第2405話:もう一回は会えると思う
フイィィーンシュパパパッ。
「ユーちゃん、いらっしゃい」
「お肉持ってきたぞお! 焼き肉かれえだ!」
「やあん、魅力的!」
チュートリアルルームにやって来た。
バエちゃんの小躍りからのクネクネダンスは見事だなあ。
これも見られなくなっちゃうのか。
「どうしたの? ボーっとして。ユーちゃんらしくもない」
「こうしてチュートリアルルームでかれえ食べるのも最後だなーと考えたら、かれえのスパイシーさが目に染みるの」
「アハハ、何それ?」
バエちゃんだって泣き笑いみたいなひどい顔してるからな?
明後日には『アガルタ』の連中がエルを連れ戻しにこっちの世界へ攻めてくる。
つまりどういう経過を辿るにせよ、今月末を待たず、明後日で『アトラスの冒険者』が廃止される可能性が高いのだ。
「わっちが来たぬ!」
「お招きいただき、ありがとう存じます」
「ヴィルちゃんガルちゃんいらっしゃい」
「お肉焼くぞお!」
◇
「にくがとってもうまいから~おお~もりにして~たべよう~」
「バエちゃん絶好調だね」
うちの子達やガルちゃんも勝手におかわりしたり追加でお肉焼いたりしている。
最後だし、お腹一杯食べてください。
「たあめりっくは根っこを使うじゃん?」
「そうなの?」
かれえ談義だ。
バエちゃんは入れりゃオーケーのパックかれえしか知らないから、たあめりっくって言ってもピンと来ないんだろうな。
考えてみりゃパックかれえはメッチャ便利なんだけどさ。
常温保存でも腐らないのは、どういう理屈なんだろ?
異世界すごい。
「根っこなんだよ。だから増えにくくてさ。栽培も少し難しめ」
「クミンとコリアンダーはどうなの?」
「赤眼族の持ってたレシピによると、かれえに使うのは種だね。葉っぱも食べられるんだけどさ。くみんとこりあんだあは栽培簡単。いっくらでも増える。もう種を収穫したから、赤眼族の集落には持っていってあげようと思ってるんだ」
「順調じゃないの」
「まあねえ。順調といえば順調かな」
「ユーちゃんは急ぎ過ぎなのよ」
自分でもせっかちだってわかってるけど、完成品のイメージがあるからな。
ついつい先を追いたくなってしまう。
「でもカレーを作れそうなのね?」
「作れるよ」
断言。
だって材料とレシピがあるから。
「たあめりっくの収穫にはまだ時期が早いんだけどさ。『アトラスの冒険者』の件が片付いたら、一回試験的に作ってみようかと思ってるんだ」
「『アトラスの冒険者』、か……」
おや、バエちゃんしんみりしてるじゃないか。
「廃止は惜しいわよねえ」
「まーね。実は一年前の時点で、『アトラスの冒険者』の知名度ってあんまり高くなかったんだよ」
「そうなの? えっ、意外」
「いや、あたしも知らなかったよ。知ってる人は知っている、くらいで」
地域にもよるんじゃないかな。
多分カトマスみたいな冒険者の多い地区ではよく知られてたと思う。
カラーズにはあんまり縁がなかった。
「その後ユーちゃんの活躍があったから?」
「今は大分認知されてる。でも西域の自由開拓民集落はどうだろうな? まだ知らない人結構いそう」
新聞記者を相手にしてるからレイノスでは『アトラスの冒険者』はよく知られているはず。
でも西域ではなー。
自由開拓民集落には情報回るの遅そう。
ボニーだってバルバロスさんに聞くまであたしのこと知らなかったようだし。
「新人を脱落させないシステムが整ったところなのにな。もったいないっちゃもったいない。でも赤字体質だからって言われるとぐうの音も出ない」
「お金の問題はねえ。新組織の運営は大丈夫なの?」
「動き始めないとわかんないな。ただいきなり新人さん家に転送魔法陣設置するみたいなムダ金を使ってないから、大丈夫だと思いたい。少なくともすぐに潰れることはないよ」
イシュトバーンさんが出資してくれたし。
「……どうなの? 明後日は」
「こっちの現場になりそうな集落でイベントが行われる日なんだよ。どーもその混乱に合わせて攻めてくる日を決めたんじゃないかと思う。逆にこっちのイベントの日を、そっちの予定に合わせられたのかもしれないけど」
後者だと異世界からの侵攻を知ってしまう人が多くなりそうなので、ゴーストアイドルライブの日が先に決まったんだろうと、今は考えているが。
「どうなっちゃうのかしら? ユーちゃんのカンだといかが?」
「うーん、そっちの世界の技術で何ができるかがわかんないじゃん? ま、でも『アトラスの冒険者』の廃止が早まることは間違いないね」
「廃止が早まる……」
「そゆもんなのだ」
あたしの逆侵攻が成功すれば、当然異世界『アガルタ』はビックラこいて、亜空間超越移動を即取りやめる。
逆にエルが連れ去られた場合、向こうの神様はこっちに関わる理由をなくすから、やはり屁理屈を捏ねてすぐに亜空間超越移動を廃止するだろう。
その場合『アトラスの冒険者』は、今月末まで組織としてはあるかもしれないな。
こっちの世界の中での転移転送は認められる可能性が高いか。
けどまあ、残務処理をこなすだけの存在になっちゃうんじゃないかな。
「あたしの信頼する占い師が超大吉って言ってたんだ。だからこっちの世界にとっては特にまずいことはないはず」
あたしが楽観的に捉えている根拠もマーシャの占いにある。
「エンジェル所長はどうなるのかしら?」
「全体の流れは大吉でも、エンジェルさん個人の運命はサッパリ。精霊使いエルの運命すらわからん。あたしもそっちの世界を知ってる人がこっちに来てくれりゃ嬉しいけど、そう簡単に説得できるわけないじゃん?」
「ユーちゃんでもムリ?」
「かなり難しいなー。一人で来るならともかく、二〇人くらいって話でしょ? ゴリ押せるわけがない」
一番いいのは、侵攻してくる約二〇人全員をこっちの世界に取り込むことだ。
結構な文明の進歩を期待できるんじゃないかな。
「結果がどう転ぶかわからんけど、あたしはこっちの世界『ユーラシア』のためにベストを尽くすよ。バエちゃんにとばっちりが行くかもしれないんだ。もしそうなったらごめんね」
「うん、わかった」
「ごちそーさま。今日は帰るよ」
「これでお別れなのかしら?」
「いや、もう一回は会えると思う。じゃーねー」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動して帰宅する。




