第2400話:ズデーテンにやって来た
「しぶーい!」
「そりゃそうだぜ、嬢ちゃん」
トットンベック辺境伯領ズデーテンにやって来た。
いい眺めだし、気持ちのいい風が吹いている。
ヴィルの転移先チョイスがナイスだなあ
もう一度ぎゅっとしたろ。
高台に果樹園があったから、農夫に話しかけてみたらオリーブだという。
青々とした実がおいしそう。
食べられるぜ。
落ちちゃった実もらうね。
あっ、それは……。
しぶーい! ←今ココ。
「何これ? メッチャ渋いんだけど。どゆこと?」
「塩や砂糖に漬けて渋抜きするんだぜ。生でオリーブを食うやつはいねえ」
「そーだったか」
ルーネとお父ちゃん閣下が笑っとるがな。
そりゃあたしだって無敵じゃないわ。
こーゆー悪意の感じられないトラップには引っかかることあるわ。
「今から二ヶ月くらいかかって熟すんだ。熟すと油分が多くなるんだぜ」
「なるほど。熟してから収穫して油を搾るんだね?」
「そういうことだな。ああ、オリーブは葉っぱも有用なんだぜ。乾燥させてハーブティーにして飲める」
オリーブはフェルペダで苗をもらったけど、詳しい栽培や収穫の仕方は知らなかった。
参考になるなあ。
お肉をお土産に持って、また聞きに来よっと。
「ズデーテンは茶どころっていうイメージがあったよ。ハーブティーも飲むんだ?」
「ハハッ、茶も多いけどな。高価だから庶民はオリーブ茶の方が一般的なんだぜ」
つまりズデーテンにとっても、お茶は他所に売って稼ぐための作物とゆーことのようだ。
もっともっちゃもっともだけど、知らんことはあるもんだ。
農夫のおっちゃんが聞いてくる。
「嬢ちゃん達は他所の人なんだろ?」
「うん。あたしはドーラから。こっちの二人は帝都から」
「ドーラ? 帝都? 嬢ちゃんら何者だよ?」
「あたしは美少女聖女精霊使いユーラシアだよ。肩車してるのが悪魔のヴィル」
「悪魔?」
「悪魔ぬよ? よろしくお願いしますぬ!」
「こちらがドミティウス殿下とその娘ルーネロッテ皇女殿下」
「ええっ? そりゃ失礼しました」
「いや、よいのだ」
「最近先帝陛下の第三皇子セウェルス殿下がズデーテンに転地療養しにきたっていうじゃん? お見舞いに来たんだよ」
「ああ、そんな話があったな。聞いたことある」
ちょっと誤魔化した。
セウェルス殿下が来たことは大した話題でもないらしいな。
「ここから眺める港は最高だねえ」
「だろう? 高台だからな」
「帝都に比べりゃ気温は高いんだけどさ。えっらい爽やかな風が吹いてるから気に入った」
「何よりだ。また遊びに来てくれよ」
「うん。ところで近頃ズデーテンでホットなニュースって何かな?」
「えっ? 特に何もねえな。のんびりしたもんだぜ」
「ありがとう。じゃーねー」
「バイバイぬ!」
やっぱ第三皇子がどうこうなんてことないよ?
何かあるなら住民にも反応があるって。
辺境伯の宮殿へゴー。
◇
「はあはあ……」
「暑いねえ」
「そうですね」
「これ転移先が港だったら、登ってくるの大変だったかもな。ヴィル偉い!」
「えへへだぬ!」
宮殿が丘のてっぺんにあるのだ。
水の便さえ問題ないなら、一番いい場所ではあるね。
ヴィルは宮殿との距離を考えてオリーブ園を転移先に選んでくれた。
それでもお父ちゃん閣下がはあはあ言ってるけど。
「セウェルス叔父様は宮殿にいらっしゃるんでしょうか?」
「わかんないなー。いるとしてもアポなしでいきなり会えるもんじゃないかもしれないし。ま、今どこにいるかくらいは教えてくれるんじゃないの?」
こっちが怪しまれると、警備上の都合で教えてくれんかもしれないな。
その辺は閣下とルーネがいるからどうにかなると思いたい。
「今日会えないようだったらアポ取って帰ろうよ。今度来た時は丘の反対側行かない? 黄色い実が見えたんだ。柑橘がなってるんだと思う」
「何度もこの山道を歩かされるなんて冗談じゃない! 今日会えるようにしてくれ!」
「えっ?」
お父ちゃん閣下がえらい我が儘なこと言いだしたぞ?
ムリヤリついて来たクセに、何を言ってるんだかな?
会えるか会えないかは先方の都合であって、こっちが選べることじゃないんだけど。
「お父様、それはムリですよ」
「ユーラシア君、不可能か?」
「あたしに振るのか。……最初から高飛車に出ればイケそーな気がする。でもどっか出かけちゃってるとムリだぞ? いや、ムリではないか。どこへ行ってるかわかるなら、却って出先の方が捕まえやすい気もするな」
「本当か?」
「善処するぞー。ヴィルはその辺ふよふよ飛んでてくれる?」
「わかったぬ!」
怪しさを醸し出しながら宮殿の正門にとうちゃーく。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「何だ、お前達は。面妖な!」
まあヴィルが飛んでるわあたしのレベルはバカ高いわ、いかにも怪しいだろ。
警戒するのは当然のこと。
只者じゃないことが門番に伝わればいいのだ。
お父ちゃん閣下の希望に沿うよう作戦決行。
「こちらはドミティウス殿下とその娘ルーネロッテ皇女だよ」
「ええっ?」
「これは失礼しました!」
「あたしはドーラの美少女聖女精霊使いユーラシアね」
「あの有名な、ヤマタノオロチ退治の勇士?」
「聖女だと自己申告してるだろーが。あたし達はこの悪魔ヴィルの能力を借りてどこへでも転移することができる。ここまでいいかな?」
ここでニコッとキメ顔。
ビクッとしながらコクコク首を縦に振る門番ズ。
こうかはばつぐんだが、もう一つ納得いかないんだよな。
「先帝陛下の第三皇子セウェルス殿下がズデーテンに来てるでしょ? 殿下は辺境伯の宮殿に滞在しているのかな?」
「はい、さようです」
「先帝陛下御存命の際に皇位継承権一位であった皇子が、今上陛下に断りも入れず南の裕福な辺境領主を頼った。どういうことかわかるね?」
青くなる門番ズ。
「まさか……謀反を疑われている?」
「まだそこまでは行ってない。でも疑わざるを得ない状況にあるのは確かなんだ。どういうことだか理由を聞くため、早急にセウェルス殿下と先代辺境伯爵バルタザールさんに面会したい」
「少々お待ちを!」
大急ぎで宮殿内に消えていく門番。
ルーネが言う。
「効果大ですね」
「閣下がすげえ不機嫌な顔してるせいもあるね」
疲れたのかのどが渇いたのか。
あ、門番戻ってきた。
「皆様、お通しいたします!」




