第2419話:ユーラシアのリベンジスマイル
連絡を受けた同僚が言う。
「外部に逃げられたんだそうだ」
「外へ? ……精霊使いユーラシアは何しに『アガルタ』へ来たんだ?」
「さあ? 観光じゃないのか?」
観光という答えは、もちろん同僚の気のないジョークだった。
が、同時に案外的を射ているかもしれないという気もしていた。
ユーラシアほどの少女なら、『アガルタ』の存在を知れば好奇心を押さえられず来てみたいと考えてもおかしくない。
『アトラスの冒険者』が廃止されると知っていればなおさらだ。
しかしオレ達はユーラシアを甘く見ていた。
「外に逃げられたのでは、しばらく捕まらないだろうな」
「ユーラシアは食べ物に関して強い興味を示す、ってレポートを読んだことあるぞ? 料理屋で張ってりゃ会えるんじゃないか?」
「ハハッ、かもしれん」
「おい、あれじゃないか?」
「ん?」
『アークセコイア』の監視モニターに一人の少女が映っている。
精霊使いユーラシアだ。
配下の精霊も高位魔族もいるから間違いない。
近いし絶好の角度じゃないか。
オレは立場もわきまえず興奮してしまった。
可愛らしいが、それ以上にモニター越しでさえ伝わる生命力の旺盛さが印象に残る。
落ち着き払った堂々とした仕草は、風に揺らめくクセっ毛を王冠のように見せていた。
「なるほど。『アークセコイア』は『アガルタ』で一番高い建物だものな。興味もあるか」
「ミラージュフィールド起動しました!」
「「「「えっ?」」」」
ミラージュフィールドは、『アークセコイア』への攻撃を感知すると自動で起動する絶対回避システムだ。
ユーラシアが『アークセコイア』を攻撃しようとしている?
何故?
合理主義者でムダなことはしないって触れ込みじゃなかったか?
「おお、すごい。見てみろよ」
「魔法だな」
ユーラシア配下のオレンジ色の髪の精霊が魔法を発動しているらしい。
見たこともないような魔力凝縮の光だ。
相当な威力の攻撃魔法なのではないか?
しかし……。
「ユーラシアはどうして『アークセコイア』を攻撃しようとしているんだ?」
「サッパリわからんな。まあミラージュフィールドは外部からの攻撃に対して無敵だから」
『アークセコイア』は『アガルタ』の繁栄の象徴であるとともに、転移転送に関するビーコンが置かれている。
厳密に言うとビーコンの原器だ。
実際の転移転送先は亜空間超越移動ステーション内部にある。
「ひょっとすると『アークセコイア』が無敵であることを知ってて、腕試ししようとしているのかもな」
腕試しという推測は当たっているような気がした。
ミラージュフィールドは攻撃を感知すると、建造物ごと場所を転移させるシステムだ。
そのため『アークセコイア』には広大な敷地が割り当てられている。
だがユーラシアは想像以上に恐ろしい少女だった。
「ミラージュフィールド、効果ありません!」
「何だと! 起動しているんだろう?」
「もちろんですよ!」
効果がないってどういうことだ?
ミラージュフィールドシステムに故障か欠陥があるのか?
まさかユーラシアはシステムの穴まで知っていて、『アークセコイア』の破壊を目論んだ?
「魔法が撃たれる!」
凶悪で強大な魔力塊が、迷い子の様に立ちつくす『アークセコイア』に迫る。
オレ達にはなす術がなく、ただ光が炸裂し『アークセコイア』が粉微塵に吹き飛ぶのを見ているしかなかった。
何て破壊力だ。
「……壊滅です」
「……見たままの報告ありがとう。ビーコン原器は?」
「反応ありません。完全に破壊されたものと思われます」
帰還の基点となるビーコンが壊されてしまっては、今朝遠征に出た『アトラスの冒険者』のエンジェル所長はどうなるんだ?
帰ってこられない?
重大な事件だ!
「エンジェル所長以下二〇名が既に帰還しているか確認しろ! 急げ!」
「はい!」
「もっとヤバい問題がある」
「何だ?」
「ユーラシアがこのまま居座って暴れたらどうするんだ? 『アガルタ』存亡の危機だ!」
その意味が浸透していくに連れ、血の気が引く。
あの魔法を連発されたら、『アガルタ』など一時間で廃墟になってしまう!
「な、何だ?」
ユーラシアの顔が近付く。
監視モニターの存在に気付いていたのか。
「何か喋っている?」
ユーラシアの唇が動いている。
残念ながら監視モニターは音声を送れず、オレや同僚はもちろん読唇術の心得なんかない。
しかしユーラシアが何を言っているかハッキリ聞き取れた気がした。
『『ユーラシア』に手を出すな。やったらやられる。当たり前だぞ? にこっ』
凄惨な笑みを見せる少女に肝が冷える。
夢に見そうだ。
モニターを見ていた全員が警告であることを理解した。
「報復か。エンジェル所長が『ユーラシア』に侵攻したことに対する?」
「おそらくは」
精霊使いユーラシアがどこまで知っていたかはわからない。
しかし『アークセコイア』が無人であることは知っていたんじゃないか?
ショッキングな映像だったが、死者は出さないという意思を感じた気がした。
「ではユーラシアの暴威もここまでで、戻るつもりか?」
「そう思いたいものだな」
「ビーコン原器が失われたんだぞ? 全ての転移転送は停止する。ユーラシア自身はどうやって帰還するつもりなんだ?」
『アークセコイア』が失われたら、転移の玉が使用できなくなることを理解してないんじゃないか?
いや、『アトラスの冒険者』が『アガルタ』に来るためには、転移の玉を持っていてはいけないはず。
ならばあの破壊の権化は『アガルタ』に居座るつもりなのか?
「どうするよ。あっ?」
消えた。
転移か?
どうやら『アトラスの冒険者』に頼らない転移転送のシステムを持っているらしい。
◇
「……とまあ、オレの言えることは以上だね。同僚も同じだと思う」
『アガルタ』の許した初めての異世界からの来攻は、『ユーラシアのリベンジスマイル』として人々の心に深く刻み込まれた。
エンジェル所長の『ユーラシア』侵攻と合わせて死傷者ゼロ、『ユーラシア』他からの未帰還者二一名と記録された。
転移によりモニター画面から消えたのは、精霊使いユーラシアと配下の精霊三人、高位魔族一人だった。
ユーラシアの『アガルタ』到着時にはもう一人高位魔族がいたのだが、帰還した人数と合わないことに気付く者はいなかった。




