第2396話:温泉の利用
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシアさん!」
飛びついてきたルーネとヴィルをぎゅっとする。
ガリアの王様と海賊親分ビョルンを連れて皇宮にやって来たら、ルーネに待ち構えられていたのだ。
帝都に来ることを予定していたわけではなかったが、ルーネに察知されていたということか。
最近のルーネは実にカンがいいなあ。
「ルーネロッテ嬢か」
「あっ、ピエルマルコ陛下。お久しぶりです」
「そちらは近衛兵か?」
「こっちの存在感皆無なのは近衛兵だよ。あたしはサボリ君って呼んでる」
「インゴと申します」
サボリ君もガリアの王様だということは察したろ。
ルーネとビョルンについて互いに説明っと。
「……ってわけで、ノバウラセアは小国ではあるけれども、ビョルン親分はなかなかの人物なんだ。施政館行ってプリンスルキウス陛下に挨拶しとこうと思って」
「わかりました。私もお供します」
肩を竦めるビョルン。
「当たり前のようにお姫様が出てくるんだね」
「やだなーお姫様だなんて」
「照れるぬ!」
「君達のことじゃないからな?」
アハハと笑い合う。
ん? サボリ君、何?
「ちょうどいい。施政館から君に呼び出しがかかってるんだ」
「何だろ? いいこと? 悪いこと?」
「セウェルス様についてなんだ」
「第三皇子? いいか悪いか判別しづらいな」
こりゃまた意外な名前が出てきた。
あたしのうなじにちゅーして発狂して退場した人だ。
もうあたしの人生には関わらない人かと思ってたけど、今更再登場するってどんなドラマだろうな?
『精霊使いユーラシアのサーガ』の本筋に関わらないとわかっちゃいるけど、エンタメ魂をちょっとだけ刺激される展開だわ。
記憶が呼び覚まされたか、王様が言う。
「セウェルス殿というと、一時期カル帝国の皇位継承権一位だった?」
「そうそう。先帝陛下が亡くなった時点では皇位継承権一位だったね。精神を病んで皇帝後継者レースから脱落した。お酒のせいらしいぞ? 飲み過ぎはよろしくないねえ」
「急ぎではないらしいが、セウェルス様の様子を見てきてくれとのことらしい」
「ふーん?」
どこぞで静養しているらしいとは聞いている。
が、プリンスルキウス陛下やドミティウス閣下が見てきてくれって言うくらいなら、不穏な気配でもあるのかな?
いや、でも急ぎではないのか。
「……ちょっと情報が少ないな。ま、いーや。聞いてこよ」
「ところでここはどこなんだい? 大きな建物だけど」
「北の海にここまでの建造物はないかもな。カル帝国の皇宮だよ」
「ええっ?」
ビョルンビックリしてら。
近衛兵出てきたところで察してよ。
サボリ君に近衛兵の貫録がないからいけないのかな?
「皇宮庭内に転移って、セキュリティはどうなっているんだい?」
「おおう、親分の指摘はもっともだったわ。その辺は考えないことにしてる」
『アトラスの冒険者』の石板クエストの転送先に文句言ったって仕方ないから。
「とにかく行こうじゃないの」
「行くんだぬ!」
施政館へゴー。
◇
王様とビョルンとルーネを連れて施政館へ行く途中だ。
ヴィルはいつものように肩車している。
王様が感心している。
「帝都ほど人口の多い町で、普通にヴィルを連れ歩くんだな」
「帝国には悪魔を連れ歩いてはいけませんっていう法律がないらしいんだ」
「まあ、どの国にも法律はないだろうが」
「そーいや子分どもを食わせてやるほどの物資は、ノバウラセアにしかないって言ってたじゃん?」
せっかくビョルンがいるので、北国事情も仕入れておきたいな。
「ノバウラセアに食べ物が豊富なのはどうして? 広いから?」
同じような北の果てだ。
漁業はどこでも似たようなもんだと思う。
ならばノバウラセアは農業生産に秘密がある?
トナカイを飼えるのは大きい島だけ?
ビョルンが言う。
「もちろん広いってこともあるけどね。ノバウラセアは最北の地ではあっても、比較的農業が盛んなんだ」
「えっ? 何で?」
「温泉のおかげさ。温泉から海へ流れ出る川は、冬でも絶対に凍らないほど温かいんだ。作物の生育が違う」
「暖かい海流が通ってる以外に、温泉のカラクリがあったとは」
「温泉水の川沿いがメインの耕地になっているんだよ」
ノバウラセア名物で浸かってのんびりだけじゃないのか。
生活の基盤になっているとゆーことだな?
となるとノバウラセアの温泉水には、植物の生育に害になるような成分は含まれていないらしい。
ノヴォリベツの温泉近くは岩が露出してるところが多かったから、様子は全く違うと考えていいな。
「温泉の恵みかー。結構な規模の温泉なんだ?」
「ああ。ちょっとした湖だね」
「湖ときたか。メッチャデカいな」
「時々噴火する火山があってね。そのせいで地熱が高いんだろうと言われている。熱いところには近付くことすらできないんだよ」
「温泉から海に流れ出る川ってのは一本だけなん?」
「そりゃもちろん一本だけだ」
「つまり温かい水の流路を増やせば、凍らない土地は増やせる。イコール耕地は広げられるってことか」
「「「えっ?」」」
単純な話だ。
川の両岸は耕地にできます。
じゃあ川の数が倍になれば耕地面積も倍になるだろう。
けどビックリしてるところ見ると、誰も思いつかなかったのかな?
多分水自体は足りてたからだろう。
ビョルンが考えている。
「……温泉水の川は水運に用いられているんだ。だから川を増やして流量を減らすと問題が出るだろうが、川に流れ込む流路を工夫すればおそらく耕地面積は格段に増やせる」
「よかったねえ」
「お嬢さん、このアイデアもらっていいかい?」
「どーぞどーぞ」
「ユーラシアさん。現地を視察しないと何とも言えませんよ?」
「温泉に入りたいってことか。今度行こうよ。ノバウラセアの女首長さんが名物って言ってたくらいだから期待できるぞ? あ、せっかく水運が利用できるなら、港から温泉近くまで遊覧船があれば外国からの観光客を期待できるねえ」
「外国からの観光客か」
「貿易が盛んになれば、外からお客さんが来る機会だって増えるんだぞ?」
こういうこと考えてる時って楽しいなあ。
夢がある。
ドーラにだってまだまだできることがあるから頑張らないとな。
さて、着いた。
「ここが施政館だよ。帝国の政治の場」




