」
「す、すげえ!」
「ケスってこんなに強かったんか!」
ちょっとはにかんだ顔でケスが言う。
「上には上がいるんだ。おいらも姐さんには全然敵わねえ」
おーおー、子供達が尊敬の目付きになったぞ?
一人の子が挙手して発言する。
「やはり、自分を守れるくらいの強さは必要だということですか?」
「違うよ」
よーしここだ。
あたしみたいな兼業冒険者は、魔物と戦ったり悪いやつをあしらったりする力が必要だと思う。
でも頼りになる用心棒がいるなら、必ずしも自分自身が戦闘力を持ってなくてもいいのだ。
「さっきあたしの言ったこと覚えてるかな? 人と同じもので競争する必要はないんだぞ? パワーが必要ならパワー自慢に任せておきなよ」
「だから得意技……」
「その通り! 得意なことで勝負すればいい」
考え始める子供達。
いいね、考えるだけならタダだぞ?
得意なこと、できること、やってみたいことは何だ?
「で、でも僕は得意なことなんか……」
さっきの子か。
「狭い世界で自分の得意なことに出会えないのは当たり前なんだなー。君達は何をすべきか? まず、世界を広げてみようか」
「世界を広げる?」
当惑する子供達。
「ケスの話を聞いてみよう」
ケスはビックリしてるけど、ルカ族長もケスが話すのを聞きたいっぽい。
ちょっとサービスしたった。
「おいらは……精霊使いの姐さんに出会って変わったと思う。もう落とし穴には全然興味がなくなったんだ。今は商売がしたい」
「商売?」
「ケスが?」
ざわめきが子供達の間に生まれる。
「輸送隊でレイノスに行った。レイノスは商業の町だ。売れるものを売って、欲しいものを手に入れる。おいらは商売がやりたい」
欲しいものを手に入れる、という条ではかなりの賛同を得たようだ。
多くの子達が頷いていた。
「でも商売をするために、おいらには足りないものがあるんだ。読み書き計算ができないと話にならない。今、そこにいる灰の民アレクに教わっている」
もういいだろう、という目であたしを見るケス。
うん、グッジョブ。
「ケスの話に重要なヒントがあったね。読み書き計算は大事だよ」
よしよし、皆真剣だね。
「字が読めるのと読めないのとでは、得られる知識や情報の量が全然違うんだ。例えばここにレイノスの地図があります。書いてある字が読めないんだと、レイノスの大雑把な形と、通りや門がどこにあるかくらいしかわからないよね? でも字が読めるなら、総督府がここにある、西門近くには宿屋や食堂が多い、中央部は住宅街になっているんだななんてこともわかっちゃう」
ハハッ、この地図行政府がまだ総督府になってるわ。
「ケスみたいに商人志望じゃなくても、計算は必要だぞ? 世の中あんた達を誤魔化そうとする悪いやつはたくさんいるのだ。村から出て計算できなきゃ、すぐおゼゼが足りなくなるわ」
あたしを見ろ。
計算できても足りなくなるわ。
「本ってものがあるでしょ? 本は皆、すごく賢い人達によって書かれているんだよ。本を読めるだけで知識が増える。可能性が増える。それが君達の今できる、世界を広げるってことだよ」
キラキラした目になってきたじゃないか。
子供には目指すものが必要だから。
これで今日集まった子達は、読み書き計算を習いたいって気になったろう。




