第2453話:少女はライオンの夢を見ていた
――――――――――ラストエピソード:少女はライオンの夢を見ていた。
「ユー様、お昼御飯ですよ?」
おかしいな?
昼御飯前、いつもならユー様は既に食卓に着いているはずなのに。
出かけるなら声をかけていくはずだし。
外を確認すると……。
「クララか」
「カカシ、ユー様知らない?」
「ユーちゃんならそこで寝てるぜ」
収穫後の処理してない畑でユー様は寝ていた。
珍しいなあ。
生活のリズムが崩れるからと、最近は昼寝なんかしないのに。
近くではヴィルまで眠っている。
「きっと疲れたんだぜ」
「寝かせておいてあげたいところですけれども」
「何か問題があるのかい?」
「一食食べ損なった。人生における大いなる損失だって、あとから言いそうで」
「違えねえ」
アハハと笑い合う。
アトムとダンテも出てきた。
「姐御は寝ちまったのか」
「ワッツ? ベリーストレンジね?」
「今日はいい風が吹いてるからでしょうね」
薄曇りで陽射しが柔らかく、ドーラ特有の東風が心地良く感じられる。
夏の終わりでなく、秋の始まりを感じさせる日なのだ。
このまま寝かせておいてもカゼをひくことはないでしょう。
もっともユー様がカゼをひいたところなんて見たことはないけれども。
「ちょうど去年の星風の月一日だったんですよ。東の区画にチュートリアルルーム行きの、『アトラスの冒険者』の最初の転送魔法陣が設置されたのが」
暦で言えば九の月、秋の始まりの日だった。
当時私は少し不満だったのだ。
東の区画はいつかうしさんを飼うつもりだったから。
優れた技術で作られた転送魔法陣だと感心はしたけれども、邪魔だなあって思ってた。
ユー様は全然違う感想を持ってたけど。
「始まりの日の話は初めて聞くぜ」
「もっとスピーキングね」
「大したことがあったわけじゃないのよ。海岸でユー様が『地図の石板』を拾った時、こっちでは地鳴りが起きて。最初は何事かと思ったわ」
「考えてみりゃ、何で地鳴りが起きるんだろうな?」
「そういえば……」
地形が変わるわけでもないし、魔法陣の設置に特別なことがされている形跡もない。
あまり考えたことはなかったけれど。
「メイビー、アテンションね」
ダンテの言葉に頷く。
きっと正しい。
魔法陣が設置されたことに気付かせる、注意喚起の意味があったのだろう。
「その時ユー様ったら、大波を被ってびしょ濡れだったんですよ」
「ユーちゃんでもそんなことあるのかよ?」
「今じゃ考えられねえな」
ユー様は子供の頃からカンが良かったけれども、もちろん今みたいに超人的な察知力を持っていたわけじゃなかった。
「私は転送魔法陣が設置された時、余計なものができたなあと思ったの。うしさんを飼いたかったから」
「ボスはどうね?」
「転送でどこか違う場所に行けるってことに、すごく興味を示していたわ」
『地図の石板』に触れた時にある程度『アトラスの冒険者』の説明があったと、あとで聞いた。
であっても『アトラスの冒険者』なんて当時の私達には判断の根拠のない、本当かウソかわからない話ではあった。
ユー様は転送魔法陣を使ってみることを選択した。
それこそカンで。
結果的に正解の選択肢だった。
一年前のユー様と私は、自由な移動をしたかった。
魔物を倒す実力の目安としてレベルを欲していたのだ。
でも現在の私達は、レベルとは戦闘力以上に重要なものであると知っている。
「二つ目のクエスト『苔むした洞窟』でアトムに会ったのが、九日目だったわ。前衛が欲しいって話してたところだったの」
「九日目だったのか……案外遅えな?」
「最初のクエストがなかなか出なかったのよ。チュートリアルルームの大掃除したりしてたから」
「ワッツハプン?」
笑えてしまう。
確かにワッツハプンだ。
何がどうして大掃除になったんだろう?
「ユー様はイシンバエワさんとしっかりコミュニケーションを取ることが重要と考えていたみたいで」
「大正解じゃねえか。最後の最後までバエの姉貴からの情報は必要だったぜ」
「さすがユーちゃんだな」
最初ユー様と私には必要最小限の情報すらなかった。
だからチュートリアルルームで情報収集するのは必須だった。
でもユー様はギルドでより重要な情報を得られるようになってからも、定期的にチュートリアルルームのイシンバエワさんを訪ねた。
『アトラスの冒険者』を最適の条件で終わらせるために必要なことだと、今ならわかる。
けれどもあの時そんなことがわかるはずもなかった。
ユー様はすごい。
「ギルドに行ってダンテと合流したのが一三日目ね。レベルが上がれば魔法による全体攻撃ができるようになるでしょう?」
「ああ、あの段階であっしらは必ず強いパーティーになるって確信したぜ」
「バット、ミーは『実りある経験』と『豊穣祈念』ばかりね」
アハハと笑い合う。
ダンテが三属性を使える強力な魔法使いとして、余すところなくその実力を発揮する機会などほとんどなかったからだ。
ユー様は意外と慎重なので、偶発的なケースを除いて強い魔法を連発しなければいけなかったり、マジックポイント切れを起こすかもしれないような事態を好まないのだ。
冒険者としてのうちのパーティーが、アイテムを手に入れるための探索特化型だったことにも原因があると思う。
にも拘らずユー様は、ダンテに時々極大魔法『デトネートストライク』を使う機会を提供していた。
『デトネートストライク』こそ、滅多に使う場面のある魔法じゃないはずなのだけれども。
きっとダンテに活躍の機会を与えてやろうと、気を使っていたに違いない。
「バイザウェイ、ランチはどうするね?」
「姐御の分は残して食べちまおうぜ」
「ええ」
ユー様が幸せそうな顔をしている。
いい夢を見ているのかな?
『アトラスの冒険者』として世界各地を飛び回った総決算の夢を。
それとも世界の王に相応しい壮大な……ユー様にとって都合のいい未来の夢を。
もう少し寝かせてあげたいな。
ユー様はこの一年間ずっと走り続け、誰にもマネできない偉業を成し遂げてきたのだから。
カカシが言う。
「いいから飯食ってこいよ。ユーちゃんはオイラが見てるぜ」
「じゃあ、お願いね」
振り返った時、ユー様が寝返りを打った。
寝言かしら?
「……まずそう」
少女はライオンの夢を見ていた。
このラストシーンはヘミングウェイ『老人と海』のオマージュですね。
この最終話がクララの一人称で書かれていて、最後の一文だけ三人称なのはわざとです。
ラストが印象的になるかなあと思いまして。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




