第469話:帝国艦隊進発
――――――――――九四日目。
開戦四日前、徐々に緊張感が高まる日。
◇
「薙ぎ払いっ!」
今日は海の王国へ行くので、朝から本の世界でコブタマン狩りだ。
ここをお肉の世界と呼んだら、マスターのアリスは怒るかなあ?
「五トンあればいいですよね?」
「十分だね。三トンはそのまま海の王国へ持ってくから、二トン捌いておいてくれる?」
「はい」
エントランスホールまで戻って、本の世界のマスターである、帝国宮廷風クラシックドレスに身を包んだ金髪碧眼の人形に声をかける。
「おっはよー、アリス」
「おはようございます」
「本日はお日柄も良く……」
「あら、今日は凶日よ?」
「そーなの?」
あたしは吉日とか凶日とか意識したことがない。
大体毎日いい日だしな?
ところで何基準で凶日なんだろ?
「アリスの世界で凶日なの? こっちの世界で凶日なの?」
「あなたの世界のカル帝国の暦で凶日ですのよ」
「じゃああたしらドーラ人には関係ないじゃん。よかったあ」
「そ、そう?」
ドーラが帝国の植民地である事実をどっかに捨ててきたような発言に戸惑うアリス。
表情が変わるわけじゃないけどわかるんだよなー。
可愛いやつめ。
「アリスが作られた世界って、赤い瞳の人達の世界だよね? 異世界にもカレンダー上の吉日凶日ってあるの?」
ちょっと踏み込んでみたがどうだ?
突っ込み過ぎだろうか?
「あるわよ」
さらりと言い放つ金髪人形。
あれ? 『アトラスの冒険者』については教えてくれないのに、そっちの世界については教えてくれるのか?
ならば……。
「かれえの作り方について教えてくれる? そこかよ!」
「な、何なの? 一人で」
「いや、アトムの気持ちを代弁してみたの」
うちのツッコミ役はアトムだから。
でも最近流すことが多いんだよな。
サボってるんじゃないの?
もーしっかりツッコんで来なよ。
「一般の家庭料理的には、お湯にカレールーを溶かせばいいわ。好みで炒めた肉や野菜を入れるけど」
「うーん、あっちの世界ではやっぱりかれえるう入れるのが一般的な作り方なのか。あの複雑な香辛料の配合を気にせず、一発で味が決まるのは実に偉大な発明だな。こっちの世界ではかれえるうが手に入らないんだよね。代わりに香辛料は手に入ると思うんだけど、どーすりゃいいかな?」
「定義的には、多くの香辛料で味付けした煮込み料理をカレーと言うわ。手に入る香辛料を多数投入して味付けした煮込み料理またはスープならば、カレーを名乗っていいと思うけど」
なるへそ、香辛料たくさんならかれえなんだ。
いや、あたしは定義を知りたいんじゃないんだった。
バエちゃんが食べさせてくれるレベルのかれえを再現したいのだ。
「具体的には何を入れればいいかな?」
「現在一般的なカレーのルーツは、元々船乗りの作り出した保存の利く料理だったという説があるわ。それにはターメリック、ショウガ、コショウが使われていただけの単純なものだったようです」
「ほう」
たあめりっくはバエちゃんに教えてもらった、かれえの重要香辛料の一つだ。
ショウガ入れたらピリッとしておいしいこともわかっているし、お肉を入れるならコショウ入れるのも想定内だな。
「ルーは小麦粉をバターで炒めたものの総称で、主にとろみを出すために用いるわ。カレーに必須ではないけど」
必須じゃないけど、あたし達が今まで食べてたかれえには入ってたとゆーことか。
「奥が深いね」
香辛料をたくさん使えばかれえらしいが、問題はおいしいかおいしくないかなんだよな。
マニアックにし過ぎると子供舌に向かないだろうし。
やはり骨スープ&野菜ペーストにくみん、たあめりっく、こりあんだあを入れたものから試行錯誤していくのが、ドーラ風かれえの完成への道筋のようだ。
かれえの成功失敗はドーラで米を爆発的に普及させ得るかに関わるから、慎重に進めないと。
「ありがとう、アリス。戦争について何か進展あるかな? 戦争が後回しなのかよ!」
「また何なの? 一人で」
「いや、アトムがツッコんで来ないから」
うちの子達が苦笑している。
見たか、これがエンターテインメントだ。
「帝国艦隊は首都メルエルの外港タムポートを進発したわ。大型飛行軍艦は、試験飛行を兼ねて別の作戦に投入予定よ」
「別の作戦?」
「行き先はわかりませんけれども」
大型飛行軍艦はドーラ戦の秘密兵器じゃないのか?
いや、おそらく試験飛行後に来る。
どこへ試験飛行するのかということに関しては、一つ仮説がある。
アリスが持っていない情報であっても、推測は可能なのだ。
パラキアスさんに確認しておくべきだな。
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして」
「次ここに来るのは多分戦後だなー。しばらく来られなくなっちゃうけどごめんね」
「ええ、気をつけてね」
昔からあたしは『気をつけて』と言われることが多い。
無謀なことをやってるように見えるんだろうか?
いやいや、あたしは大丈夫。
「またね」
転移の玉を起動し帰宅する。
◇
「ヴィル、聞こえる?」
『聞こえるぬ!』
帰宅後、クララがうちの分を捌いてお肉にしてる間に、ヴィルと連絡を取る。
今アリスに聞いたことを報告しておかねばならない。
「今、パラキアスさんがどこにいるかわかるかな?」
『ちょっと待つぬ』
しばし待つ。
開戦が近いことはパラキアスさんももちろん承知している。
そんなにレイノスから離れたところにはいないんじゃないかと思う。
『見つけたぬ。レイノスからカラーズへ続く道の途中だぬ』
おそらく行く先は聖火教礼拝堂、ミスティさんと連絡を取るために行くのだろう。
「話しかけても大丈夫そう?」
『一人だから大丈夫だと思うぬ』
「うん、じゃあパラキアスさんに繋いで」
『わかったぬ!』
ヴィルはいい子だなー。
赤プレートを握りしめる手にやや力がこもるのを自覚する。
『パラキアスだ。ユーラシアだな?』
「そうそう、美少女精霊使いのあたし。手短にいくよ。帝国艦隊はタムポートを進発したって」
『ああ、オリオン・カーツからそういう予報は受けた。君のは確報なんだな?』
「うん。本の世界のマスター、アリスが言ってたんだ。今聞いたところ」
『では四日後には帝国艦隊はドーラに来る』
四日後には開戦かあ。
盛り上がるイベントなのに、あんまり楽しみじゃないなあ。




