第2422話:伝説ロードは続く
「御主人!」
「ユーちゃああああああん!」
「おおう」
チュートリアルルームに行ったら、ヴィルとバエちゃんが飛びついてきた。
これは初めてのパターンだな。
取り乱すバエちゃん。
「変なのおかしいの! 連絡が取れないの!」
「向こうの世界とでしょ? 知ってる。だから助けに来たんだよ」
「ユーちゃああああああん!」
「何なんだもー。とにかく落ち着け」
「落ち着くんだぬ!」
ギャアギャア泣いてるとヴィルが嫌がるわ。
バエちゃんの背中をさすってやる。
「はあ、落ち着いた」
「早いね」
バエちゃんは案外適応力があるよな。
魔物肉を最初っからおいしいおいしいって食べてたり、初めてヴィルに会った時にぎゅーしてたことからわかってたけど。
「聞きたいことがあったら答えようじゃないか」
「困ってるの。通信に全然反応がなくて。転送魔法陣も消えちゃって」
「あれ? チュートリアルルームにも転送魔法陣があったのか。知らなかったよ」
「非常用のものがね。どういうこと? ユーちゃんは何を知ってるの?」
「そっちの世界の細かい事情は知らんけど、大雑把な成り行きは知ってると思う」
バエちゃん首かしげてら。
ふつーに考えると、あたしがチュートリアルルームの機材が動かないことを知ってるのっておかしいもんな。
「今日って確か、シスター・エンジェルが娘さんを取り戻しにそちらの世界へ攻め込む日よね?」
「うん。こっち決着ついたからバエちゃんの様子を見にきたんだよ」
「どうなったの?」
「あたし達の完全勝利だ! 攻めてきた人員を全員捕まえたから、今後はこっちの世界で暮らしてもらうよ」
「おかしくない? 全員帰る手段くらい持っているでしょう?」
いよいよこの説明か。
緊張するなあ。
「帰れないんだ。エンジェルさんの侵攻に合わせてあたしが『アガルタ』に逆侵攻した。で、『アークセコイア』壊しちゃった」
「……えっ?」
「ごめんよ。チュートリアルルームの通信やバエちゃんの転移の玉が使えなくなったのもそれが原因」
茫然自失状態、しかしすぐ立ち直るバエちゃん。
メンタルが強いなあ。
「……そう、か。ユーちゃんは確か、管理者用の転送魔法陣を持ってたから」
「そゆこと。あたしは精霊使いエルのこっちの世界での生活を守りたかった。エルが望んだことだし、エルはあたしの友達だから」
「シスター・エンジェルと娘さんはそちらの世界で暮らすことになるのね?」
「うん。バエちゃんとこの世界から来た二〇人全員に、もう帰れないって言い聞かせた。心の中まで割り切れてるかどうかはわかんないけど、さすがに『アトラスの冒険者』本部の人達だね。切り替えは早い。こっちで暮らしていこうと考えをシフトしたよ」
「ビーコン原器を復元したとしても、遠隔じゃ転移の玉と紐付けできないから無意味ね。ああ、もう亜空間超越移動は禁止されるのだったわ」
『アガルタ』内での転移転送は続くんだろうが。
「……『アークセコイア』は絶対に破壊できないって説明を受けてたんだけど」
「人間の作ったものに攻略法がないなんてことはないと思うよ。うちのパーティーが『アークセコイア』を壊せたのは、たまたま条件が揃ってただけだけどね」
「『アガルタ』は……」
バエちゃんが『アガルタ』と口にしたのは初めてだ。
おそらくチュートリアルルーム係員として言ってはいけない言葉だから。
「『アガルタ』の平和は続くのね?」
「エルの『アガルタ』帰還が実現してたら絶対に大揉めしたと思う。でも混乱する要因がなくなったから、少なくとも旧王族派が勢いを盛り返すということはないな」
「よかった」
「あたしが攻め込んだことに関して、誰かが責任取んなきゃいけないだろうね。『アガルタ』に帰れない所長のエンジェルさんが、全部押しつけられちゃうんじゃないの?」
しばしの沈黙。
もう『アガルタ』へ帰れないことに関して、バエちゃんはどう思っているだろうか?
「怒ってる?」
「えっ? 何が?」
「あたしのせいでバエちゃん、『アガルタ』に帰れなくなっちゃったからさ」
首を振るバエちゃん。
「人生、ままならないことはあるものね。ユーちゃんだって同じでしょう? いきなり『アトラスの冒険者』にさせられて、史上最も優れた冒険者だって本部で評価されるほど頑張ってたのに、一年も経たない内に廃止だし」
「あたしが本部に高い評価されてたとは知らなかったよ。でも今では最悪の『アトラスの冒険者』って言われてそう」
「最悪だぬ!」
アハハと笑い合う。
よしよし、ヴィルいい子。
「シスター・エンジェルは娘さんと一緒で幸せ、『アガルタ』の民も政争からの混乱に巻き込まれずに幸せ。ユーちゃんのやってたことは一番皆の幸せに沿うことだと思うの」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今回最も割を食ってるのはバエちゃんなんだよ」
無乳エンジェルとともにこっちの世界に攻めてきた人達はそれなりのリスクを負ってしかるべき。
でもバエちゃんは何もしていない。
ただ『アガルタ』の優れた知識や技術を持っている人をなるべくたくさん仲間にしたい、というあたしの我が儘に巻き込まれただけだ。
あたしにはバエちゃんの今後に対して責任がある。
「『アークセコイア』がなくなって向こうの世界は何もできない。おまけに『アガルタ』ではあたしが攻め込んだことで、亜空間超越移動は危険だから今後も絶対禁止ってことになるはず。バエちゃんやこっちに攻め込んだ人員に助けが来ることはないんだ」
「そうね」
「バエちゃんもこっちのお肉たくさんの世界へおいで」
「あれ? とっても楽しそうね」
「とっても楽しそうなんだぬ!」
「楽しいか楽しくないかなんて心の持ちようだとゆーのに。あたしがバエちゃんに幸せな未来を約束しよう。とりあえず今晩はうちに泊まりなよ」
「うん、ありがとう」
「百獣の王のポーズ!」
「がーおーぬ!」
「アハハ、何それ?」
バエちゃんの笑窪はキュートだな。
『アトラスの冒険者』と異世界『アガルタ』を巡る騒動には、あたしがベストと信じる落とし前をつけた。
これからは異世界関係なく、あたし達だけで世界を発展させていかなくちゃならない。
理想とする世界の実現のために。
愛する『ユーラシア』のために。
世界の王たるあたしの伝説ロードは、まだまだ続くのだ!
連続したストーリーとしては本話で終了です。
次話からはエンディングエピソードと称して伏線の回収に入ります。
最終話の真のエンディングまで、もう30話ほどお付き合いくださいませ。




