第559話:潜入工作兵隊長メキスの話
「メキスさーん。こんにちはー」
「やあ、君か」
塔の村の水場にクレソンを植えてから、潜入工作兵の隊長メキスさんに会いに来た。
今日最後の用事だ。
「その後どお?」
「どうだ、見てくれ」
「すげえ!」
えらい広い範囲が畑って言えるレベルになってる!
予想以上だ。
隊員のレベル高いから、パワーがあるってことなのかな?
「ビックリしたよ! やっぱ有能だねえ」
「ハハハ、農家出身者が何人もいるからな」
こりゃ全く問題ないわ。
「帝国の兵隊さん達は農家出身者が多いの?」
「ん? まあな。長男が家と畑を継ぐと、次男以下は厄介者だ。軍に入隊する者は多い」
「じゃあ移民も農家の次男三男とかが多くなると思う?」
「移民団の主力を構成するのは間違いなくそういった連中だろうな」
「ありがたいなー。最初どうしたって農作物が足りなくなりそうだからさ。農業の経験ある人がいいや。ドーラにない作物を持ってきてくれると、さらにありがたいんだけど」
「ドーラが温暖で耕作に向いてるって話は有名なんだぞ? 帝国本土ではな」
メキスさんの『帝国本土ではな』という言葉には、少し苦みを帯びているのを感じる。
ドーラで暮らさざるを得なくなったことに関しては、まだ完全に割り切れてない感情はあるんだろうけど。
ドーラもいいところだよ。
「有名なん? ドーラの農産物って、ほとんど帝国には輸出されてないと思ったけど」
「港町レイノスしか押さえていなかった支配体制と、近海が魚人の領地であるという特殊性からだろう。陛下や政治家達も、ドーラからは魔宝玉とコショウを得られればいいと考えていたようだ。農業生産力は帝国も十分だからな」
なかなかメキスさんは詳しい。
さすがに重要どころを任せられる軍人だけあって教養もあるし、攻め込む対象であるドーラについてもかなり調べていたのだろう。
「偉い人達は来るかな?」
「移民としてか?」
「リリーは帝国でさ。皇族貴族大商人のドロドロした思惑の渦中にいるのが嫌になって、ドーラに来たみたいなんだよ。そーゆー人が他にもいるのかなーと思って」
「リリー皇女がドーラに渡っていることを知っているのは、ごく一部の人間のみだぞ? 皇族でさえ知らない者が多いくらいだ」
「え? マジか」
「リリー皇女にはまだ本土に帰る選択肢が残されているんだ」
「うんうん、わかる」
メキスさんの見解なら正しいんだろう。
リリーの意思次第か。
あたし達が縛っちゃいけないな。
「リリー皇女は非常に目立つ存在だった。矢面に立ちがちだったが、他の皇族にあれほどの個性の方はいないから、当面上流階級の移民はないのではないかな。何らかの原因で取り潰された貴族くらいか」
「ババドーンとかいう、どこぞの伯爵家の次男知ってる? 飛空艇落としたあとに、その人があたしを逮捕するーって来たんだけどさ。煙に巻いて帰したらクビになっちゃったらしくて」
顔を顰めるメキスさん。
「ドーラに来てまでババドーンの名を聞くとはな。あらゆる悪徳を圧縮して『要領』という名札を貼りつけたようなやつだ」
「おおう」
ひどい言われようだ。
どうもあの役人が嫌われるのは当然って考える人が多いみたいだな。
「任務失敗をかばう人が誰もいなくて、マジで処刑されちゃいそうって話なんだけど?」
「因果応報だ。本来その程度の任務失敗だけで処刑されるはずなどないのだから」
からかいがいのある人だったけどなー。
「ババドーンの妻の実家は商人と聞いたことがある」
「えっ? 奥さんいるの? リリーにしつこく言い寄ってたって聞いたけど?」
「まあ美貌の女性なんだろうが、平民だからな。仮にもやつはエーレンベルク筆頭伯爵家の人間だ。俗物的な上昇志向もある。正室としてリリー皇女を欲するのはわからんでもない」
あたしには貴族の常識はわからんなー。
「ババドーンが本当に処刑されるなら、伯爵家に見捨てられて庇護下にないということだ。残された一家が本土で生きづらいならば、ドーラに来ることはあるかもしれんな」
「んー? あの人はおバカだからドーラにいらないと思ったけど、家族の人達は見てみないとわかんないなー」
「変化があるとすると、陛下が崩御してからだ」
言ってすぐメキスさんが沈黙する。
皇帝崩御後の話をするなど不忠だ、という思いがあるんだろう。
しかしここは聞いておきたい。
あくまでドーラは帝国から円満独立したのだ。
帝国が混乱すると、こっちまで巻き込まれるかもしれないから。
「……揉めそうだ、って話は聞いたよ」
「君はどこでそういう話を聞くんだ?」
「山ごもりしてた時に何回か攻められたからさあ。兵隊さん達から教えてもらったの」
「捕虜から?」
「捕虜じゃないよ。ずっと捕まえてた訳じゃないし、皆帰したし」
「ほう?」
その目は珍獣を見る目だね?
「あたしも半月くらいテンケン山岳地帯にこもってたんだけど、娯楽がなくてつまんなかったから」
「娯楽ね? なるほど、君は面白い」
笑うメキスさん。
「まあ、君には話しておくか。コンスタンティヌス陛下はもう長くない」
「うお、ズバッときたね」
「六〇過ぎという御年齢もあるが、元々頑健なお身体ではないのだ。リリー皇女の出奔で気落ちされたということもある」
「……それリリーに言っちゃダメだぞ?」
「わかっているよ」
やっぱりリリーは帝国に帰ったほうがいいのかなあ?
いや、陛下が長くなくて皇族内で荒れそうだからこそ、ドーラに来たのか。
難しいことだ。
「何でメキスさんは軍人なのに宮廷の事情に詳しいの?」
「オレとオレの部下は潜入工作も行うが、本来の任務は情報収集にある。第二皇子ドミティウス殿下の発案で組織された隊だ」
マジか!
せっかくだから皇室事情も聞いとこ。
「主席執政官を務める第二皇子は、側室の子だけど能力的には優れてるって聞いたよ? 能力的に最も次代皇帝に相応しいんじゃないかって」
「傍からの評価はそうかもな」
フンと鼻を鳴らす。
あれ? メキスさんの隊が第二皇子の発案で組織されたなら、皇族の中でも関係の深い人なんでしょ?
なのにメキスさんは第二皇子をあんまり信用してないっぽい?
「抜け目ない人物であることは事実だが、性格はドライだ。オレ達潜入工作兵を切る判断を素早く下したのはドミティウス殿下だろう」
あ、恨みがあるのか。




