第505話:皇室事情を少し知った
兵士の一人がやや声を潜めて言う。
「陛下は……まだ皇太子を定めていないだろう?」
「えっ? でも皇位継承順位って決まってるんでしょ?」
リリーは二十何番目かって話だったし。
「まあな。しかし陛下の御不興を買えば、皇位の目自体がなくなるからな」
「本来なら次期皇帝のはずの皇位継承順位一位の第一皇子殿下は、線が細く病弱だ。皇帝の座は荷が重いのではという噂は、常に燻っている」
「現在主席執政官を務める第二皇子殿下は、能力的に最も次代皇帝に相応しい。が、側室の子なんだ。皇位継承順位は五位と高くない」
「第三皇子は正室の子で第一皇子に継ぐ皇位継承権を持つものの、性格が享楽的で陛下に好かれていないとも聞く」
「難しいんだねえ」
「口に出すのも憚られることだが、陛下の御寿命が……」
「おい!」
長くないらしい。
さすがに不敬なのか窘められて口を噤んでるけど、事実は変えられないんだろう。
もう命が幾許もないというのは全員の共通認識みたいだ。
傍で聞いてる分には、できる男第二皇子を皇帝陛下が皇太子に指名すりゃいいと思う。
そうできない理由があるのかな?
貴族間のパワーバランスとか?
「もっとややこしいことに、初めの皇妃様が亡くなったあとに正室に迎えられた、現在のカレンシー皇妃の皇子皇女が皆優秀なんだな。年若だがそっちを推す重臣や貴族もいる。将来お家騒動になるんじゃないかって、まことしやかに話す者もいるくらいだ」
「リリー皇女は今の皇妃様の子だったよね?」
「そうそう。両陛下に最も愛されてるって噂だな。巷では女帝でもいいんじゃないかって言われてるし」
「実際問題として女帝はあり得ないだろうな。しかしそれだけ大衆の人気があって両陛下の覚えもいいとあれば、影響力は大きい」
「皇族、貴族、大商人、皆してリリー皇女の取り合いだぜ」
「地方に逃げ出したくなる気持ちもわかるよ」
「ふーん。兵隊さん達は詳しいんだねえ」
「田舎までは情報回らないかもしれんが、皇室の事情ってのは大衆の娯楽だからな」
聞いてはいたが、リリーの立場は正直しんどい。
ドーラに出奔してきた理由もよくわかる。
あたしでも面倒なのは御免だわ。
「大変なんだなー。あたしも頑張んないと」
「ん? どうしてだい?」
「リリー皇女はライバルだから?」
兵士達が笑う。
「皆に愛されてる皇女なんだねえ」
「俺らみたいな庶民にはな」
「あっ、兵隊さん達の知らないリリー皇女の秘密、教えてあげようか?」
「何だそりゃ?」
「おっぱい割とあるんだよ」
「どうして知ってるんだ!」
「ハグしたことあるから」
全員から羨ましそうな視線いただきました。
「だけど爆弾の威力ってメッチャすごいねえ。ビックリしちゃったよ」
「ハハハ。俺達で実験しようとするなよ」
「あんた達のお仲間が村に落とそうとしてた爆弾だぞ?」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
兵士達が押し黙る。
「あ、あれだけドカドカやってて村人が一人も出てこないのは、一体どうしたことだ?」
ようやく気付いたか。
話しちゃっても構うまい。
「村人は他所へ逃がしてるんだ。もうここには住めないから」
「「「「「「「「!」」」」」」」」
「結構時間が経ってるからね。皆ほぼ散っちゃってるんで、今から追おうとしてもムダだぞ?」
あえてウソを交えて現在進行形で話したが、実際には過去形だ。
既に村人なんかいない。
ミスリードさせとけ。
「常識で考えれば当たり前でしょ。毎日みたいに国軍に攻められるこんなところで暮らそうとするなんておかしい」
「それは……」
「あたしは時間稼ぎしてるの。内緒だぞ? これ」
内緒って言われたって困るだろうけど。
「しかし、俺達は……」
「敵じゃないからね。兵隊さん達を深手だけ治して全快させないのは、そーゆー理由だよ。ケガしてりゃこれ以上ここへの攻め手には参加できないだろうし」
呆然とする兵士達。
「いや、いいんだよ。兵隊さん達は命令されただけなんでしょ? ここに攻めてくるのも何か根拠はあったんだろうから。でもあたし達には心当たりないよ? 黙ってやられるわけにはいかないから、反撃するし逃げもするってばよ」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
「全員が安全なところに潜伏できたらあたし達も消える予定なの。あのデカブツは、その後にゆっくり検分するなり跡形もなく破壊するなりすりゃいいと思うよ。ほら、わざわざ戦うのがバカバカしくなってきたでしょ?」
互いの顔を戸惑いながら見渡す兵士達。
「ならば俺達が上官に注進してもいいんだが」
「役人さんがどうなったのか忘れたのかな? 『小娘に誑かされるとは何事だ、利敵行為で軍法会議にかけろ!』って怒鳴り散らされるのがオチだぞ?」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
「余計なことすると被害を被るぞ? 何も知らないわかりませんで黙ってるが吉だよ」
葛藤する兵士達。
「あたし達はあと数日、可能であれば一〇日くらい時間が欲しいんだ。兵隊さん達はのんびり傷を癒してておくれよ」
「わ、わかった。オレ達は黙って休養すべきなんだな?」
「うん。あたしの言いたいことは話した。もう兵隊さん達と戦うのは嫌だしね」
「必ずしも戦いになるとは限らないのでは?」
「いや、そりゃ考えが甘いなー。国軍の兵士が傷つき敗走した。面子にかけても制圧しに来ることは間違いない」
「お、おう」
頷く面々。
「昨日の役人さんみたいなお間抜けな人が指揮官なら、口先で言いくるめるけどなー」
ちょっと笑いが出る。
そのほうがケガする人もいなくて楽だけどな。
しかしどうせ今日の隊長みたいな、いかにも耳を貸さない軍人が率いてくるんだろう。
「ケガした兵隊さん達には悪かったけど、今日までは遊びみたいなもんだよ。次からはあたし達もちょっと真面目にお相手する」
決然としたあたしの態度に皆が瞠目する。
「じゃ、送ってあげられないのはごめんね。気絶してたが目が覚めて、渓谷に生えてたチドメグサで下半身だけ治して帰ってきたって言い訳しときゃいいと思うよ」
「ああ、すまなかったな」
「ばいばーい」
兵士達全員と握手をし、別れる。
因果なもんだ。
話せばわかりあえるのに、状況がそれを許してくれない。
うちの子達に向き直る。
「シリアスで背中かゆくなったから、御飯食べよ?」




