第2406話:大詰め
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「大詰めなんだよね」
『『アトラスの冒険者』廃止と異世界、精霊使いエルを巡る攻防が、ということかい?』
「うん。今のサイナスさんの言い方だと、あたしが騒動の中心にいないみたいじゃん?」
『騒動の中心にいつもいそうな言い草がえぐい』
「もーちょっと美少女聖女ウルトラチャーミングビューティーをフィーチャーして欲しいとゆーか」
『問題ない。ユーラシアは一番好き勝手できるポジションにいる』
何かそんな気もしてきた。
楽しいイベントはもうすぐだ。
『どういう経過になりそうなんだい?』
「少なくとも明後日はめんどくさいことはしてこないと思うんだ。こっちの隙を突いてエルにタッチして転移の玉起動で連れ帰ろうとする、ってとこじゃないかな」
『単純だが、やられる可能性は高そうに思える』
「こっちも警戒してるし、多分向こうの人員とはレベルが段違いだから平気と思いたい」
最初から緻密なことやられたら勝てんと思うわ。
『今日の面白イベントは?』
「随分軽い話題の転換だね。以前帝国の先帝陛下の第三皇子の話したじゃん?」
『君のうなじにキスした命知らずだな?』
「そうそう、あたしの可憐さをダイレクトに評価してくれる、センスある皇子」
『その皇子がどうした。精神を病んでるんじゃなかったか?』
「病んでたって話だったね」
でも今日はまともだったわ。
「先帝陛下には、今の上皇妃様の前に亡くなった正妃がいてさ。第三皇子はその先妃様の子で、先帝陛下崩御の際に皇位継承権一位だったんだ」
『ほう? じゃあ新帝の目があったのか?』
「皇位継承権の正統性から言えばね。ただ市民に迷惑をかける飲んだくれだから、貴族の支持も平民の支持もなかった。でも皇位継承権を重視する一派と無能を皇帝に据えたい一派が組んだりしたら、皇帝って可能性はあったかもしれない」
『先帝陛下は、第三皇子が皇帝になる可能性を潰すために選挙を画策したのか?』
「一番大きい理由だったと思うな」
市民票の比重が大きかったから、立候補してたとしても人気のない第三皇子はほとんど得票できなかったろう。
『その脇役皇子がどうしたんだ? もう一生陽の当たる場面には登場しないパターンじゃないか』
「サイナスさんも言うなあ。ところが傑作長編『精霊使いユーラシアのサーガ』は、主人公のあたしですら忘れかけてた脇役皇子にもスポットを当てるんだよ。主人公が慈悲深いから」
マジで関わることないと思ってたぞ?
「先妃様というのがトットンベック辺境伯爵家の出で、脇役皇子は辺境伯領ズデーテンで療養していた。ここまでいいかな?」
『ここまでセーフ』
「アウトセーフの問題じゃないわ。今日のあたしは無罪だわ」
サイナスさんは、あたしがいつも何かやらかしてると思ってるフシがある。
とんでもないことだ。
思い違いも甚だしい。
「帝国の辺境領主っていうのは、通常の諸侯以上の兵力の保持とある程度の外交権を認められている特別な領主なんだそーな」
『つまり地方で外国と接する機会が多くて、中央の指示を一々受けていられない領主が独自で判断することを可能にした制度だな?』
「そゆこと。でも危ないじゃん?」
『独立色が強いということか』
「過去辺境領主が反乱を起こした例はちょこちょこあったみたい。皇位継承権一位だった皇子が辺境伯領にいるっていう構図がよくない」
まー人気ない皇子であるから、わざわざ押し立てたって誰もついてこないだろうけど。
「で、不穏な噂が出る前に見てこいってことで、ズデーテンへ遊びにいったんだよ」
『遊びなんだな』
「まあ。ズデーテンは帝国でも南の方で、ドーラに季候が近いところね。お茶とか柑橘、オリーブの生産が盛ん。今熟す前のオリーブがたくさんなってるんだよ。いかにもうまそーだけど、メッチャ渋かった」
『油を取る植物なんだろう?』
「いや、渋抜きすれば実も食べられるって聞いたから。ドーラでもオリーブ増えたらおいしい食べ方を教わってこないとね」
『話が逸れたな。脇役皇子はどうした?』
「オリーブは葉っぱを乾燥させるとハーブ茶みたいに使えるって。複数の利用法がある植物はいいよねえ」
『押すなあ。そこまで言いたいということは理解した』
第三皇子とオリーブとどっちが大事かと言われるとねえ。
第三皇子は今後ドーラに関係することはないだろうけど、オリーブは重要な農産物になる気がするから。
「ズデーテンへは、ドミティウス閣下とルーネも同行してたんだ」
『遊びと言いながら仰々しいな。君だけじゃコンタクトを取りづらいからか?』
「そーゆー面もあったかもな。あたしとルーネで行くはずだったんだよ。でもお父ちゃん閣下は第三皇子を人間のでき損ないくらいに思ってるから、ルーネを近付けさせたくなくて。だからついてくことになった」
『ははあ?』
「お酒が抜けて第三皇子も大分まともになってたんだ。お父ちゃん閣下は何かポストをやるから帝都に帰ってこいっていう考えだったね」
『辺境伯と脇役皇子を引き離す策か』
「そうそう。ところが脇役皇子さんも冷静でさ。帝都で脇役さんは評判悪いから、オレにポスト与えると政権の評価を下げるぞ、ってな意味のことを自分で言うわけよ」
『ほう、自分を客観視できる人なんだね』
昔は聡明な人だったらしいからね。
人生ってわからんもんだ。
『結論としてはどうなったんだ?』
「脇役さんは今のままズデーテンに置いとく。その代わりたまに新聞記者連れてって、脇役さんのインタビューやズデーテンの名産紹介の記事を寄せてもらうことにした」
『ユーラシアらしいアイデアだね』
「あたしのアイデアってわかる?」
『政府の評判を落とさず、辺境伯領と脇役皇子を監視できる。新聞記者は記事ネタをもらえる。辺境伯領の産物の宣伝と脇役皇子の健在をアピールできるっていう、ウィンウィンだろう? 君の大好きなパターンの』
「おまけに行くたびに御飯をごちそーになれちゃうんだよ」
アハハと笑い合う。
ウィンウィンはいいことだ。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日は予備日。




