第2410話:異世界の諜報員
フイィィーンシュパパパッ。
昼食後に塔の村にやって来た。
本日三度目。
今回はヴィルを連れている。
ふむ、特に変わった様子はなし、と。
「午後になると塔のダンジョンから戻ってくる冒険者も多くなる。となると今日異世界からの襲撃はなさそーだな。やっぱり明日のゴーストアイドルライブの開催に合わせて来るつもりと決まった」
よーし、明日は本番だ!
テンション上がるなー。
「御主人、ソールがいるぬよ?」
「ソル君? ……ほんとだ。よく見つけたね」
「ソールはパワーが強いからわかるだぬ!」
「よし、ヴィル偉い!」
ぎゅっとしたろ。
なるほど、村の中心となるところからは死角になる位置だ。
遠くの建物の陰に隠れるような感じ。
ソル君アンセリともう一人、知らない中年の小男がいる。
ははーん、異世界からの連絡員だな?
あっ、別れ際か。
逃がさん。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「「「ユーラシアさん!」」」
即行で駆け寄って挨拶する。
ソル君パーティーはいいところにって顔してるし、小男は迷惑そう。
「そちらはソル君達の知り合い?」
「というほど親しいわけではないですけど、まあ知り合いみたいなものです」
「ふーん、おっちゃんは塔の村の人じゃないね」
「えっ?」
「着こなしがなかなかオシャレだよ。塔の村みたいな田舎じゃあんまり見られない」
「そ、そうかい?」
慌てて服をパタパタしてるけど、ふつーのこっちの世界の服装だわ。
ちょっとからかっただけだわ。
さて、せっかくだから情報を仕入れておくか。
「その目に入れてるアクセサリーは珍しいね。黒目が大きく見える。ちょっと感心したわ」
「こ、これは……」
おそらく赤い瞳を誤魔化すためのアイテムだ。
エルはゴーグルかけてるけど、『アガルタ』にはこんな装飾品があるんだな。
小男慌て過ぎ。
「あっ、まだ秘密なのかな? 開発中の試作品だったりする?」
「ま、まあそんなとこだ。マネされると面白くないから、黙っててくれよ」
「わかった。あたしも結構いろんなとこ行ってるけど、世界中のどこでもそんなアクセサリーは見たことないよ。完成して量産できるようになったら教えて。絶対売れるから大儲けしよう!」
「お、おう」
ハハッ、ソワソワしとるわ。
瞬きの数の多い小男が言う。
「……ユーラシアというと、あの有名な?」
「そうそう、かの有名な美少女聖女精霊使いだよ。よろしくね、にこっ」
キメ顔で固める。
何かあたしの笑顔が必殺技みたいな扱いだな。
どうやら『アトラスの冒険者』本部でも、あたしはかなり有名らしい。
気分がいいなあ。
笑いを噛み殺してセリカが聞いてくる。
遊ぶ気だな?
「ユーラシアさんはこの方、どういう人だと思います?」
「おっと、クイズか。んー商人さんかな?」
「どうして?」
「レベル二〇前後だよね。明らかに戦闘経験のあるレベルと身のこなしだけど、手が奇麗じゃん? 武器を持つ冒険者の手ではないな。魔物を倒すこともある農夫でもない。じゃあ旅商人で、魔物退治に便乗することもある人って考えるとピッタリ。合ってる?」
「ま、まあそんなとこだ」
異世界からの連絡員だろ。
わかってるとゆーのに。
強引に話を変えてくる小男。
「あんたほど名の知れた冒険者がこの小さな村に来たのは?」
「この前西域にドラゴン出ちゃってさあ。巨大魔物が湧きやすい魔力環境になってるかもしれないから、見回ってるんだよ」
知らんぷりしてドラゴンアピールだ。
あんたらが送り込んできたことはわかってるからな?
どんどん追い詰めてくれる。
「おっちゃん、汗ダラダラだねえ。今日すげー暑いもんな。もう少し影に入ろうか」
「お、おう」
「商人さんにしては手ぶらだねえ。どうして? ソル君とは商談じゃなかったんだ?」
「え? ああ、まあ……」
「ははあ、わかったぞ?」
「な、何が?」
「ゴーストアイドル『ヨモツヒラサカ四六』のファンなんでしょ? ズバリデビューライブを見過ごせないから塔の村に来た」
アンセリちょっとは笑いを堪えろ。
あんまり愉快そうにしてるからヴィルがそっちに行ったぞ。
「よ、よくわかったな」
「わかるとゆーのに。ちなみにおっちゃんはどの子のファンなの?」
「えっ、いや、あの……箱推しで」
「箱推し?」
「グループ全体のファンって意味だ」
「専門用語キター!」
ソル君までヒクヒクしだしたぞ?
あたしももうちょっと楽しみたいから我慢しててよ。
「おっちゃんがヨモツヒラサカの大ファンだということは理解した。一人で来たの?」
「いや、五人で」
「そーかー。全員男?」
「そうだ」
「アイドルもいいけど入れ込み過ぎないでよ? 奥さんに怒られるぞ?」
「ほどほどにしておくよ。そろそろいいか?」
『五人』も『全員男』も極めてナチュラルに出てきた。
でまかせじゃないな。
ま、こんなところで解放してやるか。
「おっちゃん旅商人なら、ヨモツヒラサカをあちこちに広めといてよ。ゴーストアイドルなんてメッチャ珍しいからさ。ドーラのキラーコンテンツにしようと思ってるんだ」
「おう、わかったぜ」
「引き止めちゃって悪かったね。お仲間さんにもよろしく」
「ああ、あばよ」
去っていく小男。
聞こえなくなっただろう頃合いで指示を出す。
「ヴィル、見つからないように今の人を尾行してくれる?」
「了解だぬ!」
掻き消えるヴィル。
実にいい子だな。
「何あれ? 異世界からの連絡員でしょ? わかりやす過ぎるんだけど」
「オレ達に接触してくるのは彼一人なんですよ」
「ふーん。とすると……」
こっちで諜報活動している者は少ない。
おそらく人数をかけると悪目立ちするからだろう。
ひょっとすると今の小男だけかもしれないな。
では五人というのは……。
「御主人!」
「よーし、ヴィルぎゅー」
ヴィルが帰ってきた。
アンセリも含めてぎゅー。
「今の男は、見えなくなったところですぐどこかに転移したぬよ?」
「そーだったか。誰にも接触しないなら、ソロで動いてるのかもな」
「ユーラシアさん。他に何か察したことはありますか?」
「さっきの『五人』も『全員男』ってのも、いい加減に出てきた言葉じゃないよ。連絡員諜報員が五人いるのか、あるいは明日、今の人含めた五人で行動するのかってことだと思う」
ソル君が考えながら言う。
「五人単位で行動するのかもしれませんね」




