第2416話:亜空間超越移動ステーション
「ついにこの魔法陣を使うことになったかー」
「武者震いするでやすぜ」
我が家の東の区画には三一個の転送魔法陣が並んでいる。
考えてみりゃまだ『アトラスの冒険者』になって一年も経ってないのに、すごい数だと思う。
何十年も冒険者してるマウ爺の持つ魔法陣の数と、大して変わんないってのは正直ビックリ。
それだけあたしがよく働き、聖女としての恩恵が各所に施されていると考えると気分がいい。
大変に密度の高い一年間だったと言えよう。
「メイビー、ボスがコンビニエントなことをシンクしているね」
「まあそう言わんと。感慨に耽っているんだよ」
バアルのお宝から出た『地図の石板』で設置された、バアルでさえも詳細を知らない一八番目の転送魔法陣。
ほこら守りの村のマーシャによると最後であるという、バエちゃんによれば管理者用で間違いないだろうという魔法陣だ。
「緊張しますね」
「まあね。あたしの小さな胸が押し潰されそうだわ」
「ウソである。真実なのは胸が小さいところだけである」
「おいこらバアル! 部分的に切り取って拾うな!」
「見過ごせないエンターテインメントだぬ!」
アハハと笑い合う。
よしよし、うちの子達の気持ちもほぐれたかな?
うちのパーティーに緊張は似合わんわ。
「そろそろ行くぞー。準備はいいかな?」
「いいです」
「いいでやす」
「いいね」
「いいだぬ!」
「いいである」
一八番目の転送魔法陣に足を踏み入れる。
転移の玉を持たないで転送魔法陣に入るのは、一番最初にチュートリアルルームに行った時以来か。
懐かしさが押し寄せるなあ。
魔法陣から立ち上る光が強くなり、フイィィーンという小さくやや高い音を発し始めた。
同時に頭の中に事務的な声が響く。
『亜空間超越移動ステーションに転送いたします。よろしいですか?』
「おおう、亜空間超越移動ステーションか。それっぽい名前キタ! この転送先は『アガルタ』にあるのかな?」
『そうです』
よし、間違いない。
第一関門クリアだ。
この魔法陣から転送で現着すれば、少なくとも異世界『アガルタ』の神様とステーションを管理する人に、亜空間超越移動の危険さを印象付けることができる。
亜空間超越移動が即時廃止になる可能性が濃厚だ。
「転送よろしく!」
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
ここが異世界か。
どうやらデカい建物の中のようだ。
印象としては冷たいというか無機的というか、倉庫みたいな感じがする。
チュートリアルルームと雰囲気が似ているな。
『アガルタ』の人のセンスなのかしらん?
おっと、足元にも魔法陣があるわ。
戻し転送されてはかなわん。
さっさと外に出る。
「何だ、君達は?」
見張りが二人か。
ふむ、制服がなかなか機能的で格好いい。
あたし達を警戒しているというより、精霊やら悪魔やらがゾロゾロいるから、混乱しているっぽい。
ならば情報を与えてやるべし。
「あたしは『ユーラシア』の『アトラスの冒険者』だよ。連れているのはうちの子達。ここは『アガルタ』の亜空間超越移動ステーションでいいかな?」
「え? まあそうだが」
あたしが『アガルタ』って言葉を使ってるのに、特に変化は見られない。
ならば直接『アトラスの冒険者』のメンバーに接する職員にだけ、使用禁止用語にしているんだろうな。
「『アトラスの冒険者』の本部所長エンジェルさんって知ってる?」
「それはもちろん。上司だしな」
「最近各方面から集中砲火で気の毒なのだ。必ずしも所長が悪いわけではないのに」
「薄い胸がさらに抉れてしまうねえ」
アハハと笑い合う。
よーし、あたしのペースだ。
無乳エンジェルもまさかこんなところでおっぱいを口撃されてるとは思うまい。
「警備員さん達はどこまで知ってるかな? エンジェルさんには旧王族の血を引く娘がいて、その娘は今『ユーラシア』にいるんだ」
「聞いている。何故『ユーラシア』にいるのかは調査が進んでないらしいが」
「あっ、ごめんね。それは偶然なんだ。『ユーラシア』の術者が召喚しちゃったの」
これバエちゃんに話したんだけどな。
話が伝わってなかったか、それとも裏付けが取れてないから公にはされていないとゆーことかな?
「今日エンジェルさんは、『ユーラシア』に娘を取り戻しに行ってるじゃん?」
「よく知っているね」
「そりゃ知ってるよ。バーターであたし達がこっちに来てるんだもん」
自信満々に言い切ったった。
よーく考えりゃあり得ないことだけれども、何となくそうかも? って気になっちゃってるだろ。
これが美少女聖女パワーです。
……うちの子達がさりげなく周りを観察している。
よし、あたしはもう少し時間を稼ぎゃいいな。
「エンジェルさんの娘は人形みたいに可愛い子だよ」
「そうなのかい?」
「うん。髪色はエンジェルさんと同じ薄い紫でさ。『アガルタ』ではどう報道されてるのかな? そこが知りたいの」
「所長の娘か……。悪魔の娘って言われているが、一部からは救世主とも呼ばれている」
「報道の煽り合いがエスカレートしちゃってるんだ。娘さんの実体はほとんど知られてないのに」
予想通りだ。
実際のエルを知られると不都合だから、情報統制してるんだろう。
「うーん、あたしは『アガルタ』の事情もある程度聞いてるんだけどさ。実際にエンジェルさんの娘がこっちに連れ戻されたら、えらいことになると思うぞ?」
「ん? その根拠は?」
「メッチャ美少女でレベル四〇超えで『精霊使い』『イージーマギ』『運命の申し子』っていう三つの固有能力持ちだもん」
「レベル四〇超えだって?」
「固有能力三つ持ち? 考えられない……」
衝撃受けてるけど事実なのだ。
『アガルタ』では固有能力複数持ちを忌む人もいるそうだけど。
「そんな子、旧王族を支持するグループが熱狂的に持ち上げるに決まってるじゃん。悲劇のプリンセスだーって世論呑み込んでブームになったら、政権がひっくり返っちゃう」
「一〇〇年続いた政権が? まさか……」
「その一〇〇年続いた政権は、プリンセスの扱いが悪かったって、評価をガクンと落とすのだ」
顔色が変わる二人。
だからエルはこっち戻っちゃダメなんだって。
『ビビービビービビービビー!』
「ん? 警報か?」
バレたか。
誤魔化し続けられるとは思ってなかったが。




