第2418話:どっちが悪党かわかりゃしない
――――――――――事件当時の魔法陣監視番だった警備員二人の証言。
「いや、誰だよって思ったんだ。初めは」
それはそうだろう。
亜空間を隔てた異世界『ユーラシア』の少女と、ノーマル人以外の連れが数人。
亜空間超越移動するにしては、これ以上なくおかしな取り合わせだから。
「あれが有名な精霊使いユーラシアだったのか。なるほどって感じだね」
「存在感があるというか、説得力が半端なかった」
「やたらとフレンドリーに話しかけてきたから、敵だなんて思わなかったんだ」
「うむ、エンジェル所長が『ユーラシア』に行っていて、そのバーターで来てると言われた。普通に信じてしまったものな。あまりにも緊張感がなかった」
精霊使いユーラシア。
一〇〇年以上前に『アガルタ』を支配していた暴虐な王族を追放した異世界の呼称と、同じ名前を持つ少女。
在任一年にも満たずしてレベル一五〇に達した、『アトラスの冒険者』史上最も輝かしい成果と言われている。
亜空間超越移動ステーションで、名前だけはよく知られている存在なのだ。
『アトラスの冒険者』を潰すのは惜しいと、幾人もに言わせたものであったが、今日の所業は……。
「可愛い子ちゃんだったね」
「確かに。好奇心旺盛で生命力に溢れていて」
「随分と『アガルタ』の事情にも通じてたようだよ」
「それだ。どこから情報を仕入れてたんだろうな?」
『アトラスの冒険者』と『アガルタ』との接点などチュートリアルルームにしかない。
係員から情報が漏れたのだろう。
重大な職務規定違反だ。
しかしチュートリアルルーム詰めになっている者が、リアルタイムの『アガルタ』情勢に通じているなど、あり得るのだろうか?
現在のチュートリアルルーム係員は何と言ったか。
問い質さねばならないところだが、永久にそれは不可能となってしまった。
「ユーラシアちゃんが言ってたよ。エンジェル所長の娘さんはメッチャ美少女でレベル四〇超えで『精霊使い』『イージーマギ』『運命の申し子』っていう三つの固有能力持ちだって。本当なのかい?」
レベルについては正確な情報がないからわからないが、三つの固有能力持ちだということは本当だ。
精霊使いユーラシアは所長の娘についても詳しいのか?
「親交があるのではないかな。髪色等も知っていたぞ」
「その後すぐに眠らされちゃったから、どの程度所長の娘さんのことを知ってるのかはわからないけどさ」
「うむ。俺達が目を覚ましたのは事後だからな。『アークセコイア』が破壊されたと聞いて驚いた」
「まさかねえ。喋ってた時はそんな素振りなんかなかったよ」
「悪い印象は全く受けなかったな」
精霊使いユーラシアは他人を誑し込む能力に長けているのだろう、と推測はされていた。
しかし実際に相対して攻撃を受け、気絶させられた者が悪印象を受けないほどとは。
「それよりユーラシアちゃんが言ってたことが気になる。所長の娘さんがもし帰ってきたら、王党派が熱狂的に持ち上げるに決まってるから政権がひっくり返るだろうって。これの真偽は?」
「俺も気になる。政府には説明責任があるんじゃないか?」
言葉に詰まる。
あながち虚偽とも言い切れないからだ。
いや、固有能力三つ持ちのレベル四〇超え美少女が本当なら、『アガルタ』帰還で絶対にセンセーショナルなことになる。
今回精霊使いユーラシアに『アガルタ』侵攻を許してしまった失態も含めて、王党派に支持が集まることは想像に難くない。
本当に政権交代が実現するのかはさておき、『アガルタ』を揺るがす一大事になることは間違いない。
「おいおい、マジであり得ることなのかよ。じゃあ何で所長の娘さんを取り返せってことになったんだ? 所長の我が儘じゃないんだろう?」
「理屈に合わんことだ。ユーラシアは所長の娘を『ユーラシア』に今のまま置いておけばいい、というニュアンスだったぞ? 向こうが納得してるなら、取り返せという一方的な結論になったのはおかしい。何故だ?」
これも口に出せない。
神の意向だなんて言ったら、頭がおかしい扱いされかねない。
「はあ、随分と秘密が多いんだな。ユーラシアちゃんはもっとずっとオープンに話してくれたぜ?」
「まったくだ。どちらが悪党かわかりゃしない」
事情聴取しているのは私なのに、どうして責められているんだろう?
「未帰還者を除けば、一番被害を受けたのはオレ達か」
「ハハッ、よく寝ちゃったぜ。ユーラシアちゃんのしたことは許されないのかもしれないけどさ。『アガルタ』のことを考えてしてくれたんだと思うよ」
◇
――――――――――事件当時、『アガルタ』で最も高い建造物『アークセコイア』を監視していた男はかく語りき。
「何の連絡だ?」
「さっきの警報に関してだ。侵入者の身元が判明した」
「そうか」
亜空間超越移動ステーション全体に鳴り響いた警報は、ここ転送ビーコン課にまで届いていた。
火事かと勘違いして慌てたものの、どうやら異世界からの侵入者と聞いて驚いていたところだ。
今まで『ユーラシア』から現地人の転送を許した事例は一度もなかったから。
「やはり『アトラスの冒険者』か?」
「ああ」
「だろうなあ」
侵入者は転送魔法陣を使い、やって来たそうだ。
ならば『アトラスの冒険者』しか可能性がない。
『アガルタ』行きの転送魔法陣には使用制限があるから。
「ユーラシアだ」
「いや、『ユーラシア』からなんてわかってるよ」
「そうでなくて、侵入者の名がだ」
「ほお? あの有名な」
「侵入者は一人じゃないんだろう? 配下の精霊を引き連れて?」
「精霊と悪魔を連れてきたらしい」
「精霊と悪魔か。見てみたかったな」
この時はのん気に構えていた。
ステーション内に異分子の侵入を許したのは警備員の責任だ。
オレ達には関係がないと考えていたから。
「で、ユーラシアは何しに『アガルタ』へ来たんだ?」
「さあ?」
「まだ白状しないのか?」
「いや、捕まってないんだ」
思わず瞠目した。
身元が判明したと言っていたから、既に捕えられているものかと思っていた。
そりゃレベル一五〇の者を捕えるのは大変だろう。
しかし知恵と技術があれば罠に追い込むのは難しくないし、セキュリティの厳重なステーション内にはその手の仕掛けもいくつかあるから。




