第2409話:エルの笑顔も戻るから
フイィィーンシュパパパッ。
警戒のために再び塔の村にやって来た。
先ほどと雰囲気に変化はないな。
異変はなし、と。
さて、エルはどこかな?
食堂へ。
「あっ、チャラ男。久しぶり」
「おっと、ウルトラチャーミングビューティーか。相変わらずキュートだね」
「相変わらずってところがその通りだなー。満開ビューティーなあたし」
「ハハッ、自分で言うんだな」
どんどんアピールしていくスタイルなんだよ。
チャラ男の名はケン。
ピンクのモジャ髪にして『外交官』の固有能力持ち。
パラキアスさんの手下で、塔のダンジョンの初心者ガイド的なこともしている。
考えてみりゃこいつは塔の村の結構な功労者だよな。
「リスと朝食?」
「ああ。この時間だと比較的すいてるから」
「なるほど。リスって木の実以外だと何食べるの?」
「穀物や刺激の少ない野菜だな。昆虫も食べるよ。柔らかい幼虫は比較的好みだね」
「へー」
ケンの飼ってるリスが何か寄越せっておねだりしてくるけど、あんたが食べそーなもの何も持ってないや。
ごめんよ。
「ところでエル来なかった?」
「つい今しがた出て行ったところだよ」
「しまったな。ダンジョンに入っちゃったか」
「いや、もし君が来たら、パワーカード屋にいると伝えてくれと」
なるほど、考えたな。
あそこならあんまり人が来ないから、込み入った話もできる。
モジャ髪がため息を吐きながら言う。
「最近愛しのエルが冷たいんだ」
「構い過ぎたんじゃないの? 女の子はポリープな生き物なんだ」
「……ひょっとしてナイーブ?」
「そーだ、ナイーブだ。ポリープじゃなかった」
アハハ、ちょいウケだったか。
「いや、オレにだけそっけないわけじゃないんだ。ウルトラチャーミングビューティーは原因を知らないか?」
「知ってる」
内緒話モード発動。
「異世界の事情が絡んでるんだ。パラキアスさんも知ってる」
「異世界の事情? ……愛しのエルがプリンセスだという?」
「そう、その関係」
「……つまり異世界がプリンセスを取り返しに来る?」
「あれ? チャラ男は案外カンがいいな。大正解でーす」
理由については込み入ってるからわかんないだろうけど。
「エルの様子からすると、異世界に帰りたいわけじゃないんだな?」
「うん。エルはこっちの世界にいたい」
「以前にウルトラチャーミングビューティーが話してくれた、面倒な王族を取り巻く事情が絡んでるのか?」
「そゆこと」
「オレが協力できることはあるか?」
「異世界はメッチャ技術が進んでるんだ。ガチじゃ勝てないから、ちょっと仕掛けをしてる」
頷くモジャ髪のチャラ男。
「この件に関してあんたができることは何もない。仕掛けがあるって怪しまれるとひっじょーにまずいんだよね。努めて平常通りにしてて。その態度がエルを救うことになる」
「平常通りか。了解」
「明日までのはずなんだ。全てが終われば事情は自然とわかるし、エルの笑顔も戻るからね」
「わかった」
「じゃーねー」
パワーカード屋へ。
◇
「こんにちはー」
「やあ、いらっしゃい」
「ユーラシア、待ってたよ」
「うん。心配そーな顔するなとゆーのに」
「どういうことだい?」
あ、コルム兄は知らなかったか。
「明日エルの母ちゃん率いる異世界軍が攻めてくるんだよ。エルを連れ戻しに」
「えっ?」
「コルム兄に何かしろって言ってるわけじゃないから、驚くことないんだぞ?」
「そ、そうかい?」
ハハッ、安心してやがる。
コケシが言う。
「この件については内緒で」
「了解」
「エル様が大層心配そうなのです」
「よくわかるけれども、コケシに言われると違和感があるな。エルが困ってるのを見て頬が緩んでしまうとかの本音をぶちまけて欲しい」
「何てことを言うんですか!」
アハハと笑い合う。
心配したって結果は同じだ。
なら笑ってなよ。
「エルに確認しときたいことがあったんだ」
「何をだい?」
「明日の行動だよ。何をするつもりだったの?」
「明日はゴーストアイドル『ヨモツヒラサカ四六』のデビューライブだろう? 見たいのは山々なんだが、精霊は人の多いところを嫌がるし、面識のない人が多いだろうライブなんて明らかに危険だし。普通にダンジョンかなと考えていたんだが」
「わかる。どう動くかも難しいよなー」
異世界がエルの居場所を特定でき、すぐ近くに転移可能であると仮定すると、ライブのせいで探索者が少ないであろうダンジョン内こそ襲撃に絶好だと思える。
かといってライブ会場は疑いようもなく危ないし……。
「……大体転移の玉のビーコン位置なんて、絶対に張ってるだろうしな? ヤバくなったら転移の玉で逃げるっていう手が使えない」
「うん……ユーラシアがボクの立場だったらどうする?」
「村の中にいるかな」
「何故?」
「ライブがあるったって、全員が全員興味があるわけじゃないじゃん? 店だって営業してるんだから、村内にはそれなりに人がいることになる。あやしーのが近寄ってきたら、きゃー痴漢! 近寄らないで! って大騒ぎすれば、時間稼ぎはできると思うよ」
「ダンジョンよりも村の中の方が安全か」
頷くエル。
比較的マシかってレベルだとは思うけど、時間稼ぎにはその比較論が重要になってくる。
あたしとしては一分でも二分でも時間を引き延ばして欲しい。
「で、転移の玉で飛ぶなら……エルの転移の玉はギルドには飛べないんだったね」
「ああ」
「ま、いいや。どうせギルドも張られてるだろ。マジでヤバくなったらなりふり構わず助けを求めて」
「わかった。……ないとは思うが、母が大量殺戮兵器を所持していた場合だが」
「問題はそれな。だからなるべく全面対決は避けて、のらりくらり時間稼いで欲しいの。一番頼りになるのはソル君だからね。もし異世界の連中が作動しないの帰れないの騒ぎ出したら、『アガルタ』のビーコンは破壊した。もう戻れないから降伏しろってえらそーに宣言して」
「……ユーラシアは『アガルタ』に逆侵攻して……何か考えがあるんだな?」
「あるけど、うまくいくかはわかんない。応援してて」
頷くエルと、ポカンとしているコルム兄及びエル配下の精霊達。
「オレはサッパリわからない」
「コルム兄、楽しみはあとに残しておきなよ。今月分の『ウォームプレート』と『クールプレート』が完成してればもらってく」




