第2413話:悪人の思考法、聖女の思考法
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「あたしは派手な事件が好きなんだけどさ。地道な根回しみたいのも嫌いじゃないとゆーか、悪巧み感がハートに刺さるとゆーか」
『そっちが本性なんじゃないか?』
「そーなのかなあ?」
だからパラキアスさんに似てるの気が合うの言われるのかなあ?
あたしはパラキアスさんほど悪くないとゆーのが個人の感想です。
『聖女は謹んで返上しなさい』
「ええ? やだ!」
聖女返上などという、あたしのアイデンティティに関わる事態に発展してしまった。
サイナスさんは何と恐れ多いことを言うのだ。
『いよいよ明日なんだろう? ユーラシアの待ちに待ったイベントは』
「いよいよなんだよ。あたしを『アトラスの冒険者』にしてくれてありがとう! この一年間の感謝を込めてぶちかまします! っていう集大成の日になりそう」
『君がぶちかますって言うと怖いなあ。ほどほどにしておけよ?』
「あらいけず。あたしはいつも程度をわきまえているとゆーのに」
周りの状況や振られるシチュエーションがエンターテインメントなだけだとゆーのに。
笑いの神様かエンタメの神様か知らんけど、いつも大変感謝してます。
『今日の面白話は?』
「サイナスさんまでイシュトバーンさんみたいな言い方するようになったか。いや、今日はあんまり予定入れてなくて」
『ん? 何故だい? 明日決戦で、後始末もあるんだろう? 今日こそエンターテインメントを満喫しているものかと思ったよ』
「そーゆー考え方もあったか。明日攻めるぞーって臭わせといて、今日攻めてくることもあり得るかなと考えてたんだ。何度か塔の村の様子見にいってた」
『悪人の思考法だなあ』
「聖女の思考法だとゆーのに」
まったくあたしのことを何だと思っているのだ。
超絶美少女聖女精霊使いのユーラシアさんだぞ?
どーも美少女聖女という言葉は、モソモソするとゆーか女が前面に出過ぎているとゆーか。
もう一つ語呂が気に入らんなあ。
「まーデス爺が少々お疲れだったね。ゴーストアイドルのライブの準備が重なってるじゃん?」
『心配だな』
「デス爺自身が動いてるわけじゃないんだけどさ。世の中には気疲れとゆー症状があるらしいんで、それかなと思ってる」
『ああ、ユーラシアは気疲れとは無縁だろうな』
若干呆れの感情が入ってる気がする。
あたしは敏感だからわかるって。
『デスさんも精霊使いエルには思い入れがあるのか?』
「そりゃあるでしょ。デス爺があたしを避けてまで塔の村のダンジョンのエースにしたくらいだぞ?」
『君がデスさんの言うことを聞かないからだろ』
「あたしは他人の言うことを聞かないわけじゃないってば。ただどうでもよさそーなことは聞き流したり、自分のいいように解釈したりするだけだよ」
『デスさん、あなたの判断は的確でした』
「何でだ」
今日のサイナスさんはアグレッシブな気がする。
サイナスさんほどのヘタレで、しかもあたしから話を聞いてるだけなのに、血が高ぶるってことなんだろーか?
明日の決戦は、マジであたしの『アトラスの冒険者』としての総決算になるだろうから。
「エルを取り返しに来る異世界の連中に対する対策は、もちろん重要なんだけどさ。一方でゴーストアイドルのライブのこともバカにできないじゃん?」
『それだ。ゴーストアイドルのライブというのもよくわからないんだが』
「あたしも実はよくわかんない。初の試みだもんな。まあどのくらいウケて反省すべき点がどこにあって、帝国からの観光客を惹きつけるためにどうすればいいかを、あとで教えてくれりゃいいよ」
『ドーラの観光資源として働かせるってマジなんだな?』
「大マジだよ。ゴーストの公演なんて、世界のどこ行ったら見られるってゆーんだ。ドーラの独壇場だ」
『守銭奴感がえぐい』
「ドーラ政府にもお金を回したいんだよね。観光客を塔の村に送る仕組みをしっかり作るのと、帝国でもバッチリ宣伝するのとを引き換えに、ゴーストライブの儲けの半分を行政府のものにできないかなあ」
『どうして君は役人でもないのに、行政府のことばかり気にかけてるんだろうな?』
「そりゃあたしはドーラのスーパーヒロインだから」
ドーラはあたしの国みたいなもんだ。
ドーラをいい国にしてこちらの世界『ユーラシア』の中心に据え、世界をあたし好みに改造したい。
『アトラスの冒険者』になれたおかげで、思い通りの世界にするためのたくさんの足がかりができた。
望み通りの世界にできるかはあたしの行動力次第なのだ。
頑張るぞー。
『本当に面白話はないのかい?』
「あれ、サイナスさんの切なる願いだぞ? 異世界からこっちの世界に送り込んできてる連絡員とゆーか工作員とゆーか。ま、モブっぽい役割の人に会ったんだ。塔の村で」
『ほう? 正体を明かしてか?』
「ではなくて。愚かにもドラゴンスレイヤーソル君を抱きこんだつもりでいる人。あたしは何も知らん振りしてる美少女の役」
『喜劇だな?』
「喜劇だね。しらばっくれておっちゃん塔の村の人じゃないねとか、西域にドラゴン出ちゃったから見回ってるとか? 心当たりありそーなことを連打してやったら汗ダラダラかいてた」
『ユーラシアに睨まれるとは可哀そうに』
睨んでないわ。
ちょっとからかっただけだわ。
「面白いものを知ったよ。エルも同じなんだけど、向こうの世界の人は瞳が赤いんだ。色を隠すために、その連絡員が薄い色ガラスみたいなものを目に入れてるの。オシャレだなーと思った」
『目に? 怖いね』
「確かに。あんなもんを信用してるとは、よっぽど加工技術が発達してるんだね。大したもんだわ。それからソル君が報酬として、音を記録できる魔道具ってのをもらってた」
『へえ。興味深いね』
「いずれ帝国の魔道研究所に持ち込んで、見てもらおうかと思ってる」
『急ぐ必要はないな』
「まあね」
おそらく『アガルタ』の神様は録音の魔道具を、単発の技術で応用は利かないと考えてるんだろう。
だからこっちの世界に寄越しても構わないと考えたんじゃないかな。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日は決着の日。




